第九十三話 神を語る化け物
「ビルツ……… あんたは………」
シェランさんの震える声が、否が応にも現実である事を自覚させられてしまう。
吸血鬼なんかお伽話の中でしかない筈なのに。
「若いな……… まあ、これもたまには良いだろう」
その言葉は、まるで葡萄で作ったお酒を語る、酔っ払ったオババが語るかのように思えた。
でも、同じ化け物でも、似ても似つかない。
「私の知っているビルツって男は領主の甥っ子で人間だったはずだがね………」
「人間だよ我は……… コホッ。変わらず、この身体は病弱で使い物になり難いものだ」
「その台詞が……… 自身を化け物だと言っているようなもんだがね」
シェランさんの言葉にいつもの覇気がない。
当然だろう、こうして見ているだけでも相手に飲まれてしまいそうだ。
最初の頃とは全くの別人にしか思えない。
「女よ、きさまに問う、人間とは何だ?」
「何だと………」
口調もどこか違和感を覚える。
その声を聞くたびに気分が悪くなり、お腹の辺りがムカムカしてくる。
「良いから答えてみよ」
「断る!」
ビルツはこの時わずかに顔をしかめたように私には思えた。
ビルツは黙っていたが、ゆっくりと目を閉じ、しばらくしてまた目を開くと、静かに、表情もなく、ゆっくりと口を開いた。
「欲深く、傲慢で、利己的であり、己の所業を顧みらず。夢という欺瞞で満ちた欲望をまき散らし、愛を求め、優しさを欲っするかと思えば、返す手で他者を平気で裏切り、騙し、絶望の奈落へと突き落とす。それが人間だ」
「………」
私たちは誰も答えない。
その中でビルツはダレフさんに対して、今度は口を開く。
「ドワーフよ我が何故、お前達の事を劣等と呼ぶか教えてやろう。人間の欲望は際限がない……… 己の欲望のため取り尽くし、狩り尽くす。ドワーフよ妖精族と呼ばれし者よ。お前も見たであろう? この山の惨状を。あれは我が命じたわけではない。我が言ったことは「働け」「そして稼げ」これだけだ。それだけでこうなったのだ。お前は恐らく人間の行いを嘆いておるのだろう? 何故だ? 分かっておった事であろう、このようになる事など。なのに何故、人間に付く? だからお前達は劣等なのだ」
ビルツの言葉にダルフさんは何も返さない。
緊張した面立ちで、なにも喋らずビルツを睨んでいる。
「多くの人間の思念は常に己に疑念を持たず、己の価値観こそ絶対であると信じ。そしてそれは時に神すら凌駕する」
その言葉にシェランさんが反応する。
「あんたのような化け物の口から神の言葉が出てくるとはね」
ビルツの顔がシェランさんの方へ向く。
見下すように侮蔑の眼差しで………
「キミには理解できまい。我は驚愕したのだ彼らに、彼らの欲望に、それに向かい真っ直ぐに進んでいく姿に、親、兄弟、親族、仲間と呼ばれる者の為と言いながら、最終的にそれらを裏切り、傷付けても欲望に忠実に向かう彼らの姿こそ人間。人間のあるべき本来の姿。その純粋なる想いの美しさに我は恐悦すら覚える」
ビルツの言う先にはグール達がいるが、彼らのどこに美しさがあると言うのだろう………
私には死してなお、扱われる哀れな人たちだとしか思えない。
「そして気づいたのだ。これこそが我の使命だと。貴族として生を受けた運命であると。“彼らを導け”と心の内より聞こえたのだ。それと同時に我は力を得たのだ」
このときのビルツは酔っていた、己の言葉に。
感情を表さないままに酔っていた。
「我こそ、我こそ彼らに欲望を与えられる………」
(狂っている……… )
「彼らが求めたからこそ、我は存在するのだ。我こそが神!」




