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グラクラ(Glavity:Craft) ―壊れた世界でも、俺は作り続ける―  作者: はちねろ


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第41話 軋まず、転がる

声はなかった。ただ、何かが静かに“転がり始めて”いた。

 誰も何も言わない。だが、変化はもう始まっていた。


 レオは袋の口を結び直し、石の軌道を指でなぞる。

 カリームは折れた柄の断面を親指で押し、素材箱を開く。

 マリアと優司は壁際で記録を巻き戻し、同じ秒を何度も見返す。

 クレールは布切れに数字を並べ、視線を落とした。

 そしてミナは、網の繊維を指先で撫でていた。


 会話はなかった。誰も、何も言い出さない。

 けれど、今この瞬間から“変化”が始まっているのだということだけは、はっきりとわかった。


 ひとつ、ふたつ。道具が持ち上げられる音。何かが磨かれる気配。

 それらは、静けさを壊すことなく、確かに空気を変えていった。


 必要だったのは、声ではなかった。問いかけでも、命令でもない。

 ただ──“次へ行くための動き”だけが、いま、そこにあった。



「……やっぱ、俺たち、ただの工夫じゃ追いつかないんだな」


 レオが、ぽつりと呟いた。

 誰に向けたわけでもないその言葉に、いくつかの手が止まる。


 ミナの耳がぴくりと動いた。けれど、顔は上げない。

 クレールが顔を上げた。だが、すぐには何も言わなかった。


 代わりに、紙片をそっと置き、ひとつ深く息をつく。

 そのまま、自然な流れで──言葉が出た。


「……まずは、整理しましょう」


 短く、静かな声だった。

 “始める”のではない。“もう始まっていること”に、輪郭を与えるような言い方だった。


「今ある素材。使える道具。残っている資源。……それから、次に作れるもの」


 視線が交差する。誰も異論を挟まない。


 マリアが記録端末を起動させ、小さく頷く。

 優司は無言のまま、手元の台車に視線を落としていた。

 そして、そっと工具のひとつに手をかける。


 優司は、片膝をついたまま、最後のボルトを締めた。

 繊維状の詰め物を、軸受けの隙間に滑り込ませる。押し潰された滑車のリムには、再整形された部品がはめ込まれていた。


 グローブ越しの指先が、ねじ山の感触を確認する。

 角度を変え、滑車を指でひと回し──抵抗は、ごくわずかだった。


 彼はそのまま立ち上がると、手元の工具を一度だけ見てから、そっと台車の取っ手を握った。


 ゆっくりと押し出す。

 滑車が回転する。だが以前のような引っかかりはなく、軸の動きは一定だった。


 床の石材をなぞるように、車輪が音を立てる。

 ──滑っていた。音だけが、先に“滑り出して”いた。

 失われていた「滑走音」が、再び拠点に戻ってきた。


 レオが、それに気づいて目を上げた。


「……直ったか。助かる」


 それだけの一言。けれど、重みはあった。


 カリームも視線をやる。滑車の構造を眺めるように、膝をついて覗き込んだ。


「力を……こうやって“溜めて”、タイミング見て“放す”っての、武器にも使えねぇかな」


 誰も返事はしなかったが、その言葉に、拠点の空気がわずかに動いた。


「たとえば──コンパウンドボウ、みたいな仕組み。滑車と張力のバランスで、力を補助するやつだ」


 床に手を伸ばし、空を押すように弓を構える仕草をする。


「張った弦をロックできれば、少ない力で狙える。あれって、力がない奴でも“重い矢”を撃てる構造だったよな」


「滑車でテンションを分散させて、一定の位置まで引いたら負荷が抜ける。狙いの安定性も出る」


 クレールが表情を変えずに応じる。

「でも、それを再現するには、高精度の軸と素材が要る。今の加工レベルだと、ズレが出るわ」


 エルナが端末を見たまま、静かに口を開いた。

「張力三五まで。四〇を超えた瞬間、繊維は裂ける」


 それだけの一言が、場を冷やした。

 数値の現実が、想像を押し返す。


 マリアも視線を下げたまま言う。

「滑車自体の変形も大きな問題になる。耐久を確保しながら、滑らかに動かすって──今の材料だと難しい」


 それでも、カリームは引かなかった。


「でもさ……力が小さいミナでも撃てる弓って考えたら、こういう仕組みの方が──」


「いや、逆だろ」


 レオの声が静かに割って入った。


「コンパウンドは、仕組みが精密すぎる。滑車も軸も、今の素材じゃ再現できねぇ。作れて一丁……それじゃ結局、使える奴が限られる」


 ほんの少し、喉に笑いの気配を含ませる。


「俺たちに必要なのは、“誰でも扱える”武器。作れて、使えて、量産できるやつ」


「だから……たぶん、“クロスボウ”なんじゃないかって思った」


 誰も、口を挟まなかった。

 レオは指で空を軽く弾くような仕草をして続ける。


「手で引く代わりに、機構でテンションかけて、トリガーで撃つ。精度も安定するし、構えも少なくて済む。斜面でも撃てる」


「何より、“投石より速くて、正確”。それだけで、価値がある」


 数秒の静けさが流れた。


 クレールが視線を伏せたまま、端末の画面をなぞっていた。

 けれど、その指が途中で止まる。

 いつものように状況をまとめるのではなく、何かを飲み込むように、一拍だけ長く、息を吐いた。


「……作れないわよ、今のままじゃ」


 声は低く、けれど、どこか張りつめていた。

 その場にいた全員が、そのひとことで空気が変わったことを、言葉より先に感じていた。


「クロスボウの構造は単純。弦を張って、保持して、トリガーで放す。発想としては的確。構造的にも無理じゃない。……でもね」


 クレールは、膝に乗せたままの端末から視線を外した。

 ゆっくりと前を見た。真正面を──ではなく、“みんなの手が届く場所”を、じっと見つめるように。


「それを現実にするための“材料”が、足りてない。

 特に、張力に耐えられる部品と、それを形にするだけの“火”が──」


 そこまで言って、言葉が止まった。

 彼女は一度、唇を閉じて、握っていた布の端を少しだけ指先で巻き取った。


「……わかってる。

 こうして座ってるだけの私が、皆の熱を冷ますようなことを言うのは、すごく嫌だし、悔しい」


 声は震えてはいなかった。けれど、感情の輪郭は隠されていなかった。


「……でも、動けないからこそ、言わなきゃいけないの。

勢いは武器じゃない。“工程”こそが、私たちの武器になる。

このまま勢いで進んで、もし無理なものに時間をかけて、全員が消耗していったら──

そのほうが、ずっと取り返しがつかない」



 呼吸を整えるように、一度だけ視線を外し、すぐに戻す。


「木材は割れる。蔦は戻らない。繊維は、引いた瞬間に裂ける。

 力を伝えようとするたびに、今の道具じゃこっちが壊れるの」


 そして、まっすぐマリアを見た。

 どこかで託すように、けれど決して頼るだけじゃない目で。


「……加工炉がいるわ。形を変えられるくらいの熱源。

 焼き入れも、軸の成形も、部品の保持も──“道具”を超えるには、その工程が必要になる」


 言い終えたあと、ほんの一瞬だけ、目を閉じた。

 わずかに揺れた睫毛の奥で、彼女は言葉の重さと向き合っていた。


 それは、どこにも届かない“悔しさ”を飲み込むためのだった。


 自分では動けない。

 けれど、それでも“前に進む判断”は託されている。

 ──ならばせめて、この一言だけは、間違えたくなかった。


 しばらく誰も言葉を返さなかった。

 だが、その沈黙の中で、ひとつの視線がゆっくりと動いた。


 マリアだった。

 椅子の背にもたれたまま、無言で端末を操作していた彼女が、画面を閉じるように指先を離す。


「──黒殻石、覚えてる?」


 静かな声だった。

 だが、どこかで“確信”を含んでいた。


「以前、レオとカリームが持ち帰ってくれたあの鉱石。密度が高くて、硬度も安定してた。

 焼き入れできれば、軸や弦の保持材に使えるかもしれない」


 視線を逸らさず、ゆっくりと言葉を重ねる。


「ただ、あれだけじゃ足りない。似た成分を含む鉱石が、洞窟の外壁に分布してる可能性がある。……ここの横の岩壁沿い、まだ誰も調べてない」


 その“誰も動いていない”という事実に、軽く重みを持たせるように、少しだけ言葉の間をあける。


「もし採取できるなら、加熱して密度を変化させられるか試したい。

 焼結か、応力緩和か──どこまでできるかは不明。でも、素材の選定は“いま”やらないと間に合わない」


 カリームがわずかに口を開きかけたが、言葉にせず視線を伏せる。

 レオが膝に手をつき、立ち上がった。


「採取に行くなら、私も解析のための事前準備をする」


 それだけ告げると、マリアはそっと膝を折り、壁際の収納コンテナを開いた。

 金属製の仕切りに並ぶタグや装置。無言で選別しながら、ひとつ、またひとつと手元に引き寄せていく。

 無駄のない手つきに、誰もが目を奪われていた。その背中には、まだ誰も知らない領域があるように感じられた。


 カリームが、整えた工具を腰袋に詰め直しながら言った。


「──じゃあ、俺とレオで鉱石。岩壁、見てこようか」


 いつもの調子だった。


 だが、その言葉に、優司がふと手を止めた。


 腰を上げるでもなく、棚の端に並べた素材を一つずつ目で追う。

 その視線の先で、黒く艶のある小片が、ひとつだけ残っていた。


 優司はそれを拾い、指の腹で軽く転がす。


「……あれを、もう少し確保しておきたい」


 唐突な言葉に、カリームが片眉を上げる。


「あれ?」


 優司は答えず、そのまま小片を袋にしまった。


 レオが苦笑して肩をすくめる。


「たぶん、あの黒いやつだろ。森で拾った、割と硬いやつ」


「……ああ、あれか。そんなにいる?」


 優司はわずかに間を置き、頷いた。


「使える。まだ何に使うかは決めてないが……形にはなる」


 それだけ言って、荷の仕分けに戻る。


 カリームが自分の掌を拳で軽く叩く。


「よし。じゃあ三人で行くか。荷も分けられるしな」


 レオが奥の棚に目をやった──その視線が、不意に止まる。


 光苔の陰。

 白い耳が、わずかに揺れていた。


 ミナが、じっとこちらを見ていた。


 優司は、手にした工具を棚に戻すと、洞窟の出入り口からやや離れた斜面の、崩れた岩が重なり合う一角へ視線を送った。

 自然に滑り落ちたそれらの岩は、かつての落盤の名残だった。


 そこには、数日前に整えた「滑車」がある。

 岩肌に金属の輪を打ち込み、ロープを通して引き寄せ用の支点として固定したものだ。

 そのロープの先に、荷を載せた台車がつながっていた。


 カリームが無言でそのロープを引き、台車が数歩ぶん滑る。

 石を敷いた床面に轍のような筋が走り、車輪がゆっくりと軋んだ。


「動きは悪くないな」


 優司が一度だけ頷く。


 出発の準備は、十分だった。


 袋の紐を締め、軽く肩を回して背負い直す。

 レオは先に通路へ出て、背後の足音に耳を澄ませる。


 ──三つ。カリームと優司。もうひとつは……やっぱり。


 振り返れば、足元近くの影に、白い耳がひょこりと揺れていた。


「おいおい、ちゃんと準備してたのかよ」


 苦笑しながらそう言えば、ミナは唇を尖らせてそっぽを向く。

 それが肯定とも否定ともつかない仕草なのは、もう分かっていた。


 背後から、カリームの声が追いつく。


「……止める?」


 レオは首をすくめた。


「たぶん、無駄だろ。行き先わかってるしな」


 ふたりとも、わずかに目配せを交わす。

 その目の奥に宿るものは、諦めではなく──少しだけ、親しさに近かった。


 ──そして通路の奥。

 見送る側の気配が、苔の陰に沈んでいた。


 目が合ったのは、一瞬。


 エルナは何も言わなかったが、視線の揺れだけが小さく訴えていた。

 ミナがまた、何か勝手にやっていると。


 すぐ隣。マリアは手を止めず、端末に視線を落としたまま、静かに言った。


「……たぶん、もう出てるわよ。あなたが気づいたときには」


 エルナが眉を寄せる。


「……また?」


「ええ。いつものように」


 それだけの会話が交わされ、通路の奥が静かに戻っていった。


 湿った地面は、火に焼かれたはずの斜面とは思えぬほど柔らかかった。

 雨が続いたおかげか、踏みしめるたび、浅く沈む音がする。


 黒ずんだ葉の層を蹴って進むと、その下から緑が顔を出す。

 苔ではない。地表の温度が下がり、細かな芽が、わずかに広がっていた。


 ──腐ってはいない。

 優司は一瞥し、次の一歩を進める。


 焼け跡は確かに残っている。だが、風下だったこの一帯は、炎の端がかすっただけのようだった。

 地面に絡む蔓も、炭化しかけた外皮の奥から、しなやかな芯を覗かせている。

 ナイフを入れると、まだ瑞々しい筋が走った。


「こっちも、まだ使える」


 言葉にせず、手元だけで判断しながら、数本を切り分ける。


 背後では、ミナが黙ってその蔓を拾い集めていた。

 足取りは軽いが、動きは一定の間を保っている。

 落ちている石の形、枝の伸び方、土の柔らかさ──

 目を泳がせるのではなく、順に“確かめている”動きだった。


「……」


 ふと、ミナが立ち止まる。


 片膝をつき、指先で蔓を撫でた。

 そこだけ、表皮が削がれたようになっていた。焼けた跡ではない。乾ききった部分に、わずかに裂けた痕がある。

 斜めに、繊維に逆らう方向で。


 その先の地面には、いくつかの石が転がっていた。

 自然に見えなくもない配置。だが、等間隔というには荒く、それでも奇妙に“まとまって”見えた。


 ミナはしばらくそれを見つめ、何も言わずに立ち上がる。

 指先についた泥を、そっと太腿のあたりで拭い、再び歩き出した。


 ──素材は、まだ採れる。

 今のところは。


 そのとき、少し先の木立から、カリームの声が低く響いた。


「……おーい、そっちはどうだ?」


 振り返ると、落ちた枝を払いながら、カリームとレオがこちらへ歩いてきていた。

 二人とも袋を背負い、途中で拾ったと思しき鉱石の破片を腰にくくりつけている。


「まだ採れそうだな。素材の当たりは良さそうだ」


 レオが足元の土を見下ろしながら呟くと、カリームも短く頷いた。


「焼け残りにしちゃ、悪くねぇよ。……風向きに感謝だな」


 足元は、土よりも粘り気のある堆積層に変わっていた。岩と蔓が混じりあい、踏み出すたびにぬかるみが粘つく。


 優司は、ミナのすぐ後ろで、片膝をついて地表を確認する。そこには、湿り気を帯びた灰褐色の粘土質。混ざるように細かい繊維と白い粉状の結晶が混じっていた。


 指でなぞる。ざらつきと滑り気が混在する。接着性が高く、冷却後も形状を保てそうだった。


 ──使える。


 優司は無言で、小さな袋にその素材を詰めた。さらに、斜面の影に広がる緑地帯から、変色した苔と細く乾いた蔓を回収する。どれも、酸化反応の進行度合いが浅い“新しい”素材だった。


「──これ、少し採ってく。予備も……な」


 少し離れた場所で、ミナが蔓をまとめていた。

 崩れかけた岩の隙間に絡まるように、焦げ残った繊維が幾重にも絡んでいる。

 ナイフで切ったのか、自然にちぎれたのか。ミナは何も言わず、それを拾っていた。


「よし、戻るか。優司、そっち終わったか?」


 レオが軽く手を上げると、岩の陰から優司がうなずいた。


「あと少し。こっちも予備を拾っておきたい」


「了解。ミナ、カリームと一緒にこっち来い」


 少女は小さく頷き、手にしていた繊維の束を抱えて歩き出す。


 洞窟の入り口が見えたとき、ミナがふっと歩幅を緩めた。


 それに気づいたのは、優司だけだった。


 言葉もなく、少女の視線の先へ目を向ける。そして、ほんのわずかに頷くと、先を譲るように一歩ずれる。

 ミナは何も言わず、すり抜けるように通り過ぎていった。


 その背を追うように、優司も小型核融合装置のある奥へと向かっていく。

 荷を下ろした後、互いに自然と持ち場へ散っていくのは、もう習慣のようなものだった。


「……案外、早かったな」


 残ったふたりのうち、カリームがそう呟いて岩壁を振り返る。

 レオも軽く肩を回しながら、同じ方向へ視線を向けた。


「行ってみるか。時間あるうちに、何か拾っとかないと」


「目についたのから、片っ端にな」


 そこに、後方から足音が近づいた。

 いつの間にか、マリアが傍らに立っていた。


「準備、整ったわ。私もついて行くわ」

 淡々と告げると、マリアは既に行く前提のように歩き出していた。


 カリームとレオは視線を交わし──


「……おお、頼もしいねぇ」


「……これは早く済ませた方がいいかもな

 マリアが加わると、段取りが違ってくる」


 レオはわずかに口元を緩める。


「さすが、抜かりないな。行こうか」


 三人は、そのまま岩壁の奥へと足を向けた。


 岩壁のそばまで来ると、カリームが真っ先に前へ出た。


「これ……どうだ?」


 地面に半ば埋もれた鉱石の塊を、斧の柄で軽く突く。

 すぐにレオも隣にしゃがみ込み、指先で表面のざらつきを確かめた。


「色は悪くないな。……でも、手応えが軽い。多分、脆いかも」


「一応、持ち帰って試すか?」


「ん、悪くはなさそう──」


 その会話の背後で、マリアの足音が止まる。

 ふたりが振り返るより早く、彼女の手がその鉱石に触れた。

 指先で、音を立てないほどに小さく叩く。


「……却下ね。多孔質すぎる。溶けても、強度が出ないわ」


 そう言って、すぐ次へと視線を向ける。


「そっちの、少し赤みの強いの。割ってみて」


 言われた方向には、少し奥まった場所に、赤錆びたような塊が半ば地中から顔を出している。

 カリームが足で周囲を払うと、レオが肩越しに一言。


「よく見てるな。俺ら、最初のに手を出すとこだった」


「時間は有限。選定の順番は間違えたくないの」


 マリアの言葉に、カリームが斧を振り下ろした。


 パキン、と音を立てて、表層が割れる。

 内部は少し光沢があり、細かな結晶がきらりと反射した。


「これは?」


 レオが手で支え、マリアが覗き込む。


「……良いわ。酸化被膜の厚みも、安定した焼結に向いてる」


「決まりだな」


 カリームが残りの部分を抱え上げ、さらに数歩奥を探る。

 斧の背で石を軽く叩き、耳を澄ませながら──


「まだあるぞ。こっちも似た質感だ」


「分割して持ちやすくして。あとは、木の枝でマーキング」


「りょーかい」


 カリームが斧を持ち直し、レオが落ちていた枝を拾って、岩の上に小さく印を刻む。


 その隣でマリアは、光の加減を変えながら、鉱石の面を観察していた。


「……今日は、ここまでにしましょう。十分に採れたわ」


 その声が合図のように、三人は歩調を揃えて戻り始めた。


 レオが背の袋をぽんと叩く。

 その中から、乾いた音で鉱石が転がった。


「──なあ、これさ。もし使えたら、ちょっと面白いことになるかもな」


「──こいつらで、どこまで作れるか」

 彼は口元をゆるめる。

「ちょっと、試してみたくなるだろ?」


「……ああ。楽しみだ」


 声を落とし、互いに頷き合う。

 その背に、沈みかけた光が柔らかく降っていた。


 レオが袋を持ち上げ、にやりと笑う。


「これで──遊べるな」


 その声に、未来の“工程音”が、小さく跳ね返った。

 まだ形はない。けれど、ものづくりは、いつもこうして始まる。

 誰も、それが“どんな形”になるのかを知らない。

 だが、その手には確かに、“始まり”が握られていた。

止まっていたのは手じゃない。踏み出す理由だった。


……ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

もし続きを読んでみたいと思っていただけたなら、

星をそっと置いてもらえると、うれしいです。


……たったひとつでも、背中を押されるような気がするのです。


【整備ログ No.041】

滑車装置、拠点内にて再稼働。工程音の復元により、機構提案と採掘行動が連鎖的に起動。

同時に、“素材を選ぶ目”を持つ者たちの静かな連携を確認。

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現地調達しつつ一からクラフト。
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