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黒猫堂古書店物語  作者: 美汐
第五話 招待状
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招待状11

 松坂茜を落ち着かせるために、神谷は少しの間店を閉めることにした。彼女には母屋の一階の和室にあがってもらっている。

 女性に泣かれるということにあまり免疫がない神谷だったが、焦りながらもどうにかタオルを出して渡すということはできた。とりあえずなにか温かい飲み物でも出そうと、今お茶を煎れているところだ。

 ちゃぶ台を前にして、彼女は真っ赤に目を腫らして俯いている。どうやら少しは落ち着きを取り戻してきたようだった。


「どうぞ」


 お盆からお茶の入った湯呑みを二つちゃぶ台の上に置いて、神谷は自らもその場に座った。


「泣いたあとは喉が渇いていると思います。少し潤すためにも水分を取られたほうがよいかと思います」


 我ながら、他に言うべき言葉はないものかと思ったが、彼女は黙って頷いてくれた。お互いにお茶をすすり、少しの間その緊張した空気が緩んだ。温かい液体が喉を通っていく感覚が、不思議ととげとげとした心をなめらかな状態へと戻してくれる。それは、今は亡き祖父から学んだ知恵だった。


「……びっくりされましたよね。神谷さん」


 お茶の効能は早速発揮されたらしく、松坂茜は落ち着いた声で話し始めた。


「ええ。それはもう。充分すぎるくらいに」


「双子だってことを秘密にしてたわけじゃないんですよ。ただ言う必要のないことだと思っていましたから。でもまさかこんなことになるなんて、わたしも思ってもみませんでしたけど」


 彼女は困ったように微笑んでみせた。


「なぜこのような経緯になったのか、話せる範囲でいいので教えていただけませんか?」


 神谷の言葉に、彼女は素直に頷いた。


「ことの発端は、わたしが実家に帰ったときに起こりました」


 松坂茜は静かに語り始めた。

 仕事を終えた先週の土曜日の夕方、松坂茜はそこに届いたという倉本先輩の手紙を取りに、彼女の実家を訪れていた。父親と母親は留守にしていたようで、彼女は持っていた鍵を使って中へと入ったのだという。

 和室の茶箪笥の引き出しにその手紙を入れてあるという母親の話を思い出した茜は、すぐに和室へと向かった。そしてそこを開けて調べたが、目的のものは見つからなかったそうだ。母親の言い間違いだったのかもしれないと、他の場所も開けて散々調べたが、それは出てこなかった。そして捜し疲れて悄然としているところに、葵が現れたのだという。


「葵はその手に、倉本先輩からわたし宛てに届いた手紙を持っていました。葵はその手紙を交換条件に、あるものを渡すように言ってきました」


「あるものというのはもしかして……」


「はい。葵は『はるかなる物語』を渡せと言ってきたのです」


 神谷には理解しがたい交換条件だった。どちらも、もともと松坂茜のものなのだ。そんな交換条件を出すこと自体がどうかしている。それを受けるほうも同じだ。


「けれど現在その本はわたしの手元にはなく、この黒猫堂古書店の店主である神谷さんが持っていることを伝えました。契約期間が終わるまでは、その本を返してもらえないことも。けれど、そんなことで葵は納得しなかった。それどころか、わたしがわざわざそんな条件を飲んでまで手に入れたいと思っているその本に、ますます興味が沸いたようでした。そして、自分が松坂茜になり変わってさっさとその本を手に入れてくると、無理やりわたしの代わりにここのバイトに出かけていったんです。昨日はどうにか引き留めることができたんですけど、今日はおさえきれませんでした。結果的に神谷さんにまで迷惑をかけることになってしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 再び彼女は謝罪の言葉を口にした。それを聞いて、神谷は哀しい気持ちになった。


「いいんですよ。本当にあなたに謝られるようなことをされた覚えはありませんし、第一それはあなたのお姉さんが勝手にしたことじゃないですか。僕がわからないのはそこです。なぜそんなにお姉さんに対して、あなたがしたてに出なければならないのですか。そもそもそんな取引自体おかしいじゃないですか。手紙も本もあなたの所有物です。あなたはもっと強気に出て、抵抗すべきだったんじゃないでしょうか」


 神谷の言葉に、茜は口をつぐんでしまった。神谷はさらに言い募った。


「双子の姉妹でしょう。あなたと葵さんに、なんの身分的差違があるというのです。あなたが自分を押し殺してまでお姉さんに従う理由がわかりません」


 茜は俯いて、手に持っていたタオルを固く握り締めていた。

 言いたくないのだろう。けれど、それを聞かないわけにはいかなかった。


「お願いします。教えていただけませんか? あなたがお姉さんに対して消極的になってしまう理由を。あなたとお姉さんとの関係を」


 彼女はしばらくの間下唇を噛み締めて黙っていたが、小さく頷いてから顔をあげた。その表情にはいまだ悲壮感が漂ってはいたが、瞳の色はなにかを決断したことを物語っていた。


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