第九十八話 凶星
魔力を含んだ狼の遠吠えが響く。
それに当てられ、ほとんどのグール達がバタバタと倒れていった。
その倒れていくグールのことなど、気にも留めないくらい、その声の主に意識が集中してしまう。
あの時と同じだ。
まるで大気に押し潰されそうな感覚。
それは、高いところにいた。
この鉱山にある3本の高い煙突の上に。
太陽のような光りは収まりを見せるが、それは夜空に輝くどんな星よりも強く輝いていた。
綺麗……… だけど………
星なら間違いなく、あれは凶星だ。
星が動く。
真っ直ぐに高く、光りの帯を引き連れ飛んだかと思えば。
その星はだんだんと近づいて来る。
そして、音も無く………
光りの凶星は地上に降り立った。
巨大な体躯に光り輝く体毛。
それは一見、美しくも見える。
だけど、大きく割れた口とそこから覗く牙。
何よりも私を睨む、黄金に輝く金剛石のような目からは絶望が投げられて来る。
蛇に睨まれた蛙の気持ちってこんな感じなのだろう。
恐怖に震える事さえ許されない私に、考える時間などあろうはずが無い。
「な! なんだ! この獣は!」
ビルツはフェンリルに向かい叫ぶが、フェンリルはビルツの声に反応すらしない。
ただ、ジッと私を見ている。
シェランさんもダレフさんも驚愕の面立ちで微動だにしない。
動いたら死ぬって分かっているんだ。
フェンリルが急に鼻をヒクヒクと動かし、私から目を逸らすとリュトの方に顔を向ける。
私は全身の血の気が引く思いに駆られる。
リュトは動けないんだ。
リュトも目をつむりジッとフェンリルの存在に耐えている。
「納得ガ イカヌ ナ………」
フェンリルが……… 喋った。
いや、どちらかと言うと精霊さんのように、思念を投げかけてる方が近い。
なんとなく分かる。
フェンリルは自分の体毛を、リュトの傷を塞ぐのに使ったことに対して不満を持っているようだ。
(あ、あの傷が酷くて、やもえず……… た、たすかり………)
恐ろしくて口に言えないで、それでも言おうかと思っていたら、急にこちらに顔を向けて来る。
怒った猫みたいに全身の体毛が逆立ち、その毛穴から冷や汗が吹き出てしまいそうだ。
「レイ ニハ オヨバヌ」
心を読まれた!?
「精霊ガ シタコトデ アロウ」
「は、はい!」
恐怖で声が上ずり、上手く喋れない。
「安心セヨ オ主ノヨウナ 痩セコケタモノナド 喰ライハ セヌ」
それでも恐怖は収まることは無い。
そして、フェンリルはもう一度リュトの方に顔を向ける。
「アノ者 オ主ノ ツガイ カ?」
(え? つがい? ………!!)
“つがい”って夫婦って事よね!?
違う! 違う!
突然のことだったから、大いに慌ててしまう。
私は顔を真っ赤にして首を横に振った。
「チガウノカ? 解セヌ ナ………」
そして、フェンリルはいま一歩リュトに近づいた。




