第五十二話 冤罪
ビルツという男の人が肩より高く右手をあげた時、突如大きな馬蹄の音が響く。
砂煙を巻き上げながら、数頭の馬が私たちの前に現れた。
そして先頭の馬に目を向けた時、リュトの口から声が漏れる。
「ギルマス」
そこにはトロイの冒険者ギルドマスターであるロイさんの姿があった。
そして他の冒険者たちの中にシェランさんも見える。
安堵感を持ち始めたとき、ダレフさんは私たちを見ることなく言った。
「まだじゃ! 気を抜くな!」
私はリュトと顔を見合わせる。
お互いダレフさんの言葉の意味がわからない。
だが、すぐに気づいてお互いうなずき返した。
油断はできない、ビルツという人は危険だ。
私はまた視線を元に戻した。
ビルツという男の人は、砂煙に顔を隠し咳をしながら忌々しげな表情を浮かべていたが、やがてまた無愛想な表情に戻ると、ロイさんに向かって口を開いた。
「これは冒険者ギルドの方々ではないですか、いったい何しに来られたのですかな? このような場所まで、ここは私の管轄の場所だ。コホッ! 街に戻られた方が、よろしいのではないですかな?」
ビルツという男の人は変わらず冷淡な口調で、ロイさんに向かって言った。
「馬上から失礼するビルツどの。コトがコトなだけに手短に済まそう」
それだけ言うとロイさんは、馬上の鞍に取り付けられていた短槍を取り上げ、右手に構えた。
同時に他の冒険者も剣やメイスを構える。
それを見たビルツという人は、そこではじめて感情を少しだけ表に出した。
(笑っている?)
「勝てると思うてか? ロイよ」
ビルツという人の声に、再び兵士たちが下卑た笑いを重ねる。
無謀すぎる、いくら剣の技量に自信があってもこれでは多勢に無勢だ。
だが、ロイさんはニヤリとした表情を浮かべて声を大にして言った。
「ご心配なく。ドワーフと子供1匹に手間は取りません」
男の表情に困惑が浮かぶ、私もだ。
次に私の気持ちまでも、ビルツという人の口から出てきた。
「……… それはいったい、どのような」
「ドワーフ、ダレフ! リュト! キサマらを少女誘拐及び反逆罪により罰する!」
ロイさんが続けて叫んだ。
それを聞いてさらに困惑する。
(何を言っているかわからない)
その声にリュトは信じられないとばかりにフラフラと歩き、力なき声で叫んだ。
「なんでだよ。俺はギルマス……… アンタの命令を………」
いきなりロイさんは手に取った短槍をリュトに向かって放った。
放ったと思うと同時に鈍く重い音がすぐ隣で響く。
見ればダレフさんがアックスを構えている。
そして離れたところに短槍が地面に刺さった。
まるで……… 見えなかった。
いま起こったことは事実……… いや、現実なのだろうか、私は視線をもとに戻した。
リュトの耳から血が流れている。
冒険者たちがゆっくりと動き出す。
私はリュトの驚愕の表情と共に腕を引っ張ろうと彼の袖を掴む。
だけどビクともしない、私も不安になり彼の顔を見上げた。
そこにダレフさんの低い声が聞こえる。
「気を抜くなと言ったろう? 未熟じゃぞ」
そう言うとダレフさんはアックスを大きく振り上げた。
太いドワーフの腕がさらに膨らむ。
そして、隣にあった瓦礫と廃屋と化した家の柱と一緒にアックスを打ちつけた。
瓦礫は飛礫となり近づく者を打ちつけ、柱は行く手を妨げる。
そして同時の大量の土埃を巻き上げた。
「急げ! アレに乗るんじゃ!」
ダレフさんが、あご髭を傾けた先には鉱山で使われているトロッコが置いてある。
敷かれた線路は鉱山の坑道へと続いていそうだ。
土埃の向こうで人影と犬の唸り声が聞こえる。
「リュト!!」
私は尻もちをついたままのリュトに叫ぶ。
彼は気付いたように立ち上がると、私と一緒にトロッコに向かって走り出した。




