茜、陶器市に行く7
黒猫堂古書店はいつになく賑わいを見せていた。外に出してあるワゴンの前には、三人の人が立って中身を物色している。店内にもお客さんが他に三人ほど入っているようだった。
扉を開け、狭い店内を茜と珠恵は一列に並んで入っていった。カウンターの中にいた神谷に近づいていく。そこでなにやら作業をしている様子の彼は、やはりいつもより忙しそうに見えた。
「神谷さん。こんにちは」
「ああ、これは松坂さん。こんにちは。陶器市のほう見て回られたんですか?」
「はい。さすがに人の量は多かったですけど。こっちもいつもより繁盛してるみたいですね」
「ええ。おかげさまで。ところでそちらのかたは?」
神谷が茜の後ろで所在なさげに店内を見回している珠恵を見て、そう訊ねてきた。
「わたしの高校時代の同級生です。彼女の探し物のことで、ちょっと神谷さんに相談があって寄ったんです」
「相談?」
神谷はひとつ瞬きをしてみせた。
「珠恵」
茜は促すようにそう言って、彼女を神谷の前へと連れてきた。
「初めまして。わたし茜の友人の森口珠恵っていいます。茜があなたに訊けば、わたしの探し物のヒントがわかるかもっていうので来たんですけど」
「はあ、聞いてみないことにはなんとも言えませんが、どういったものをお探しなのでしょうか?」
珠恵はひと呼吸置いてから、少し小声になって言った。
「白い象さんのセットになった焼き物なんですけど」
珠恵がそう話すと、神谷は予想通り珍妙な顔をした。
「そんな商品が置いてある店って、なにか心当たりとかないですか?」
「さあ。ちょっと僕もそういったものに心当たりはありませんが……」
神谷がそんなふうに言ったので、茜は珠恵の話を補足するようにこう言った。
「さっきまで結構その辺りのお店とか探してたんですけどやっぱりなくて、でもそれを頼んだ人によると、きっと市のどこかにあるはずのものだってことらしいんですけど」
茜の言葉に神谷は、つと視線をあげた。
「そのかたは、それがこの陶器市にあるはずだと言ったんですか?」
「はい。電話でそう話していました」
茜の代わりに珠恵がそう答えた。
「だからもしかしたら、その探しているものというのは、わたしたちが思っているようなものとは違うんじゃないかって。なにかまったく別の形をしているものなんじゃないかと思って、それで神谷さんに相談に来たんです」
茜がそう言うと、神谷は驚いたように目を大きく見開いた。
「そうですね。思いこみというものは目を曇らせます。もう一度、整理して考えてみることはいいことだと思います。それのお手伝いならできるかもしれません。少しじゃあ、話を聞かせてもらいましょうか」
神谷はそう言って、手元にあった手帳の真新しいページを開いた。そして事情聴取をする警察官のように珠恵に訊ねた。
「まず、森口さん。あなたが依頼者から聞いた内容を、正確に思い出してください。それを聞いたのがどんな状況で、どんな言葉であったのか」
珠恵はそう訊かれ、少し考えるそぶりを見せた。そのときの状況を思い出しているのだろう。
「あれは、わたしが会社帰りに彼の携帯へと電話をかけたときにした会話だったんです。彼がこっちへ来るときになにかプレゼントでもあげようと思って、電話で希望を訊いたんです。最初は彼、なにがいいか迷っているふうでした。でも、会話の途中でわたしが次の日、陶器市に行くって話したら、彼食いついてきて。それでさっき言ったものが欲しいって」
「その電話のとき、彼のほうの周りの様子はどうでしたか? 静かでしたか? それともうるさかったでしょうか」
「ああ、そう言われてみればうるさかったと思います。彼もわたしの声がちょっと聞き取りにくいような感じでした」
神谷はそれに頷いた。
「もう一度訊ねますが、彼が欲しいと言ったものを正確に教えてください。そのとき彼がどんな言い方をしたのか。できるだけ正確にお願いします」
「はい。ええと、確かこんな感じだったと思うんですけど」
珠恵は目を閉じ、じっくりその言葉を思い出しているようだった。
「……白く化粧した象さんのセットものが欲しい……って」
「他にはなにか言ってませんでしたか? なにか気になった言葉などでもいいんですが」
「え、えーと……あれ関係あるのかな? 島で、とか言ってたのが聞こえたんですけど」
「ふむ。なるほど」
神谷はそれを聞き、手帳にメモを取った。そしてそれを見ながら握った拳を顎に当てて考え込んだ。
「森口さん。彼はもしかすると、焼き物に割とくわしいかたなのではないですか? くわしいとまではいかなくても、興味があったりするかたなのでは?」
「え? そうなのかな? あ、でも陶芸教室に行ってたことがあるって」
珠恵がそう言うと、神谷は得心がいったように何度か頷いた。
「それなら、答えはもうわかりました」
神谷のその言葉に、茜と珠恵は驚いて顔を見合わせた。




