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先輩とわたしの一週間  作者: 新高◆恩返し兄妹2巻4/15発売
本編

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30/51

二回目の金曜日・1




 金曜日の居酒屋は賑やかだ。休日前、という客で溢れかえっている。事前に予約していたおかげで店に入れないという事もなく、久方ぶりの友人達との逢瀬は楽しい物になるはずであった。だと言うのに、今の晴香は正直それどころでは無い。


「ごめんね晴香」


 友人の一人がそう耳打ちをしてくるのに対し、晴香はグラスに口を付けたまま大丈夫だよと首を横に振る。

 学生時代に特に仲の良かった五人での飲み会は、一人が遅れてくると言う連絡から始まった。店にいられる時間は二時間だが、その間に来られなかったら別の店で二次会でもしようか、と話していれば隣の席に似た数の客が入ってきた。それがまさかの友人の職場の先輩や同僚で、そのままなし崩し的に一緒に飲む羽目に。いくら親しくない人間と飲み食いするのが好きでは無いとは言えそこは晴香も社会人だ。適当に会話を交わして流すくらいの事はする。席は元から壁際なのもあり、あまり向こうの席とも絡まないので、軽く挨拶する程度で済んだ。後はこちらはこちらで盛り上がろうと思った矢先、遅れて相手側の面子が増えたのだがそれがまさかの相手だった。


「飯島じゃん……!」


 ボソッと呟く友人の声に誰だっけ? と首を捻れば「あんたの元彼!」と脇を肘で突かれた。痛い、と摩りながらもああなんだかそんな名前だったなと思った自分が我ながら酷い。本当にあの人のことちゃんと好きじゃなかったんだなあ、と改めて痛感する。多分きっと先輩のことはこれから先どうなっても忘れたりはしないんだろうけど、などと小っ恥ずかしい考えが頭を過り晴香は慌ててそれを頭から追い出す。やばい恥ずかしいなにそんな少女漫画みたいな、と気を落ち着かせようとグラスを手に取る。ゴクゴクと冷たいウーロン茶を飲めば気も落ち着いてくるはず、が、ボンと浮かんだ言葉に堪らず中身を吹き出した。


「晴香大丈夫!?」

「てかなんで飯島がいるの!? あいつうちの会社と関係ないんだけど!?」


 そう言って友人がそれとなく相手側の面子に確認してくると、あちらはあちらで友人関係での集まりだったらしい。そこに職場の関係者が多かっただけの話だ。なんというタイミングの悪さか。

 友人達は晴香が元彼の登場に動揺していると思ったのか極力関わらない様に壁を作ってくれる。ただでさえ無関係の人間と同席する羽目になったのを申し訳なく思っていた友人は特に態度が厳しい。チラチラとこちらを見てくる元彼を容赦なく睨み付けて威嚇してくれている。別れるに至った話を皆知っているのだから当然だ。友情ってありがたい、と心の中で感謝しつつ同時に晴香は土下座の勢いで詫びる。

 今動揺しているのは元彼が原因では無い。全く、これっぽちも関係無かった。




 中条の言葉に晴香は「え?」と短く返した。むしろそれしか言葉が出ない。何故そんな事を言うのだろうかと心底不思議でならないのだが、そんな晴香を見て中条は口元に手を押し当て軽く咳払いをする。肩が微かに震えているので、これはまあ吹き出しそうになったのを無理矢理誤魔化しているのだろう。


「中条先輩?」

「うん、ごめん……日吉ちゃんそんな顔しないで」


 クックと笑いを堪えきれないらしい。そんな顔ってどんな顔? と晴香はますます不思議でならないが、中条は数回呼吸を繰り返す内に笑いを治めたのかテーブル越しではあるけれども晴香に体を近付けてきた。


「葛城のこと悪く言われたと思ったでしょ?」

「あー……ええと、それは」


 ――あんまり葛城を信用しすぎない方がいいからね


 そう言ったのは中条で、中条は葛城の同期であり友人で、そんな人がどうして先輩のことを悪く言うのかと不思議であると同時に腹立たしかった。


「日吉ちゃんも相当葛城のこと好きだよね」

「ちが……っわ、ないですけどでもそれはあくまで職場の先輩としてですよ!」

「おれは好きだよね、ってしか言ってないけどなー」

「中条先輩その顔とても非常に最高にむかっ腹が立ちます」

「ああごめんね、からかうつもりはないんだ。それより話を戻すけどさ」

「先輩は」

「信用できるよね。おれもそう思ってるよ」

「だったらどうして」

「ただおれが今言ってるのは普段のそういうのじゃなくて」

「そういうのじゃなくて?」


 言われている意味が分からず素直に問い直すが、途端に中条は視線を彷徨わせ始めた。いや言い出したのはそちらですよね、と思わず突っ込みそうになるがそれを堪えて晴香は待つ。


「日吉ちゃん視線が痛い」

「……中条先輩がもったいぶるから」

「もったいぶってるわけじゃないんだけど」


 うあー、と中条は気まずそうに頭の後ろをバリバリと掻く。そういや先週の金曜の先輩もなんだかこんな感じの時があったな? と晴香はふと思い出した。思い出した所で目の前の中条の謎の動きの答えが浮かぶわけではないけれども。


「あのね」

「はい」

「ううん真っ直ぐ素直だな!? そりゃ葛城も……」

「中条先輩話が長いって言われませんか?」


 語尾がごにょごにょと消える中条に、晴香は素直な気持ちをぶつける。あ、これいつも葛城が喰らってるやつだ、と中条はテーブルの上に片肘を付いてどうにか耐えた。


「その課長の朝礼での無駄話みたいな言い方やめてくれる!? わりと傷つくからね?」

「うちの課長そんな無駄話しないじゃないですか」

「物の例えだしそこで課長を否定しておれをそのままってのより一層傷つくかな!」

「中条先輩」

「うん」

「話を戻しましょう」


 だよね、と中条は頷いた。手元にあった水の入ったグラスを一口飲むと、晴香に再度向き直る。


「日吉ちゃんが思っている通り葛城は信頼に値する人間だからさ、絶対に日吉ちゃんを傷つけたり酷いことをしたりはしない」

「先輩にひどい目に遭わされたの最初の頃だけですもんね」

「さらりと挟むよねー……でもその通り。あれはでも葛城も限界中の限界だったから、そこは本当にごめん」

「中条先輩が謝ることでは」

「葛城があんな風になるまで助けられなかったし、その直撃を受ける日吉ちゃんを上手くフォローできてなかったでしょ」

「でも話を聞いてくれようとしたり、おやつ貰ったりしたのでわたしはそれだけでも嬉しかったです」

「餌付けが成功するまでも時間かかったけどね。けどおかげで日吉ちゃんが少しは懐いてくれたのは嬉しかったよ」

「人をそうやって動物みたいに言うのはですよ。いかがなものかとですね?」

「野生の小動物みたいで可愛いねって話」

「ええー……ってまあいいですまた話がそれました中条先輩」

「そうだねごめん」


 話を振ってきたのは中条であるものの、その続きを言うのが憚られるのか流れるように話が反れて行く。これでは当の本人である葛城が戻って来てしまうのではなかろうか。つい外の様子を伺ってしまう。


「日吉ちゃんとの最初の頃はイレギュラー中のイレギュラーだからとりあえず置いておいてほしいんだけど。葛城は基本的に自分の感情をコントロールするのが上手いんだよ。上手いって言うか……こう、と決めたらそれを貫くと言うか」

「それは分かります。営業目標決めたらなにがなんでもクリアするし、先輩それ無茶では案件も物にするし」

「耐える所は耐えて、動く時は動く」


 そうそう、と晴香は大きく頷く。そんな晴香に「だからね」と中条は少しばかり声のトーンを抑えて言葉を続けた。


「日吉ちゃんに手を出すのも今は我慢してるけど、出すって決めたら日吉ちゃんがどんなに恥ずかしがっても止めないからね、てのを言いたかったんだ」

「――え」

「さすがに本気で嫌がったり、それこそ泣いたりしたらそれは止めるよ! そこは大丈夫! 大丈夫、ってのもヘンだけど!!」

「……あ」

「でもそうじゃない限りはなんて言うかもうぶっちゃけると最後までヤると思うってかヤるから。むしろあれだけ日吉ちゃんのこと好きでいるくせによく耐えてるなって、修行僧かな? って思うよね」

「ああああああのですね中条先輩!」


 ダン、と晴香はテーブルを両腕で叩く。しかし顔は俯いている。耳どころか首まで赤く染まった顔を見せる度胸を晴香は持ち合わせていないのだから仕方がない。


「あ、っと、う……あああああああ!」


 中条に聞きたい事はあれども羞恥心が限度を超えすぎて言葉が詰まる。額までをもテーブルに打ち付け晴香は身悶えるが、そんな目の前の奇行に逆に落ち着きを取り戻したのか、中条が先んじて答えを返してくれる。


「見てれば分かるって」


 より一層恥ずかしい。ぐおおおお、と地を這うような声が漏れてしまう。いやでも待って、と晴香は思い出した記憶に顔を上げた。


「見てればって……でも誰もわたしと先輩のことに気付いてませんでしたよ?」

「だからだよ」

「はい?」

「あんまりにもいつも通りだから、葛城は日吉ちゃんを捕まえただけで最後まではシてないんだなって分かったの」

「な……んで」

「葛城とそうなったら日吉ちゃん動揺するでしょ、それこそ今みたいに」


 ぐうの音も出ない。それどころか晴香はピクリとも動く事ができず、ただ中条の話を聞くだけだ。


「体のこととか、その辺も考えて今は我慢してるんだろうと思うよ葛城は。だからこそ、もう我慢しないって決めた時は止まらないから」




 そう言う意味で葛城を「信用」しすぎない方がいいからねって話――




 中条に筒抜けだったことも含めて恥ずかしすぎて死にたくなる。

 そんな話を思い出してしまったがために、不意打ちで元彼と再会してしまった事など晴香の中からは完全に消え去っていた。




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