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初めて出会ったのは昨日だけれども、すっかり懇意になってしまった葛城家の枕。
必死に抱き締めてそこに顔を埋める晴香の体は、ベッドに腰掛けた葛城の両腕に挟まれるようにしていて身動きが取れないでいる。
「好きだって告白して、自宅に持ち帰って、酔ってたとはいえ同意も得て最後までヤッてないにしてもあんなことまでしたってのに」
葛城の気配が近付く。ほんのりと空気を伝わり体の熱が晴香にも移る。ひえ、と短く漏れた声は親友となった枕が吸収してくれたので葛城には届かない。
「なのにお前は俺の彼女じゃないわけか」
「っ、だから、それは」
意を決して枕から顔を出せば思いのほか葛城が近くにいて、晴香は再度ひええ、と鳴く。
「一度寝たくらいで彼氏面してんなよって?」
「……むしろ先輩の方こそ一回ヤッたくらいで彼女面するなよとかなんかそんな……」
「お前の中で俺はどんだけ下衆なんだよ」
ぎゅ、と葛城の指に鼻先を摘ままれた。地味に痛い。
「だって男の人はそんなって言うじゃないですかー!」
「どこ情報だそれ」
「と、友達とか、なんか、そのあたりの」
「お前の友達ってロクな男と付き合ってねえな」
処女が面倒くさいだの、一度寝たくらいでだのと、中々にクズ発言が目立つ友人からの恋愛談義にたしかにそうかもしれない、と晴香も頷く。
「俺まで同類で見られるのは正直腹立つんだけど」
「いやほんとそれについてはお詫びのしようもなくですね……」
「お前の【先輩】はそんなヤツなんだ」
「え、そんなことないですよわたしの自慢の先輩ですよ」
「そのご自慢の先輩相手に一度ヤッたくらいでとか言ってんのはどの口だ」
今度は顎を掴まれる。これまた地味に痛い。
「お前の言ってる先輩と俺は別物かよ」
「先輩は先輩ですよ」
「会話が矛盾ってか混乱してんな?」
「そりゃあですねえ! しますよねえ!! てかむしろしないわけないですってば!!」
この家に来てからもうずっと混乱しっぱなしだ。落ち着いて過ごせた時間など無いに等しい。
「なんでそんな混乱しっぱなしなんだよ」
「最大の原因は服が落ち着かないってとこですかね!?」
寝ている間に衣服どころか下着まで脱がされたのがすでに二回。今はかろうじて下着は着けているもののあとは葛城のシャツ一枚だ。下はずっと履いていない。
「そろそろ慣れろ」
「平然と無茶ぶりするのやめてください」
「別に他に誰が見るわけでもねえのに」
「一番見られて恥ずかしい相手に見られてるんですよ!!」
お、と一瞬目を見開く葛城に晴香は勢いよく枕を押しつけた。
「ほんとなんで先輩わたしの服……とか、全部脱がせたんですか」
羞恥によるキレを心の支えにして晴香はずっと疑問だった事を葛城にぶつける。服もそうだが、意識の無い相手の下着まで脱がせるなどむしろ葛城がするとは思えなかったのだが。
「なんでって……お前が逃げないように?」
「え」
思いも寄らない答えに晴香はポカンと葛城を見る。
「逃げる?」
「例えばだ、お前をラブホに連れ込んでそこで最後までヤッたとしてだ。そのまま寝落ちってお前先に起きたら逃げるだろ、間違いなく」
「え……えええ……」
力強い断定に晴香は反論したくも言葉が出てこない。そんなことしませんよ、と言いたい気持ちは山々なれど、どこか遠くで「逃げるなあ」と大きく頷く自分がいる。
「恥ずかしいとか、嫌だったとかそんなんじゃなくて。よく分からんけどとりあえず、で逃げる。逃げまくって会社でも顔合わせないようにするだろうがお前は!」
「い……いたたたたた頭! 頭が割れます先輩!」
葛城の大きな掌に頭を掴まれこめかみに指が埋まる。これは猛烈に痛かった。
「そ、そんなの実際その状況になってみないと分からないじゃないですか!」
うっすらと涙目になりつつ晴香もここは負けじと言い返す。あくまで今のは葛城の想像にすぎない。そうなった事は葛城相手は当然ながら、過去に一度だってないのだから晴香もどういう行動を取るか分からない。なのに
「なんでそんな断言するんですか!」
「お前の日頃の言動」
あ、と心当たりは浮かばないけれど何故か説得力だけはある。混乱の極みに陥った時の己の言動の酷さは、今のこの状況が何よりも物語っているではないか。
「俺が先に起きてりゃいいだけの話だけど、もし万が一ってのがあるからわざわざ近くのラブホ素通りして家に連れ帰って来たんだよ」
そしてさらに万全を期して衣服共々下着まで脱がせて洗濯機にかけて、たとえ晴香が先に目覚めたとしても逃げられないように退路を断った。
「先輩のわたしの理解度と対応力が高すぎでは?」
「お前を育てたの俺だっつってんだろ。あとそれだけお前を捕まえておきたくて必死だったてことだ」
「唐突のデレ……!」
うごお、と呻き声をあげ晴香は横に置いていた枕にしがみつき悶える。
「それだけお前に必死な俺に対してさっきの発言はひどすぎるんじゃねえの?」
横向きになったせいで無防備に晒された晴香の耳。そこに唇を寄せ、ことさら熱っぽく葛城は言葉を流し込んだ。
「あああああもう! 無駄にイケボ垂れ流すの反則ですってば!」
「顔だけじゃなく声も効果あるのか」
「先輩そろそろなにかしらに規制されるのでは?」
「お前相手に規制されるようなことはやりてえけどな」
「声と顔面の無駄遣いいいいい!!」
「まあそんなこんなで日吉」
葛城は晴香の腕から枕を引き抜くと柔らかい笑みを向ける。
「そろそろ昨日の続きにいってもいいか?」
「え、だめです」
思わず即答してしまえば、たっぷり二十数えた後に盛大に頭を掴まれた。




