第66話 作戦開始
戦艦フェンリルは、減速しながら監獄惑星アイリスの重力圏へと侵入した。
窓の外に広がるのは、直径10000キロメートルにも及ぶ黒鉄の球体。
無数の砲台が森のように林立し、惑星全体を覆うエネルギーシールドが微かに紫色の光を放っている。
まさに、一度入れば二度と出ることの叶わぬ、銀河の墓場だ。
ブリッジの緊張感は最高潮に達していた。
俺、クロウ・フォン・フライハイトは、ふんぞり返るように艦長席に座り、その時を待っていた。
『警告!警告!未確認艦船に告ぐ!』
突如、艦内に耳障りなアラートと共に、殺気立った通信音声が響き渡った。
『貴艦はアイリス防衛圏に侵入している!ここは帝国軍の最重要機密エリアであり、民間船の立ち入りは禁止されている!直ちに退去せよ!さもなくば撃墜するぞ!』
通信と同時に、惑星表面の対艦レーザー砲塔が、一斉にこちらへ鎌首をもたげるのがセンサーで確認された。
ロックオン警報がけたたましく鳴る。
普通の神経なら、ここで縮み上がるところだ。
だが、俺はニヤリと口角を上げた。
マイクのスイッチをオンにし、腹の底から響くようなドスの利いた声を出す。
「――ああ?民間船だと?」
俺の声は、絶対零度の冷たさを含んでいた。
「俺を誰だと思っているんだ。フライハイト勇爵だ」
『ゆ、勇爵……?』
「舐めた真似をしていると、60万隻の俺の艦隊を呼び寄せて、この惑星ごと捻り潰すぞ?ええ?」
『ひっ……!?』
通信の向こうで、管制官が息を呑む音が聞こえた。
60万隻という数字はハッタリではない。俺が実際に保有している戦力だ。
その圧倒的な暴力の匂いをチラつかせることで、相手の思考を恐怖で麻痺させる。
「あと、お前らのボスであるヴァルター元老院議長の許可は取っている。レジスタンスの幹部どもを護送中だ。直々にブチ込みに来てやったんだよ。……着陸するぞ、ゲートを開けろ」
有無を言わせぬ命令口調。
傍らで聞いていたレジスタンスのリーダー、クロエが、顔を引きつらせて小声で呟いた。
「……ねえ、どっちが悪役なのよ。演技が上手すぎて引くわ」
「お褒めに預かり光栄です。マスターの威圧スキルは銀河一ですから」
シズが真顔で返す。
その間にも、管制塔内では大パニックが起きているようだった。
『確認しろ!』『本物の勇爵か!?』『コード照合!』といった怒号が微かに漏れ聞こえてくる。
数秒後、再び通信がつながった。
今度の声は、先程までの威勢の良さが消え失せ、震えていた。
『し、失礼いたしました、勇爵閣下!アインザッツ議長からの直通コードを確認しました!ま、まさかご本人がいらっしゃるとは露知らず……!』
「言い訳はいい。さっさとドックを空けろ。俺は気が短いんだ」
『はっ!承知しました!第1特別ドックへ着陸を許可します!ようこそ、アイリスへ!』
惑星シールドの一部が解除され、巨大なエアロックが開く。
フェンリルは悠然と、その巨大な鉄の腹の中へと滑り込んでいった。
***
着陸と同時に、ドック内は完全な気密状態となった。
ハッチが開く。
俺はマントを翻し、シズとクロエ、そして「囚人役」に変装したレジスタンスの精鋭たちを引き連れてタラップを降りた。
クロエたちは鍵の掛かってない手錠と足枷を嵌められ、うなだれた演技をしている。
タラップの下には、異様な集団が待ち構えていた。
先頭に立つのは、冷酷そうな目をした指揮官らしき男。
そして、その背後に整列する数十名の兵士たち。
「ッ……!」
クロエが小さく息を呑んだのが分かった。
兵士たちの姿は、あまりにも異様だった。
彼らは人間の形をしてはいるが、皮膚の露出が一切ない。
全身が黒い強化外骨格と機械部品に置換されており、頭部には無機質なセンサーアイが赤く光っている。
手足は重火器と一体化しており、呼吸音の代わりに、油圧シリンダーの駆動音と排気音が響いている。
間違いない。
これがアインザッツ家ご自慢の『特別行動部隊』だ。
感情も痛覚も去勢され、ただ殺戮のためだけに調整された全身義体化兵。
「ようこそお越しくださいました、フライハイト勇爵閣下」
指揮官が一歩前に出て、軍礼をした。
彼だけは生身のようだが、その目は死んだ魚のように冷たい。
「アイリス守備隊司令のガイストです。アインザッツ閣下から話は伺っております」
「ああ、ご苦労」
俺は傲岸不遜に頷いた。
「それで、例の『ゴミ』共はこちらですか」
ガイスト司令が、クロエたちを一瞥する。
その視線は、人間を見るものではなく、処理すべき廃棄物を見る目だった。
「引き渡しは、このドックでお願いします。後は我々が、責任を持って『処理』いたしますので」
ガイストが手合図をすると、背後の特別行動部隊がジャキッ!と一斉に動いた。
その威圧感たるや、凄まじいものがある。
ここで引き渡せば、クロエたちは即座に連行され、俺たちは追い返されて終わりだ。
それでは作戦失敗である。
俺たちの目的である「メインブリッジ」は、このドックから何千キロも離れた惑星の最深部にある。
この広大な迷宮を案内なしに進むのは不可能だ。
なんとしても、彼らに案内させなくてはならない。
俺はわざとらしく眉を顰め、不快感を露わにした。
「……は?ここで引き渡しだと?」
俺の声に、ガイストが動きを止める。
「はい。保安上の規定により、外部の方の立ち入りはここまでとなっております」
「規定?下らないことを言うな」
俺は一歩踏み出し、ガイスト司令を至近距離から見下ろした。
身長差に加え、俺が放つ「強者」のオーラが彼を圧迫する。
「ああ、俺は勇爵だぞ?天下のフライハイト勇爵だ」
「は、はい……存じておりますが……」
「それはダメだ。こいつらは俺の囚人だ。俺が捕まえ、俺がここまで運んできた。ならば、俺が自らの手で、あの薄暗い牢獄にブチ込み、鍵をかけ、絶望に歪む顔を見るまでは……『引き渡し』とは言わない。だろ?」
俺はサディスティックな笑みを浮かべ、ガイストの肩に手を置いた。
「それとも、お前は俺に逆らうのか?俺の楽しみを奪うつもりか?」
「ッ……!」
ガイストの顔から血の気が引いていく。
彼は知っているのだ。目の前の男が、どれほど常識外れな「怪物」であるかを。
(こ、この男は……かつて300万隻もの『ローゼンバーグ貴族連合艦隊』を、たった1万隻の手勢と増殖機雷で完封した軍神だ……!)
ガイストの脳裏に、帝国軍事史における伝説的な一戦がよぎる。
圧倒的な数的不利の中、クロウは悪夢のような兵器『増殖機雷』をばら撒き、300万の艦隊を一歩も動けなくして降伏させたのだ。
そして、ただ勝つだけではない。
(降伏した残存艦隊60万隻をそのまま吸収し、今や帝国最強の私兵軍団を持つに至った男……!)
軍事力だけではない。
彼を何より恐怖させているのは、フライハイト領内で行われたという、ある「実績」だった。
(それに、あの大粛清……!領内の腐敗を一掃するため、数千億人もの汚職役人を物理的に「消した」という……!左遷でも投獄でもなく、文字通りこの世から消滅させた男だ。邪魔なゴミは容赦なく処分する、冷徹な独裁者……!)
数千億の人間を消すなど、常軌を逸している。
逆らえば、自分もその「ゴミ」の一つとして処理される。
ガイストの本能がそう告げていた。
ガイストは震え上がった。
規則を守ってこの場で消されるか、規則を曲げてでも怪物の機嫌を取るか。
答えは決まっていた。
「……りょ、了解しました。閣下のお気持ち、お察しいたします」
ガイストは脂汗を流しながら、深く頭を下げた。
「では、特例として……最深部の特別収監エリアまでご案内します。そこならば、閣下もご満足いただけるかと」
「ほう、最深部か。悪くない」
俺は内心でガッツポーズをした。
敵の案内で、目的地の目の前まで連れて行ってもらえる。これ以上の展開はない。
「移動には、専用の音速列車を使用します。こちらへどうぞ」
ガイストが震える手で通路を示した。
特別行動部隊の兵士たちが左右に分かれ、道を作る。
俺は歩き出そうとして――足を止めた。
そして、わざとガイストにも聞こえるように、通信機を取り出した。
「ああ、そうだ。一つ用事を忘れていた」
俺は通信機のスイッチを入れた。
「おい、ヴォルフ。聞こえるか」
『おう、聞こえてるぜ、閣下』
通信機から、グレイ・ヴォルフ大佐の野太い声が響いた。
俺はガイストたちに聞かせるように、尊大な態度で命令を下した。
「俺たちが戻るまで、フェンリルはドックの外……衛星軌道上で待機しておけ。エンジンは切るなよ」
そして、少しだけ声を低くし、脅しを込めるように付け加えた。
「あと、俺が楽しんでいる間、邪魔が入るのは好まない。いかなる船であろうと、許可なくこの空域に近づけるな。……出るのも入るのも禁止だ。ハエ一匹通すなよ」
俺の言葉は「我が儘な貴族が、自分の愉悦のために周囲を封鎖させた」ように聞こえるはずだ。
だが、その真意は「通信妨害と脱出阻止の包囲網を敷け」という命令だ。
『ケッ、了解だ。お楽しみの邪魔をする無粋な連中は、俺が責任を持って叩き潰しておきますよ、閣下』
ヴォルフの凶悪な笑い声と共に、通信が切れる。
これで外の準備は完了だ。
ガイストは「なんて横暴な男だ」という顔をしているが、まさか自分が籠城戦の袋のネズミにされたとは気づいていない。
「……待たせたな。行こうか」
俺は青ざめるガイストを一瞥し、再び歩き出した。
すれ違いざま、クロエが俺の背中に隠れるようにして囁いた。
「……あんた、本当に心臓に毛が生えてるわね。あのバケモノたちを前にして、よくあんな態度が取れるわ」
「バケモノ?俺から見れば、あんなのは出来の悪いブリキのおもちゃだ。うちの工場のドロイドの方が、よっぽど性能がいいし愛嬌がある」
俺は平然と答えた。
実際、俺の胸には「超小型シールドジェネレータ」がある。
いざとなれば全員守りきれる自信があった。
ドックの奥には、弾丸のような形状をした漆黒の列車が待機していた。
惑星内部を縦横無尽に走る音速列車だ。
これに乗れば、数時間で惑星の中心部へと到達できる。
「さあ、乗れ。地獄行き特急の出発だ」
俺は囚人役の部下たちを顎でしゃくり、列車へと追い立てるフリをした。
全員が乗り込むのを確認し、最後に俺とシズが乗り込む。
重いドアが閉まり、密閉された車内には、俺たちと、監視役のガイスト、そして数名の特別行動部隊だけになった。
『発車します。目的地、コア・セクター。特別収監エリア』
無機質なアナウンスと共に、列車は急加速した。
強烈なGが全身にかかる。
窓の外は暗黒のトンネル。
だが、俺たちの目には、希望の光が見えていた。




