表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラクラ(Glavity:Craft) ―壊れた世界でも、俺は作り続ける―  作者: はちねろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/66

第46話 技術は、立ち上がる

木が鳴る。ひとつずつ姿を現しはじめる。

 陽が何度も昇り落ちていくなか、当たらない斜面に、痕が増えていた。

 地面には、同じ方向に削られた破片が積もっている。


 乾いた幹の内部まで届くと、手応えは少しだけ軽くなった。

 そこが“芯”だった。


 カリームは柄の根本を持ち替え、何度も振りかぶった。

 音ではなく、振動が掌に返る。崩れる音がしないのは、倒れていない証拠だった。


 レオが後ろで枝をまとめながら、手を止めた。

 腕にも、土の色が染みついている。

 削れた皮の匂いが、微かに鼻をかすめた。


 レオが手のひらを見た。

 すでに皮は硬くなり、跡がいくつも刻まれている。

 この星に来てから、何度目の“繰り返し”だったかは、もう数えきれなかった。


「……慣れるもんだな。俺らも」


 ぽつりと呟いたその声に、カリームが斜め後ろから応じる。


「ああ。最初は、木一本倒すのにも息が上がってたのにな」

 肩で息をしながらも、口調はどこか楽しげだった。


 レオがふっと息を抜く。


「……あいつらが、あんなの見せられたらさ。

 負けてらんねぇよな」


 カリームは無言でうなずく。


 削ったばかりの丸太が、地面にごろりと転がった。

 断面が陽を受け、木目の奥から、ほのかに甘い香りが立つ。


 カリームは斧を立てかけ、汗を拭いもせずに材の表面を撫でる。

 節の位置、繊維の締まり具合、手に残る湿気──感触だけで“使えるかどうか”を測る目は、すでに鍛えられていた。


「……悪くねぇ。しっかり詰まってる」


 そのひと言に、隣のレオも頷く。

 彼は持ち帰った枝材を一本ずつ持ち上げては、軸の通りを見ていた。


「たぶん、こいつらで組めると思う。上にのるのは人と土、あとは道具だしな」


 カリームが小さく唸る。

 地球のような軽さはない。重力が二倍となれば、支えるには“並”の方法じゃ足りない。

 だからこそ、考えた。試した。確かめた。


 ただの足場じゃない。

 あの“装置”に近づくための、最初の“階段”だ。


 それを支える柱が、今、二人の足元にある。


 レオが一本の木を手に取り、節に刃を当てた。

 ざくっという音が、静かな空気を切り裂く。


「俺たちの力で、踏み台くらいは作ってやらなきゃな」


 カリームは黙って斧を手に取った。

 返事はないが、それが“了解”であることは、もう何度も見てきた。


 木の芯へ向かって、鋭い刃が突き立つ。

 丸太がひとつ、ふたりの呼吸に合わせて削られていく。

 無言のまま、ただ未来のために斬り、積み、刻む。

 それが、彼らの“数日間の戦い方”だった。


 そして今、想いをまとった材が、静かに、陽の下から運ばれてくる。

 ふたりの手で押された台車に揺られながら──。


 岩を踏み、段差を越え、崖の縁をすり抜け──そのたび、音が鳴った。


 きしみ、軋み、重みと汗の混ざる音。

 それは、ただの木材ではなかった。

 目を凝らせばわかる。

 その樹皮には、斧の跡があった。

 節の間には、手で撫でられた痕があった。


 森で選び、倒し、運び上げるまでにかかった時間。

 数度の休憩と、無言のやりとり。

 少しでも、良いものを。

 少しでも、皆が安心できるものを。


 それは、木であって、木ではなかった。

 想いだった。

 確かに、彼らの手で選び取られた、“誰かのため”の重さだった。


 拠点の入り口までたどり着くと、二人はそれをそっと降ろした。

 石の床に当たる音が、洞窟の中に反響する。

 ミナがちらりと振り返る。

 何も言わないまま、その木に手を添えた。


 ──ああ、これが、拠点を支える“はじまり”になる。


 誰が言うでもなく、そう思わせる空気があった。

 ただの構造体ではない。

 技術を積み上げるための“土台”でもなくて、

 これは、“生きる意志”の通った、確かな柱になる。


 想いという名の木は、静かにそこへと運ばれた。


 木材が洞窟へ運ばれる、その少し前の朝。

 湿った空気の奥で、ザラリと岩を削る音が響いていた──。


 あの朝、霧のように細い湿気が洞窟の壁を伝っていた頃、

 マリアは既に作業区画の奥、装置予定地の周辺を整地し始めていた。


 岩肌の凹凸に沿って、赤錆びた鉱石と細かな砂礫が混じる層を掘り分け、

 不要な水分を逃すために、わざと傾斜をつける。

 彼女の手元には水平器も計測器もなかったが、その“目”は迷わなかった。


「このライン、通していい?」


 マリアが振り返ると、すぐ背後にいたクレールが頷いた。

 彼女は膝上のタブレットを操作し、反射炉の寸法と予定資材を重ねていく。


「……ラインB、調整なし。

 レオたちが持ち帰る木材が、この“枠”をなぞる形になるはずよ」


 図面上に淡く浮かぶ青線。

 それはまるで、これから運ばれてくる想いの“通り道”を、先に引いておく儀式のようだった。


 マリアは再び腰を下ろし、岩を削る。

 手には自作のヘラとスコップ。どちらも、数日前に優司が仕上げた金属混合素材で作られたものだった。


 その優司はといえば──


 やや離れた場所で、短く切った筒状の木材を並べていた。

 一本ずつにセメント状の鉱漆を塗り、内部まで染み込ませてから重ねていく。


 それは“酸素通路”のパーツだった。


 洞窟の奥に広がる光苔地帯──そこから酸素を引き込むために、


 この通路は、“肺”だった。

 苔が吐き出した酸素を、静かに炉へと送り出す──この洞窟が、生きているかのように。


 その工程を、彼は黙々と進めていた。


「内部の圧、下げすぎないで。苔層が潰れる」


 静かに割って入る声があった。

 エルナだった。


 彼女はこの数日、洞窟内の酸素濃度と圧力をモニタリングし続けている。

 ミナの身体反応や、植物の変色速度、呼吸器ログなど、

 言葉にしない数値を黙々と記録していた。


「今の流速だと、酸素が抜けすぎる」


 そう言って差し出したのは、微細な開閉弁の模型だった。

 古い循環装置のパーツを分解し、再構成したものに違いない。


 優司は軽く眉を上げたが、それ以上は何も言わず受け取った。


 ただ、わずかに──その作業速度が上がった。


 それに気づいたのか、クレールがつぶやく。


「……本気ね、みんな」


 誰も返事はしない。

 ただ、呼吸と工具の音が交互に響き、

 洞窟の内部がじわじわと、熱を帯びていく。


 足音が響いたのは、そのときだった。


 洞窟の通路から、レオとカリームがゆっくりと姿を現す。

 それぞれの背に、大きな束。


 運び込まれた木材は、湿気を帯びた空気のなかで、わずかに軋んだ。

 それでも、どの角も割れず、しっかりと形を保っている。


「──こんなもんだが、使えるか?」


 カリームが木を下ろしながら問いかける。

 マリアは一瞥し、即座に頷いた。


「……充分。あとは、私たちが“どう使うか”だけ」


 レオがふっと笑う。

 その横で、クレールが画面を切り替え、構造図をタップした。


 そこに描かれていたのは、木材を支柱に使った複層構造の骨組み。

 その上にセメント層を重ね、耐圧層とする設計だった。


 彼女はぽつりと言った。


「足りなかったのは、素材じゃない。

 “繋ぐ意志”と、“積み重ねる時間”だったのよ」


 拠点の空気には、わずかな熱が宿っていた。

 タブレットの画面は夜ごと更新され、いまは構造材の配置図を映し出している。

 その手前では、マリアと優司が背を向け合いながらも、端末と素材に同じ熱量で向き合っていた。


 静寂に見えて、停滞ではない。

 優司の手元では、粘性混合材の試験が粘り強く続き、マリアはその結果をもとに支持脚の設計を詰めていく。


 クレールは膝を立てて座り、視線を下ろしたまま数値を読み上げる。

 その横で、エルナが酸素流量の変化を淡々と端末へ記録していた。


 誰かが指示を出すわけでもない。

 それでも、それぞれが“自分の持ち場”で、確かな手応えを積み上げている。


 岩壁の向こうから、軋むような足音が響いた。

 湿った石板を擦る音にまじって、ざらりと削れた木肌の音が混ざる。


 運ばれてきたのだ。数日かけて、慎重に、確実に。

 仲間たちの手で、素材が、技術が──この場所へと届いた。


 岩肌に沿って伸ばされた通路の先で、足音が重なった。


 レオが滑車の台車から木材を滑らせ、静かに息を吐いた。


「……持ってきたぞ。手分けして、何往復かけたと思う?」


 誰にというわけでもなく、少しだけ笑みを混ぜた声。

 マリアはそれに答えず、立ち上がって木材に手を添える。

 軽く重さを確かめただけで、その目は次の構造を描き始めていた。


 優司は膝をついたまま、作業の手を止めない。

 だが、木材の質感に触れた指がわずかに変化し、それが歓迎の意思を物語っていた。


「そっちはどうだ?」


 レオが問うと、マリアは短く返す。


「整ってきた。次は組むだけ」


 その言葉に、カリームがうなずいた。

 仲間たちは再び動き出す。今度は、組み上げるために。


 その言葉に、カリームがうなずいた。

 仲間たちは再び動き出す。今度は、組み上げるために。


 エルナは、周囲を一瞥したあと、そっと携帯端末を取り出した。

 木材の含水率、岩肌との温度差、酸素濃度の微細な変動――

 数値を見比べ、なにかを記録するだけで、彼女は言葉を発しなかった。

 けれど、その“沈黙”が、この場の均衡を保っていた。


 この足場は、ただの構造物ではない。

 それぞれの意志が通った、手と手の“橋”だった。


 粗く編んだ滑車に、丸太が載る。


 運び込まれた木は、寸分の狂いもなく、目的地に届いた。


 その動線を、エルナが端末越しに追っていた。

 配置と重心、踏み込み位置。

 一言も発さず、けれど視線は、誰よりも深く“先”を見ていた。


 ──そして、始まった。


 最初の杭を打ち込んだのは、カリームだった。


 その音に、端で記録を続けていたエルナが、わずかに目を上げた。

 呼吸は安定している。酸素量も問題ない。──続行可能。

 誰に伝えるでもなく、彼女はそのまま、また端末へ視線を戻した。


 彼が選んだのは、どの作業よりも単純で、どの作業よりも重かった。

 太い木柱を立て、岩に喰い込ませ、滑らぬよう地を踏み固める。

 それを、数十本──寸分の誤差も許さずに。


 傾けば、倒れる。

 ズレれば、すべてが歪む。


 それでも彼は、ただ黙って打ち続けた。

 打ち込むたびに、腕が痺れ、地が呻く。

 乾いた音が、洞窟の壁を揺らした。


 その後ろで、レオが動いていた。

 柱と柱を繋ぐ梁材を、ひとつずつ、滑車で吊るし上げる。

 力じゃない。角度、支点、タイミング。

 ほんのわずかな誤差が、全体を狂わせる。

 だからこそ──レオは何度も息を吸い、目を凝らし、声をかけた。


「──いま、だ。下げろ!」


 カリームが一度だけ頷いた。

 支柱が軋む。梁が軋む。全体が、ぐらりとしなる。

 そのとき、レオは跳び上がった。


 滑車の支柱に身を預け、浮いた梁を両脚で押さえ込みながら、

 片手で仮留めの留金を打ち込む。

 反射炉の骨組み──その一片が、音を立てて“繋がった”。


 背後で、誰かが息を呑む音がした。


 構造物が“立ち上がる”とき──それは、技術と意志が、形になってこの場に現れる。


 作り手たちの技術と感情が、形を持って、空間に現れる瞬間、それが、いま──確かに、始まった。


 レオが飛び降りる。

 カリームが、もう一本の杭を手に取る。


 二人の手が交錯する。

 ふたたび音が鳴る。


 ──誰の足も止まらなかった。


 杭が、深く地を穿った。

 それを合図に、作業が一斉に動き出す。


 マリアは支持脚の配置図を確認し、必要な寸法を指で示す。

 クレールがその数値をタブレットで照合し、最終的な荷重バランスを調整する。


「その支柱、あと三度左に傾いてる。補正を」


 クレールの言葉に、レオが木槌を構え直す。

 軽く手首を返しながら、柱の根元を打つと、僅かに軋んだ木が正しく立ち直る。


「──これで、どうだ」


 カリームが自らの肩を使って柱を支えながら、低く応じた。

 マリアが確認し、無言で親指を立てる。


 ただそれだけのやりとりが、今の彼らには充分だった。


 ひとつ、またひとつ。

 木柱が、順番に打ち込まれていく。


 汗が滴る。

 粉塵が舞う。

 音と振動が、洞窟の奥に深く響いていく。


 だが、誰も止まらない。


 ここまでの時間も、手間も、試行錯誤も、すべては──

 この“足場”のためにあったのだ。


 これは、単なる作業ではない。

「積み重ねる意志」が、「立ち上がる形」に変わる瞬間だった。


 優司が滑車の固定具を締め、マリアが支点の高さを測る。

 クレールは梁材の応力分布を読み上げ、エルナは空気流路との干渉を淡々と確認する。


 誰も指示を出さない。

 誰も、命令を待たない。

 それでも、動きは止まらない。


 軋む音が重なり、梁と梁が繋がっていく。

 ひとつ、またひとつ──


 組まれた木材が、空間を分け始める。

 何もなかった岩肌に、“高さ”と“奥行き”が生まれる。


 マリアが支柱の根元に混合材を流し込み、固定を進める。

 乾く時間を読み、次の支点へ移動する流れは、すでに呼吸のようだった。


 その隣で、優司が鉄製の留め具を手に取り、仮留め箇所をひとつずつ本締めしていく。

 手元から立ち上る熱が、素材に残った湿気を追い出していた。


「流れ、いいわね……」


 クレールが、小さく呟いた。


 その声に誰も返さない。

 だが、返事は不要だった。


 数日前にはなかった光景が、そこにある。


 滑車が鳴る。

 丸太が吊られ、梁が渡される。


 打音が響くたびに、木組みが“秩序ある骨格”へと変わっていく。


 誰も目を合わせていない。

 それでも、次に必要な手が、確実にそこへ届く。


 かつてこの洞窟は、ただの避難場所だった。

 だが今、ここには──挑戦を支える木組みが、確かに姿を現そうとしていた。


 滑車がうなりを上げた。

 軸が軋み、ロープが唸る。

 吊られた梁が、重力を引き裂くように浮かび上がる。


「上、あと五!」


 レオが叫ぶ。

 その声に合わせて、後方でカリームがロープを引き、支柱の傾きに肩を当てて制動する。


「──止めろ!」


 刹那、木材が空中で静止した。

 わずかに揺れる質量が、支柱と梁の“結び目”を探るように、ゆっくりと沈む。


 その下では、マリアが手を伸ばして角度を測り、

 優司が釘打ちの位置を確認する。

 クレールがタブレットを睨みながら、仮留めの許容範囲を読み上げる。


「──今、いける!」


 それを待たず、レオが駆け出した。

 斜めに組まれた仮設足場を蹴り上がり、手すりもない梁に飛び移る。


 反動で揺れる梁の上、レオは姿勢を崩さない。

 膝を沈め、全身でバランスを取りながら、

 ひとつ、ふたつ、仮留めの釘を撃ち込んでいく。


 エルナが酸素濃度を読み取る横で、ミナは床にしゃがみ込み、木材にそっと手を添えていた。


 その姿を、誰も止めようとはしなかった。


 ──むしろ、信じていた。


 音が鳴る。

 振動が、柱から柱へ、梁から梁へと伝わっていく。


 組み上げられた木々が“構造”に変わる瞬間──

 それは、技術でも偶然でもない。


 ここに生きると決めた者たちが、

 その手で選び、その足で立ち上げた、“拠点”そのものだった。



 最後の梁が固定されたとき、

 洞窟の天井近くに、ほんの少しだけ空気の流れが変わった。


 天井の苔からこぼれた粒が、光を反射して、ゆっくりと落ちていく。


 それを、誰かが見上げた。


 誰かが、息をついた。



 ──立ったのだ。


 これは足場だ。だが、“技術という物語”に挑む者たちが、自らの手で打ち立てた、確かな第一段だった。

誰の指示もなく、ひとつの構造が立ち上がる。


……ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

もし続きを読んでみたいと思っていただけたなら、

星をそっと置いてもらえるとうれしいです。


……たったひとつでも、背中を押されるような気がするのです。


【整備ログ No.046】

洞窟内にて大型構造体の構築を開始。全員が各持ち場で動き、初の木材架構が成立。

酸素濃度、重量、重力負荷──いずれも誤差内で制御され、初動段階は良好。

この構造の行方を見届けたい者は、“ブックマーク”への登録を推奨。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ