当たり前のこと
灰村家から出ると、ケイさんと僕は北地区の寂しい町並みを歩いていた。
ほとんど廃屋か空き地しかない……やはり、灰村家だけが異質な存在に思えた。
「……やっぱ、おかしいわよね」
と、ケイさんが不意にそんなことを呟いた。
「そ、そうだよね……八十神語りの全貌がそんなものだったなんて……信じられないよ……」
僕は反射的にそう言ってしまう。
「え? ああ、まぁ、それもそうなんだけどね」
しかし、ケイさんの反応は予想外のものだった。
「え……ケイさんはおかしいと思わないの?」
「え? いや、それはおかしいと思うわよ。だけど、言ったでしょ。さっきの家」
「え……ああ、灰村家のことか」
正直、僕はあまり理解できなかった。
確かに北地区にある時点で異様なではあるけれども……そこまで気にかかるようなことではなかった。
「うん……言ったでしょ。あの家、ヤバイって」
「そうだけど……別に灰村も、青柳さんも普通に暮らしてたよ?」
「だから……あそこで暮らしてるアイツらがヤバイんだって。そもそも……あの爺さん、おかしいでしょ」
ケイさんは眉間に皺を寄せてそう言った。
「え……何が?」
「だって、イロガミ様ってのは要は生贄担当の一族だったんでしょ? それを選んだのは灰村家……いくらあの灰村が直接ではないにしろ、その一族に仕えるって……可笑しくない?」
ケイさんのいうことは……確かにそうだった。
青柳老人は淡々と語っていたが……考えてみればおかしな話だ。
それに、老人の話ではそもそも灰村家は村人全員に憎まれていたのだ。
そんな一族の末裔に仕えるのはどういう心境なのだろうか……
「第一ね、黒須君。ここらへん、もう一度見てみなよ」
そういって、ケイさんは辺りを見回す。僕も同様にそうしてみた。
割れた窓ガラス……打ち捨てられたような廃墟……
「普通の人間だったら……周囲がこんな環境だったら、いくら電気や水道を通しているからって、住まないよ」
ケイさんに至極当たり前の事を言われて、自分が今までおかしな場所にいたことを、僕はようやく理解したのだった。




