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30.ダニエルさんの工房再び

 貴族街の端っこに位置する魔法学校から貴族街の入口付近までは午後になっても閑散としている。学生以外に通る者がほとんどいないためだ。晴れてはいるもののまだ少し肌寒い。私はケイト君と連れ立って歩いていた。ダニエルさんの工房へ向かっているのだ。


「アイン副所長…言っておいてくれれば馬車を用意しましたのに」


 ケイト君も特に疲れているということはなさそうだが、私の歩幅に合わせて歩くのがもどかしいのかもしれない。


「たまには歩くのもいいでしょう。私も魔法学校に来てから剣の素振りを全くしていませんので体が鈍っているかもしれません。家に帰ったらお父様に叱られてしまうかもしれませんね」


 うふふ、と笑って、研究所にラジオ体操でも取り入れましょうか、と提案してみる。


「ラジオ体操が何なのかはわかりませんが…アイン副所長が提案することなら所員は皆喜んでやると思いますよ」


 モーリッツさんなんかは特に、とケイト君が肩を竦めてみせた。


「…モーリッツさんの話はまた今度」


 そんな取り留めのない話をしているうちにダニエルさんの工房に到着した。


「ごめんください…」


 私達が店に入るといつものようにヨハン少年が店番をしていた。


「ああ、これはアインスターさん、ようこそダニエル武具店へ。今旦那様を呼んできますね」


 そういってヨハン少年は奥に走っていく。ダニエルさんはまた工房にいるのだろう。しばらくしてダニエルさんが顔を出した。


「ああ、アインちゃん、よく来てくれたね。こちらからも伺おうと思っていたところだ、ちょうど良かった」


 ダニエルさんはそう言って、ちょいちょい、と私を手招きする。工房に戻るようだ。私もヨハン少年に礼を言ってケイトと一緒に後に続いた。


「アインちゃん、完成する前に一度見てほしかったんだ」


 工房に着いたダニエルさんは私に銃型の魔道具を手渡した。ああ、形になってる。ダニエルさんは未完成だといったけれど、私が考えていた通りのものが出来上がっていた。


「これは凄いですね、ダニエルさん!素晴らしい出来栄えです。ああ、ダニエルさんにお願いして良かったです!」


 私が満面の笑みでそう答えるとダニエルさんも嬉しそうに頷く。


「アインちゃんにそう言ってもらえて良かったよ。剣と違って刃を鍛える手間がかからない分、造形には拘って作ったんだ」


 ダニエルさんが言うようにグリップから銃身までのカーブが美しく同時に金属質の重厚なデザインとなっていた。握り心地も良い。


「これで問題なければ仕上げをして完成だ」


 もちろん問題ない。そう言って私はダニエルさんに追加注文を出す。


「これと同じものを、いや形をもっとシンプルにしてもらいましょう、汎用型ということで。魔石も小さいもので構いません。全部で10本作ってもらえますか?」


 これは小隊の皆の武器に、と考えている。しかし実際手に取って見てみると思った以上に素晴らしい出来だったので全く同じものを作ってオリジナル感が損なわれるのは勿体ない、と思ったのだ。


「この分の代金は王都の第四魔法大隊に請求してください。話は通してあります」


 ケイト君がダニエルさんに発注書を渡す。


「こちらは第二魔法研究所のケイト君です。私も今はそこに所属しているんです。今日は魔法研究所の発注もあるのでケイト君についてきてもらいました」


 私がダニエルさんにケイト君を紹介する。二人はお互いに軽く握手を交わした。


「それにしてもアインちゃんは魔法学校の学生ではなかったのかい?今魔法研究所と聞こえたが…」


「学生ですよ。ですが同時に研究所の所員でもあります。まあ、学生の間は仮ですが」


 そこらへんの事情を詳しく話しても仕方ないが、今後も研究所で必要な物はダニエルさんに頼むつもりなので簡単に説明しておく。


「ああ、なんだかアインちゃんも大変なんだな…そうだ、研究所の発注と言っていたが、先にインクペンの話をしてもいいか?」


 私は自分で使ってみた感想やラプラスさんに聞いた感想をダニエルさんに伝える。まあ、ラプラスさんの感想は概ね使い心地が素晴らしいというもので、改善点の指摘は無かったが。


「…というわけで、インクを少し工夫してもらえば滲みが少なくなると思います。後はとりあえず私用にインクを詰めたカートリッジを作ってください。内容はここに書いておきました」


 私は自分で持ってきた紙を一枚渡す。インクを足していくのも面倒になった私は差し込むだけで交換可能なカートリッジを考えてみた。


「ペン本体も少し手直しが必要ですが、上手くいけばインクペンを買った人は必ずカートリッジも必要になりますのでダニエルさんの店でインクも独占できますよ」


「ああ、アインちゃん、それは参考にさせてもらおう!商品化できればこれも販売金額の一割でいいかな?実はインクペンの量産について他の工房にもいくつか声をかけてみたんだ。もちろんどこの工房で作ったインクペンでもアインちゃんに一定額が入るようになるし、同じように俺のところにも一定額が入る仕組みを考えているのだが、どうだろう?」


 ダニエルさんの店だけで作るには数に限界がある。数を増やそうと思えば当然他の工房の協力も必要になってくる。上手く仕組みさえ作れれば問題ない。


「それは良い考えだと思います。すべてをダニエルさんが作る必要は無いですからね。

王都の商人ギルドがどういったものか存じませんが話を通しておいた方が良いのではないでしょうか」


 フェルメールのようにギルドを巻き込んでしまえば仕組み作りで失敗するリスクも少なくなるだろう。それもそうだな、とダニエルさんも頷く。二人してニヤニヤと悪い顔になっていたのだろう、ケイト君が話についていけずに引いている。


「それからついでですが…」


 私はヴェルギリウス所長に贈るためのインクペンも注文しておく。完成したものを、と言った手前、私の使っているものと同じではまずいだろう。


「持ち手の部分に紋章を入れて欲しいのです。私の研究所の所長がシュレディンガ公爵という方なのですが、シュレディンガ家の紋章はご存知ですか?」


 私は全く知らなかったが、ダニエルさんはさすがに王都で商売をしているだけあって紋章の形を知っていた。翼を広げた鷲で首が二つあるのだそうだ。


「公爵様への贈り物なら紋章以外の装飾もこのままではまずいだろう!デザインは俺の方に任せてもらってもいいか?」


 私は紋章でも付けとけばいいか、と思っていたけどどうやらそれだけでは駄目らしい。所長に贈るインクペンの事はダニエルさんに任せることにする。


 その後はケイト君が順番に説明を加えながら次々に発注書を渡していった。結構な数の発注書になったけどダニエルさんは大丈夫だろうか…まあ、大元は全部私なんだけど。


「あの、ダニエルさん、一度にまとめての発注になりますけど大丈夫ですか?発注元もいくつかあるので気を付けてくださいね」


「ああ…今のところ大丈夫だとは思うが。職人を増やすことも考えなくてはいけないな…」


 親父が言っていたことが解ったよ、とダニエルさんは肩を竦める。ボルボワさんが何を言ったかは知らないが、まあ嬉しい悲鳴というやつだろう。


「職人を増やすのなら、ガラス作りに強い職人を確保しておいてください。今後必ずガラスの需要が増えます。なんならガラス工房を新たに作っても良いくらいですよ」


 ダニエルさんが真面目な顔で顎に手をやる。


「アインちゃんが言うのなら間違いないとは思うが…」


 考えておこう、とダニエルさん。


「それからこれは別件ですが、なるべく早めに第二研究所に来てください。実際に今進めている研究を見てもらって協力をお願いしたいのです」


 一瞬ぎょっとしたダニエルさんだが直ぐに表情を取り繕った。


「わかった。公爵様のインクペンが出来上がったらアインちゃんの杖と一緒に研究所に持っていこう。

2、3日後になると思うが、また使いのものを出す。

 …それにしてもアインちゃんと出会ってまだそれほど日も経っていないというのに、もう一生分の勤勉さを使い果たしそうだよ」


 そう言って苦笑を浮かべる。


「何を言っているんですか、ダニエルさん。まだまだこれからですよ、これから」


 全ての用事を終えた私はそう言って手を振りながらダニエルさんの工房を後にした。

※連載再開しました。第二章終了までは日々17:00の更新です。引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。     loooko

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