第八十一話 逆鱗
「下等な者ども、魔というものを見せてやろう」
炎に揺らめくビルツは何の感情も持たせることなく、そう言った。
「フ……… ン! こちらと連れ回しているつもりはないんだがな」
「ワシもこやつについとるつもりは無いんじゃがのう」
敵を取り巻く空気が変わる。
それを払拭するかのようにシェランさんとダレフさんは軽口を叩くが、その表情には余裕がない。
「ふざけおって………」
ビルツが片手を上げると、そこに火球が現れる。
小さい……… 拳ほどの大きさしかない。
言うほどのことでも無いと、どことなく安堵した気分になっていた。
だけど様子がおかしいのに気づく。
火球がどんどんと大きくなっているのだ。
よく見れば隣の騎士の吐く息を火球が取り込んでいる。
何で、なにが起こっているのだろう。
あんなの見たことがない。
たいして魔力を消費しているわけではなさそうなのに、あんなに大きくなっている。
「女魔法使いよ! ここは炭鉱じゃったのか!」
「いいや! 違う! ここら一帯の鉱山は銅と錫しか出ないはずだ!」
ここが炭鉱であるなら、燃やすのに必要な魔素が炭に含まれているとは聞いたことがある。
けど、ここはそうじゃない、なんで………
「(ーーリンヲアツメテ、アッシュクシテル)」
(え?)
精霊さんが何かを言った。
だけどそれが何のことなのか私には分からない。
「下賤な女魔法使いと下等なドワーフよ。これが魔というものだ!」
坑道の塞ぐほどに膨れ上がった火球が迫る!
「(イキヲ トメテ)」
私はもうどうしていいか分からず。
脳裏に響く精霊さんの言葉を、そのまま実行することしか出来なかった。
火球が近づき、熱を感じたときに突然、視界が歪む。
歪んだ視界が炎に染まったとき、私は水の中にいることをそこで知った。
この感じ……… 精霊さんの魔法だ。
精霊さんの水魔法に抱かれたまま、炎が通り過ぎていく。
火球の生み出す炎が通り過ぎると同時に精霊さんの作り出した水球が弾け飛ぶ。
「ゲェッホ! ゲホッ! ゲホッ!!」
いきなりの水魔法でリュトもシェランさんもダレフさんでさえ咳き込んでいる。
「すっ、すいません!」
「ケホッ! いや、助かったぜ! ケホッ!」
「水をだいぶ飲んでしもうたわい。次は酒でお願いしたいものじゃ」
辺り一面の光苔は一瞬のうちに焼け焦げ、小さな火種を持ってくすぶっている。
「私はあんなファイアボールを見たことがありません」
「ああ、あれはまともな魔法じゃねぇな」
私たちの会話を拾ってか、ビルツが勝ち誇るように喋りはじめる。
「魔法使いよ。魔を扱うに法を用いればその用途に制限がかかるものよ。法とは、扱うに未熟なものが用いるものだ」
「へぇ。じゃああんたら貴族が何かと庶民に振りかざす法律ってものは、あんたらを未熟であるってことを証明してくれてるんだね」
このとき、ビルツの目の色が変わった。
あの無表情な男が明らかに怒りを表に出していた。
「つけあがるな! 売女が! 消し炭にしてくれるわ!ゴホッ!」
「あらら〜、獅子の尻尾をふんじゃったかな? あんな顔するんだね。咳き込んじゃって締まらないけど」
神妙な顔つきで変わらず軽口を叩くシェランさん。
そして、彼女は袖口から2本の小瓶を、目立たぬように取り出した。




