第九十四話 迫る剣
「我こそが神!」
その時のビルツの姿は石像か何かだったら、それなりに見れるものだったかも知れない。
だけど、目の前の瘴気を取り巻くその姿は、邪悪でおぞましく、人間離れしていた。
「人間だと言ったり、神と言ったり。世話ない化け物だね」
シェランさんの言葉には同意するけど、あんな怪物にどう対処すればいいのか分からない。
前はグールの群れでふさがれ、後ろはビルツという得体の知れない貴族、そして………
「があぁぁ!」
奇声と共にリュトがビルツに向かっていく。
「リュト!」「いけない!」
さっきまで疲労で足が震えていたのに、獲物を狩る山猫のように身をかがめ、ナイフを手に直進していく。
止めて! リュト! 危ない!
声にならない声で叫ぶ。
相手は得体の知れない化け物だ。
そう思う間も無く、リュトはビルツに切り掛かっていく。
そして、リュトの身体がビルツと重なったと思ったとき。
リュトの身体がくの字に折れ曲がる。
そして次の瞬間には吹き飛ばされ、硬い地面を二転三転と転がっていき、うつ伏せで倒れた。
「リュトォォッ!!」
ビルツはあの細い身体で騎士の剣を片手で扱い、リュトを吹き飛ばしたのだ。
今すぐ彼の元へ駆け寄りたい。
だけど、再びグール達が寄ってきていく手を遮ぎろうと迫ってきている。
「精霊使い殿! 動かんでくだされ!」
「でも!」
ダレフさん、リュトが、リュトが死んじゃう!
動揺し落ち着かない気持ちのまま、ダレフさんとリュトを交互に見てたとき、何かが目についた。
さっきまでそこには何も無かったのに。
地面に転がるそれをチラリと横目で見たとき、一瞬にして私は気を失いそうになる。
ーーそれは、人の指だった。
私はリュトに向かい走る!
「精霊使い殿!」「お嬢ちゃん!」
後ろで声が聞こえるけど、関係ない。
私は急ぎ、倒れたリュトに覆い被さる。
もう誰にもリュトには触れさせない!
気配でもグールが近づいて来ているのがわかる。
怖くて目を開けていられない。
でも……… それでも……… リュトは
渡さない!
その時、ヒヤリとした空気が私の髪を撫でた。
恐る恐る目を開くと、目の前に数体の氷漬けのグールの姿があった。
(精霊さんの……… 魔法だ)
そのグールの先に安堵した表情のシェランさんとダレフさんがいる。
だけど、すぐに私は身構えることになる。
あの声が聞こえたからだ。
「精霊か……… まったく忌々しい。何処の世界から迷い込んで来たか知らんが、この世界には多くは干渉できまい。黙って見ておれ」
そう言うビルツの腕にはリュトのナイフが刺さっている。
だけど、この化け物は痛みを感じないのか気にした様子が無く血も流れていない。
それからビルツは周囲の小石を巻き上げ、一斉に打ち込んできた。
「キャァァッ!」
ストーンバレットの魔法!
アイツも使えるなんて!
石は氷漬けのグールを砕き、精霊さんに向かっていったが、精霊さんはお尻を掠めただけで間一髪で避けた。
だけど、そのせいでリュトのお母さんを覆っていた精霊さんの水魔法がバシャリと解除されてしまう。
そして、ビルツはゆっくりと私たちに近づいて来た。
枯れた手に、鏡のように磨かれた騎士の剣を持って。




