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私、引き籠って研究がしたいだけなんです!  作者: 浅田 千恋
第五章 神聖ギュスターブ帝国
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96.戦いが終わり、そして

 神聖ギュスターブ帝国が誇る常勝無敗の魔法船団、その全ては悉く沈み、戦闘は終結した。やがてヴェルギリウス様の解散の合図で小隊の皆、そしてアイザック先生とリチャード君達は帰路についた。


「ヴェルギリウス様、終わりましたね」


 残ったのは私とヴェルギリウス様。ギルベルト団長は騎士団を率いて敵兵の救助にあたり、ラプラスさんも未だその処理に追われていた。


「うむ、ご苦労だったな」


 ギュスターブ帝国に投降する。その私の決断はここに来てからの僅かな時間で見事に砕け散っていた。帝国は報復の為に兵を動かすだろうか。そうなると今度こそ大規模な戦争が始まる。


 だがそれは戻ってからの課題。魔法船団を失ったギュスターブ帝国は出兵に時間がかかる筈だ。対策を立てる時間はまだある。それよりも……


 私はぎゅっと唇を噛みしめる。多分これから始まるのだ、ヴェルギリウス様のお説教タイムが!


「なあ、アインスターよ」


 ほら、きた! しかし私の予想に反し、ヴェルギリウス様のその声は殊更に優しい響きを伴って。


「私の話を聞いてくれるか?」


 何だろう? 私の話じゃなくてヴェル様の話? ヴェル様がそんな事を言うなんて珍しい。


「私はな、この国に、いや違うな、この世界に。そうこの世界に絶望していたのだよ」


 ふぅん…… って! ヴェル様が絶望? どういう事だろう。何でも完璧に熟すヴェル様が、いやもしかして。


「くだらぬ戦争を続けるこの王国。過去の遺物に頼り切ったこの世界。私はな、この世界にはもう見るものが何も無いとそう思っていた」


 なるほど、この人は所謂天才なのだ。世界がそのスピードに追い付けない程の才能。それ故の孤独。確かにこの世界は魔法という古代文明の遺産の上に成り立っている。だけどヴェル様だってそれを更に発展させようと研究を続けていたではないか。


「そうだ。私は私が信頼する者を集め、世界を変えようと試みた。だが私の手では届かなかった」


 研究の事? 魔法の事? この王国の事? ヴェル様が何の事を言っているのか私にはわからない。でも違う、ヴェル様の手が届かなかったんじゃなくて、きっと世界がヴェル様に追い付けなかったんだ。


「だから私は世界に絶望した。いやこれも違うな、私は私自身に絶望していたのかも知れぬ。其方が私の前に現れるまでは」


「……私、ですか?」


「そうだ、其方だ。其方はこの世界に新たな可能性をもたらした。そしてそれは私にとっての希望だった」


 ヴェル様の瞳が私を捉える。その吸い込まれるような黒が私を捉えて離さない。


「この世界には知るべき事がまだ沢山ある。やるべき事が山程ある。本当は私は何も知らなかった。それなのに全て知ったつもりでいたのだ。届かない筈だ、世界は私が思っていたよりも遥かに広く、そして」


 ――――美しかった。


 そう言ったヴェル様の瞳はやはり優しさに満ちて。


「その事を私に教えてくれたのはまだ年端もいかぬ小さな少女だった。其方の事だ、アインスターよ」


 確かにこの世界は広い。私が想像もつかない事で溢れている。私がこれまでやってきた事なんてほんの些細な事だ。そしてそれはヴェルギリウス様も同じだったんだね。


「ヴェル様、それは私も同じです。私の周りの人達に、そしてヴェル様に、私は多くの事を学びました。そうやって皆、大切なものを見つけていくのだと思います」


 ふむ、とヴェルギリウス様。


「そうだな。そして私はこうも思ったのだ。私がかつて届かなかったところに、必死で手を伸ばし続ける少女がいる。私はその少女を守っていこうと、そう思ったのだ」


 私を……守る。そうだ、ヴェルギリウス様はこれまでずっと私を守ってくれていた。私に特別な場所を与えてくれた。


「アインスターよ、其方はかつて私に話した事があったな。自分は別の世界の記憶があるのだと。確かにそれは本当の事なのかも知れぬな。そうでなければ説明が付かぬ事も沢山ある。だがな、アインスターよ、そんな事はどうだってよいのだ。其方はこの国に生まれ、そして私の元にやってきた。それだけで十分なのだ」


 そう、私は以前に自分の記憶についてヴェルギリウス様に話した事があった。到底信じてもらえるような話じゃなかったけど、ヴェル様はまだその事を覚えていたんだ。


「其方はこの国の人間、パウルの娘だ。アインスター・アルティノーレ、そして其方は私にとって大切な存在なのだ」


 大切な存在…… うん、大切な部下で大切なお喋り仲間で大切な…… いやヴェル様の言おうとしている事はそんなんじゃない、それは私にもわかる。その瞳にはそれだけの説得力がある。ヴェル様の中で私は大きな存在、私の中のヴェル様が今やそうであるように、それは親愛を超えて、つまり、その、でも……


「ヴェルギリウス様、私は……」


 言いかけた私にヴェル様は首を振る。


「よい。今はそれでよい。私は私の好きなようにすると言った。それはこれからも変わらぬ。其方もこれまで通り自分の思うままにするとよい。私は自分の為に其方を守る。これからもずっと。そしていつの日か、其方が見ているものを共に見て、其方が語る未来を共に語れればいいと思う」


 わからない事がまた一つ増えた。こういう時、どうすればいいのだろう。こういう時、どう答えればいいのだろう。ヴェル様の気持ちに、そして私自身の気持ちに。


「ヴェル様、その、海が綺麗ですね」


「ん? そうだな」


 船はまだ燃えているが仕方ない。それでも海は綺麗なのだ。


「ヴェル様、魚、美味しいですよね」


「ああ、そうだな」


 やっぱり答えなんて無いのかも知れない。それに、そうだった、私はまだ小さな女の子だった。そりゃヴェル様も今はいいって言うよね。


「ヴェル様、私を守ってくれるんですよね」


「ふむ、そうだ」


 わからない事はこれからわかるようになっていけばいい。ヴェルギリウス様と一緒に、これからゆっくりと。


「ヴェル様、絶対ですよ」


「ああ、絶対だ」


 笑っている。表情を変えぬまま、笑っている。いつの間にか普段の様子に戻っていたヴェルギリウス様は、きっと私にしかわからない顔で笑っていた。


「約束ですよ」


「約束する」


 帝国兵士の救助が終わったのだろうか、海辺ではギルベルト団長が私達に向かって大きく手を振っている。その様子にヴェル様が肩を竦めた。


「無粋だな。これだから軍人というやつは好かぬのだ」


「ふふ、そうですね。でも私達もそろそろ行きましょうか。そうしないとギルベルト様、凄い勢いで向こうからやってきそうですよ」


 そうだな、とヴェル様。そして立ち上がったヴェル様が私に手を差し伸べる。


 波の音が微かに届き。輝く太陽の元、私はその手をしっかりと握った。

次回は2月14日17:00更新です。

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