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さくらの花嫁  作者: あた
本編
28/32

また平和な日々が戻りました。

 凶事から一夜明け、宮中には活気が戻っていた。しかし、兵は増えていたし、まだピリピリした雰囲気が残っている。厨房からは、いつもの煮炊きの匂いが漂っている。現在、昼休み。みなそれぞれに昼食をとっている。


「まったく、失礼してしまうよ。僕を疑うなんて」

 星料理長はおにぎりをかじって、眉をあげながら言う。


「おまけに捕まっていたせいで、僕の玉葉の危機に駆けつけられないし」

「私は料理長のものじゃないです」

 玉葉は弁当箱にせっせと作ったものをを詰めながら言った。

「へえ、では王のものだと? それ、陛下に持っていくんだろう? 妬けるね」

「こ、これは、お見舞いですから」


 あの後、紫苑は、蓮宿がうるさいからと、寝室へ戻って行ったのだ。警備が厳重で中々会えないし、怪我の様子がどうなのか、玉葉はずっと気になっていた。


「しかし、あのたおやかな女性が刺客とは。綺麗な薔薇にはなんとやらというけれど」

「ええ……」

 飛雄の言葉に、玉葉はうなずいて目を伏せる。蛍雪は兵士たちに捕らえられていったが、どうなったのか玉葉には知らされていない。──ひどい扱いを受けていなければいいけど。


「とはいえ、毒花というのも中々そそる」

そんなことを言う飛雄を、玉葉は胡乱な目で見た。

「罪被されそうになったのに、よくそんなこと言えますね」

「おや、妬いているのかい、玉葉。もちろん僕は君のような珍しい花が一番好きだよ」

「流水殿に行ってきまーす」


 玉葉はすたすた歩き出した。入り口でぴたりと立ち止まり振り返ると、飛雄が首を傾げた。

「ん? どうしたんだい」

「結局あの夜……なんで残っていたんですか?」

 玉葉の問いに、彼がふ、と笑う。


「僕としては、陛下の夜食係を降ろされたこと、割と傷ついたんだ」

 だから、研究をね。飛雄は積まれた料理本に手を置いた。


 休みの日に出てきて、料理の勉強をしていたんだ。ずっと格下なのに取り立てられた玉葉を責めたりはせず、自分の力量を高めようとする。


「白鳥は水面下で努力するもの。小鹿ちゃんたちには見られたくなくてね」

「……料理長のそういうところ、尊敬します」

玉葉が素直に賞賛したら、彼はありがとう、と微笑んだ。

「その尊敬を愛に変えてくれて構わないよ」

 これがなければな。玉葉はため息をつき、歩き出した。





 流水殿には、まだ兵士が集まっていた。玉葉が通ろうとすると、すかさず止められる。

「待て、何用だ」

「陛下にお見舞いを」

「ならん。無闇にひとを通さぬよう言われている」

 防がれるが、ぐいぐい押して突破しようとする。

「私はうどんですから! 通しても問題ないです! のどごしさっぱり桜玉葉です!」

「なにを訳のわからぬことを」


 押し問答していると、蓮宿が現れた。

「なにを騒いでいるんです……おやうどん嬢」

「はっ、この娘が通せとうるさくて」

「通してやりなさい。この娘を帰すと、陛下がいじけますから」


 玉葉は兵士たちに頭を下げ、中に入った。扉をそっと開けてみると、紫苑は寝台に座り、書物をめくっている。肩に巻いた包帯を見て、玉葉は胸を痛めた。陛下、とそっと声をかける。

「玉葉」


 玉葉を目にした紫苑が、ぱ、と顔を明るくした。いそいそ寝台から降りようとするのを、蓮宿がびしりと止めた。

「止まりなさい」

「私は犬か、蓮宿」

「失礼ながら、うどん嬢を見るとすぐさま寄っていくようすは犬にしか見えませんね。──興奮すると傷に障りますから」


 紫苑はむう、と口をとがらせて、玉葉を手招いた。

「玉葉、おいで」

 近寄っていくと、椅子を勧められた。腰かけて、尋ねる。

「陛下、お加減はいかがですか」

「ああ、平気だ。なのに蓮宿が寝ていろとうるさいから、退屈していた」


 蓮宿は眉間に眉をよせ、ちくちくと刺繍をしている。その腕前は実に見事だった。歯で糸を切る動作も様になっている。

「し、刺繍……?」


「ああやって四六時中私を監視しているんだ。まったく息がつまる」

「聞こえていますよ、陛下。もし傷口が開くようなことをなさったら、私がこの針で縫い付けますのでそのつもりで」


 蓮宿の手元で、きらん、と刺繍針が光る。紫苑は肩を竦め、玉葉が持っている包みを見てわくわくと尋ねる。

「それは? 食べ物か?」

「ええ」

 玉葉は包みをといた。


「だし巻き卵です」

「美味そうだ」

 ひとつつまみ、口の中に入れる。ゆっくりと咀嚼して、にこ、と笑った。

「美味い」

「よかった」

 ほ、と息を吐き、玉葉は尋ねる。


「あの……蛍雪さんはどうなるんでしょうか」

「それについてだが……」

 紫苑が言葉を濁す。側で縫い物をしていた蓮宿が口を開いた。

「あなたには関わりないことです」

「そ、うですよね」


玉葉は俯いた。自分は本当の花嫁ではないし、王宮のことに口出しする権利はない。蓮宿はちら、と玉葉を見て咳払いし、

「陛下、そろそろ」

「ああ。すまないな、玉葉。人に会う用事があるんだ」

「あ、はい」


 紫苑は立ち上がりかけた玉葉の手を引き、「玲紀桜の下で待っていてくれ」と囁いた。

 目を瞬いた玉葉に、にこりと笑ってみせる。

「今なにを密談していたんです?」

「なにも?」

 目ざとく尋ねた蓮宿に素知らぬふりをし、紫苑はだし巻き卵をもうひとつ食べた。

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