第67話 反乱蜂起
数時間後、音速列車が静かに停止した。
プシューッという減圧音と共に重い扉が開く。
そこは、地下深くとは思えないほど広大で、冷え冷えとした空間だった。
「降りろ。もたもたするな」
俺、クロウ・フォン・フライハイトは、尊大な態度で囚人役のレジスタンスたちを蹴散らすフリをした。
ガイスト司令を先頭に、俺たちは無言で通路を進む。
かつて、この場所の情報を得るためだけに、何万人ものレジスタンスが命を落とした。
潜入し、捕まり、拷問され、情報を託して死んでいった者たち。
彼らの血と執念が積み上げられた屍の山の上に、今の俺たちの道がある。
(……無駄にはしない)
俺は心の中で強く誓った。
隣を歩くクロエも、真っ白な通路を見つめながら唇を噛み締めている。
彼女もまた、同志たちの悲鳴が染み付いたこの場所を、魂に刻み込んでいるのだろう。
しばらく歩くと、巨大な隔壁の前に出た。
厳重なセキュリティチェックを通過すると、重厚な扉がゆっくりと左右に開いた。
「…………」
その場の全員が、息を呑んだ。
そこは、究極の「無」の空間だった。
壁も床も天井も、全てが白一色。
汚れ一つ、傷一つない清潔な空間。
だが、そこには命の気配がなかった。
左右に並ぶのは、強化ガラスで仕切られた無数の独房。
中には簡素なベッドとトイレがあるだけ。
私語は禁止、音も遮断され、ただ生きることだけを強制される場所。
ここに入れられた者は、肉体的な苦痛よりも先に、自己の存在を塗りつぶされて精神が崩壊するだろう。
「ここが、アインザッツ家が管理する『特別収監エリア』になります」
ガイスト司令が、自慢のコレクションを紹介するように言った。
「帝国の秩序を乱す思想犯どもには、己の無力さと向き合う時間が必要です。ここでは、死ぬことすら許可されません」
「なるほど、素晴らしい環境だ。我が領地の参考にさせてもらおう」
俺は薄ら寒いものを感じながらも、感心したように頷いた。
「では、引き渡しを。――おい、レジスタンスの『ゴミ』共をそこの房へ入れろ」
ガイストが顎でしゃくり、部下の特別行動部隊に指示を出そうとした。
部隊の注意が、房のロック解除に向けられる。
ガイスト自身も、任務完了の安堵からか、わずかに肩の力を抜いた。
(……今だ!)
俺は、一瞬の隙を見逃さなかった。
右手を上げ、乾いた音を鳴らす。
――パチンッ!
それが、反撃の狼煙だった。
「ッラァァァ!!」
怒号と共に、クロエたちレジスタンスが一斉に動いた。
彼らが嵌められていた手錠と足枷は、実は最初からロック機構を破壊してあったものだ。
ジャラリと音を立てて拘束具を投げ捨てると、彼らは俺が連れてきた警備ドロイド(抵抗しないようプログラム済み)に飛びかかり、その手からビームライフルを奪い取った。
「なっ!?」
ガイストが振り返るより早く、クロエが俺の背後に回り込む。
彼女は奪ったばかりのナイフを、俺の喉元に突きつけた。
「動くなッ!!勇爵は人質だ!お前ら、武器を捨てろ!!」
「な……貴様ら、拘束が!?」
ガイストが狼狽する。
完全に不意を突かれた形だ。
まさか、勇爵が自ら連れてきた囚人が、武装解除もされずにここまで来ているとは夢にも思うまい。
「おい、俺は勇爵だぞ!帝国の至宝だぞ!」
俺は恐怖に引きつった(フリをした)顔で叫んだ。
「ガイスト!何をしている、早く武器を捨てろ!もし俺に万が一のことがあって、この美しい顔に傷でもついたら……お前らの故郷ごと、核で滅ぼしてやるぞ!!」
「ひっ……!」
俺の理不尽極まりない脅しに、ガイストは顔面蒼白になった。
この男は知っている。
フライハイト勇爵なら、本当にやりかねないということを。
「ま、待て!早まるな!勇爵閣下に手を出すな!」
ガイストは慌てて自分の拳銃を床に捨て、両手を上げた。
指揮官の投降。
これで勝負あり――そう思った瞬間だった。
『――ターゲット確認。優先順位変更。人質ごと敵性体を排除』
背筋が凍るような機械音声。
ガイストの後ろに控えていた『特別行動部隊』の兵士たちが、一斉に銃口を上げたのだ。
彼らの赤いセンサーアイは、指揮官の命令など無視して、ただ「敵」を殲滅することだけを計算していた。
「ば、馬鹿者!撃つな!勇爵閣下が――」
ガイストの制止も虚しく、重機関銃とレーザーライフルの発射音が轟いた。
「ッ!?」
クロエが息を呑む。
彼女は咄嗟に俺を突き飛ばして守ろうとしたが、間に合わない。
数十の銃口から放たれた死の雨が、俺たちを八つ裂きにせんと殺到する。
――だが。
「甘いな。超小型シールドジェネレータ、起動!」
俺が胸元のブローチに触れた瞬間。
俺たちを中心に、半透明の光のドームが展開された。
カカカカカカカカッ!!
ジュッ、ジュワワッ!!
激しい火花と衝撃音。
全ては俺の目の前、わずか数センチの空間で弾かれ、無効化された。
装甲車すら容易に貫く攻撃が、まるで小石のように虚しく弾かれていく。
「な……なんだと!?」
ガイストが腰を抜かす。
クロエも、自分の目の前で弾け飛ぶ火花を見て呆然としている。
「言っただろ、蚊に刺されるよりマシだってな」
俺は冷や汗一つかかずに笑ってみせた。
だが、状況は膠着状態だ。
シールドは完璧だが、こちらからの攻撃も通らない。
それに、相手は重武装の全身義体化兵。
レジスタンスが奪った軽武装では、彼らの分厚い装甲を撃ち抜くことは不可能に近い。
「硬いな。やはり歩兵用武器じゃ歯が立たんか」
弾幕は止まない。
このままではジリ貧だ。
俺は溜息をつき、傍らに控える「最強のメイド」に視線を送った。
「シズ、出番だ。お前がやれ!」
「了解です、マスター」
シズはスカートの裾を少し持ち上げ、優雅に一礼した。
その瞬間、彼女の姿がブレた。
「――排除します」
次の瞬間、シズはすでにシールドの外にいた。
弾幕の中を、まるで散歩でもするかのように突き進む。
飛来する銃弾を最小限の動きで躱し、あるいは手の甲で弾き飛ばす。
その動きは、物理法則を無視しているかのようだった。
「対象A、装甲強度計測。……紙切れ以下ですね」
シズは先頭にいたサイボーグ兵士の懐に飛び込むと、素手でその胸部装甲を貫いた。
ズドンッ!!
「ガ、ガガッ……!?」
機械の身体がくの字に折れ曲がり、火花を散らして吹き飛ぶ。
彼女の腕力は、強化外骨格の防御力を遥かに凌駕していた。
「な、なんだあの女は!?撃て!撃ち殺せ!」
兵士たちが銃口をシズに向ける。
だが、遅い。
シズはメイド服の袖から、極細のワイヤーを射出した。
目に見えない死の糸が、空間を切り裂く。
ヒュンッ!
一閃。
横一列に並んでいた5体のサイボーグ兵士が、次の瞬間、バラバラのパーツとなって崩れ落ちた。
断面は鏡のように滑らかだ。
「ば、バケモノ……!」
ガイストが悲鳴を上げる。
シズは無表情のまま、残りの兵士たちへと踊りかかった。
舞踏のような足捌き。
流れるような体術。
彼女は元々、未知の異生命体を殲滅するために開発された、旧時代の殺戮兵器だ。
帝国のサイボーグ技術など、彼女にとっては子供の工作に等しい。
「終わりです」
数秒後。
最後の兵士の首をねじ切り、シズは静かに着地した。
彼女のメイド服には、返り血一つ付いていない。
辺りには、鉄屑と化した「最強の部隊」の残骸だけが散らばっていた。
生き残ったのは、腰を抜かして震えるガイスト司令だけだった。
彼は信じられないものを見る目で、俺たちを見上げていた。
「ゆ、勇爵……!?何をするのです!これは、帝国への反逆ですか!?」
ガイストは震える指で俺を指差した。
「貴方は人質なんかじゃない!あのメイドに攻撃命令を出した!これは、貴方が主導した反乱だ!アインザッツ閣下に報告してやる!貴様は終わりだ!」
彼は半狂乱になって叫んだ。
その通りだ。
彼は見てしまった。
俺がシールドを展開し、俺がシズに命令を下した瞬間を。
俺が「被害者」ではなく「加害者」であることを知る、唯一の生き証人。
俺はシールドを解除し、ゆっくりとガイストに歩み寄った。
「反乱?人聞きが悪いな」
俺は冷徹な眼差しで見下ろした。
「俺は人質に取られて、お前の部下が発砲した。その流れ弾でお前たちは全滅した。……そういう報告になる予定だ」
「な、何を……」
「だが、お前は見すぎた。俺の手の内も、シズの正体もな」
俺はシズに視線を送った。
言葉はいらない。
俺の意図を察した彼女が、音もなくガイストの背後に立つ。
「ひっ、ま、待ってくれ!私は何も見なかった!誰にも言わない!だ、だから命だけは――」
「シズ、掃除だ。ゴミを残すな」
俺は背を向けた。
「御意」
シズの腕が閃いた。
ドサリ。
鈍い音が一度だけ響き、ガイストの懇願が永遠に途絶えた。
床に広がる赤黒いシミ。
「……はぁ」
俺は一つ息を吐き、髪をかき上げた。
これで、ここでの出来事を知る者は誰もいなくなった。
「……終わったわね」
クロエが、床に転がるガイストの死体とサイボーグの残骸を見て、引きつった笑みを浮かべた。
「あんたのメイド、強すぎない?それに……容赦ないわね」
「優秀なメイドは、主人の憂いを断つのが仕事だからな」
俺は肩をすくめた。
シズは涼しい顔で「業務の一環です」と言いながら、手袋の汚れを払っている。
「幸い、目の前の敵を皆殺しにしたおかげで、警報は鳴らされていないみたいだ。メインブリッジにはまだバレてない」
クロエが端末を確認し、ホログラム地図を展開する。
「メインブリッジはここから5キロ離れた『中枢ブロック』にあるわ。移動手段はもうないから、強行軍になるけど」
「5キロか。散歩には丁度いい」
俺は屍の山を跨ぎ、扉の向こうの闇を見据えた。
「行こう。5000億人の運命を変えにな」
俺たちは武器を構え直し、惑星の心臓部を目指して走り出した。




