第三十六話 トロンの朝
月に照らされた宿屋は鈴虫やコオロギなどの静かな音色に包まれていた。
だがしばらくすると月は雲に覆われ、1つの水滴が葉っぱを揺らし、そこで奏でていた小さな演奏家を追いやると、それを合図に雨が降りはじめる。
周りは鈴虫たちの演奏の場から、雷鳴が響き渡る騒乱の場へと変貌していった。
だがそれも束の間。
雨音が弱まり濃い霧が立ち込め、辺りを白の衣で覆うと、夜は再び静寂へと導く。
そして東の空は光を帯びる。
陽の光は夜を退かせ、霧を追いやる。
いつもの朝がやってきた。
〜〜〜
「ふぁ〜」
朝日の差し込みに起こされ、ベッドの上で背筋を伸ばした私は昨日の事を思い起こし、軽く頭痛がする感覚におちいる。
爽やかな朝とは言い難い。
「おはようございます。精霊さん」
ベッドの横にある棚の上に小さなカゴが置かれていた。
その中で精霊さんはハンカチを毛布代わりに寝ていたが、私が目覚めると同時に精霊さんも起きたようだ。
精霊さんはカゴからピョンと飛び出すと、その場でクルリンと片足でひと回転して、ペコリとお辞儀をした。
良かった、昨日の事は怒っていないようだ。
だけど、あのドワーフに精霊さんのことはバレてしまっていた。
たぶん、何か言ってくるだろう、悪いことでは無いと思うけど………
もう終わったことは仕方がない。
「よし!」
ここで当初の予定で動こうと思う。
私は身支度を整えながら考える。
トロンから次の街であるカーズへは徒歩で4日から6日ほどかかる。
道中で必要な食料や備品を買って、用意でき次第この街を出よう。
早ければお昼ぐらいに、街を出る事が出来るだろう。
グレーターベアの件で何かあるとしても、この街を出てしまえば特に問題ないはずだ。
なるべく早く出よう。
そう思い扉に手をかける。
そして扉を開いたとき、芳醇な香りが流れ込んでくる。
私はたまらず香りにつられて行くと、ここの女将さんが朝食の準備をしていた。
「おや? おはよう」
女将さんは私に気づき、挨拶をしてきた。
そしてもう1人の宿泊客に声をかける。
「ダレフさんやお嬢さんが起きてきましたよ」
その声を合図に柱の影からあのドワーフの姿が現れた。
私はこれからの事を話し、今日にもこの街を離れる事を伝えようとした。
「おはようございます。私は今日は………」
その時そのドワーフは自分の主張だけを簡潔に私に提示した。
「お主と行動を一緒にさせてもらう」
「……… は?」
ドワーフの言葉に私は呆気に取られ、しばらく言葉を無くした。
いま一緒って聞こえたんですけど………
「私、今日にもこの街をでますが」
「それは何よりじゃ」
驚きも喜びも言葉にのせることなく、淡々とそのドワーフは言った。
冗談のようにも聞こえるが、どうたら本気のようだ。
「困ります!!」
思わず声を荒げてしまうが、こればかりはしょうがない、私の旅には同行者などの必要ないのだ。
「事情は話せませんが、私は旅をしています。それにあなたを同行させるつもりはありません」
私の言葉にドワーフは「ふむ」と、首を動かすとしばらくして「わかった」とだけ言うと、自分の座っていた席に戻っていった。
私はその場にたたずみ、不満げな顔でその後姿を見ていた。
「席にお座りなさい。朝食を持ってきますよ」
不意にかかる女将さんの言葉で我を取り戻した私は、朝食を取ることで、この事を忘れることのした。
あ、あくまでリハビリの一環として書いているんだからね!




