黒猫堂、万引きに遭う14
「そういえば、教えてもらえますか?」
「え?」
茜はカウンターから出ると、そのままコミックの棚の前まで歩いていった。
「ほら、わたしでもわかるって言っていたじゃないですか。この間この棚から一冊本が減っていることについて」
神谷はああ、と言ってから茜の隣にやってきた。
「簡単なことですよ」と神谷は棚の横枠に手を置いた。
「この棚にはもともと、ぎっちりと隙間なく本が詰めこまれていました。そこから一冊本を抜くとどうなります?」
茜はあっと声をあげた。神谷が一冊その棚から本を抜き出す。
「当然のことながら、この本があった場所にはこの本の厚みぶんの隙間が生まれます。松坂さんがこの棚を差し直したとき、少し空いているように感じませんでしたか? 少なくともぎっちり詰まっているとは感じなかったと思いますが」
「そうです。そうでした。なるほど、それならわたしでも本が足りないことに気づけるはずですよね」
「ええ。でも松坂さんはあの日が勤務初日でしたからね。そんな感覚がわからなくても無理はありません」
神谷は茜に向かって唇の端をあげて見せた。それが笑いかけているのだと気づくのに、茜は数秒を必要とした。
「あのでも、わたしが犯人だという可能性もまったくなかったわけじゃないですよね。黙っていたことを考えれば、わたしが怪しいとは思わなかったんですか?」
「可能性としてはゼロではありませんでしたけど、それはありえないと思いました」
神谷の口調に迷いはなかった。
「以前も言ったように、この棚の本を並べ直すことには意味がありません。事故によって本がばらまかれる事態になったというのが僕の結論でした。そして、この棚に戻されていた本を見ると、すべて綺麗な状態で戻されていました。ばらまかれた本には、多少の折れなどが発生した可能性があります。店内は土足になっていますし、表面にも砂や埃などが少しはついていたと思われます。けれどこの目で見る限り、そのような状態のままで戻されている本は一冊も見当たりませんでした。きっと松坂さんがきちんと表面を拭き、折れなども直してくださったからだと思います」
神谷の言うとおり、茜はばらまかれた本を一冊ずつきれいに拭いて、折れている箇所は手で直してから棚に差し戻しておいた。
「そんなことをする人が、本をばらまいて傷つけるようなことをそもそもするでしょうか。松坂さんは本を愛している方です。僕には松坂さんが犯人だとは考えられませんでした」
確かにそうかもしれない。棚の本を下にばらまくなんて、本好きの人がすることではない。
けれどそれはあることと矛盾している。そのことを神谷はわかって言っているのだろうか。
「僕だったら絶対にしません」
神谷は本を愛おしげに眺めながら言った。
「僕も、愛していますから」
茜は思わず赤面してしまった。
愛している、というのは本に対してのことだとわかってはいるけれど、声に出して聞くとなんだか恥ずかしかった。
こんなふうに本を愛しているなんて臆面もなく言えるこの人は、もしかしたらとても純粋な人なのかもしれない。茜はそんなことを思いながら、本の並ぶ店内をあらためて眺めたのだった。
第二話終了です。お疲れ様でした!




