第九十六話 絶望の笑顔
「私は絶対にあなたを許さない!」
頬の皮膚の辺りと首筋がチリチリする。
怒りで魔力が溢れているのが分かる。
たぶん、髪の毛も酷いことになっているだろう。
だけど、構うもんか!
「ほう、許さなければ。どうすると言うのだ?」
あいかわらず、何の感情も表さない。
この化け物は、倒すことはおろか、逃れることももはや難しいだろう。
この化け物の言葉の前に、絶望さえ覚える。
だけど、抵抗してやる、一矢報いてやる。
私は涙を流す自分に叱咤する。
ビルツ! アナタの喉笛に噛み付いてやる!
「良い、良い怒りだ。そうだ、我を憎むがいい。それが我に力を与える。ん?」
ビルツは何かに気がつくと、痩せこけ干からびた手を差し伸べてきた。
その手はゆっくりと、リュトの頭に伸びてきている。
リュトは涙を流したまま動かない。
動けないんだ。
それは、もう衝動的と言ってよかった。
(リュトに触るな!)
私はその枯れた木の枝のような手が、リュトの頭に触れようとした瞬間に思い切り噛み付いた。
硬い! 石を噛んだみたいだ。
その時、思いもよらないことが起こる。
私の耳に化け物の絶叫が突き抜けた。
「ギャアァァァ!」
次の瞬間、身体が軽くなったと思ったら。
たちまち肩に激痛が走る。
息が出来ない! 苦痛が私を襲う!
「カッ、カハッ!」
苦痛の中、何とかひと呼吸すると意識がハッキリしてきた。
そうか、私はビルツに蹴り飛ばされたんだ。
起きあがろうとしても身体に力が入らない。
「おのれ! おのれ小娘! 許さんぞ!」
瘴気を振り撒きビルツが怒っている………
ナイフを突きつけられても平気だった化け物が、噛み付いただけで怒りを露にしている………
そこに、私の目の前に精霊さんが立ちふさがって来た。
私に背を向け、ビルツに立ち向かおうとしている。
(ダメ! 精霊さん)
「退けい!!」
ビルツは正に鬼の形相で腕を振ると、その膨大な魔力を帯びた瘴気によって精霊さんは吹き飛ばされてしまった。
(ああ! 精霊さん!)
声が出ない。
身体も動かない。
「精霊使い殿!」「お嬢ちゃん! ええい! くそ!」
ダレフさんもシェランさんも、グールに囲まれ身動きが出来ないでいる。
「小娘! キサマの血! 一滴残らず喰らい尽くしてくれる!」
怒り狂うビルツに対し、私は逆に冷静だった。
もう、絶望する気力もないや。
すると、なんだか笑えてきた。
へへっ、立場が逆になったね、怖いおじさん。
とりあえず今日はここまでです。




