第三十五話 深淵
キノコの髪留めが床の上にパサリと落ちる。
「!!」
見るとキノコを形取った部分が少し膨らんでいる。
そしてそれは少し動いていた。
(戻らないで!)
私がキツく念じるとその動きが止まる。
「どうしたメテル? 何睨んでんだ?」
リュトの声に一瞬驚くも、なんでもない素振りで対応する。
「か、髪留めが落ちちゃって」
「ん? それ形変わってないか?」
リュトの言葉にドキドキしながら、髪留めに手を伸ばす。
「そ、そうかしら?」
その時、ロイと呼ばれた中年のおじさんが独り言のようにそれでいて聞こえるように呟いた。
「なるほど……… キノコか………」
それは私が髪留めを持ち上げた、ちょうどキノコの傘の下を掴んだ時に言うもんだから、力が入ってしまった。
首を締めたような形になってしまったらしい、急にキノコの傘の部分が赤くなり、もがこうとしている。
私は背中の方に素早く隠した。
「おい、その髪留め………」
リュトが声をかけるが気にしないことにする、そう決めた。
「キノコがどうしましたぁー」
2人から視線を逸らし、背中のもぞもぞ動く精霊さんに気を取られ声が甲高くなってしまった。
「『深淵の森』の由来はわかるか? リュト」
私の後ろを気にしていたリュトだったが、ロイと言われた男の人の質問の方に気を取られた。
「誰も近づかない深い森の奥に住んでるんだろ?」
あんまり時間をかけずにリュトは答えた。
「間違えじゃないけどね、深淵とは………」
リュトの答えに男の人が別の事を言おうとした時、女の人が言葉を被せるように口を開く。
「深淵と言われるのはね、深い洞察や知識を持った者に与えられる敬称なんだ。魔女の他には錬金術師などにも使われる。で、ロイ、アンタはどう思っているんだい?」
話の出鼻をくじかれ、男の人は残念な表情を浮かべながら言葉を続けた。
「うん、この娘さんの知識はキノコなどに含まれる毒物に特化しているんではないかな? と思ったんだ」
「毒かなるほどね、食いモンか何かに毒を仕込みそれで仕留めたってわけだね。まあ普通じゃ考えられないけど、傷を負わせず1人であの魔獣を倒すとなるとそれが無難かね。水魔法は?」
「トドメの確認だろうね。と私は思っているんだがどうかな?」
ロイと言われたおじさんは私に向かって微笑んだ。
全然違うんだけどちょうどいい。
「私からは何も喋れないわ」
毒に関することは秘伝であると匂わせながらそう答える。
私の答えにこの男の人は笑顔で返した。
彼は納得したみたいだ。
「うーん、そうなるとグレーターベアがやっかいだなー。うーん」
(話題が逸れた……… 精霊さんバレずに済みました! 精霊さん?)
背中の精霊さんからの反応は無い。
だけど精霊さんのことは守り切った。
あとはどうこの場を乗り切るか………
そう思っているとあのドワーフが声を上げる。
「ロイ、もう日も暮れた。考えごとは明日で良いじゃろ。この娘も疲れておる」
「ん、ああダレフ。そうだな」
このドワーフの言葉で私は緊張から解き放たれる。
倒れそうだ、だけどまだ倒れるわけにはいかない。
「ワシはこのままこの宿に泊ろう。ロイお主の願いならここの女主人も嫌とは言えんだろう頼む」
このドワーフ、私が逃げる事を考えているな、いいドワーフかと思ったのに、まあ逃げることも考えてたんだけど、けどもう本当に疲れた。
逃げる気力なんか無い。
「リュト行くよ!」
女魔法使いの声でリュトも部屋から出て行く。
ドワーフが残る事がどこか気がかりらしい、不満そうな表情で最後は部屋から出て行った。
そして最後にドワーフがこの部屋から出ようとした時、そのドワーフは言った。
「それじゃの、精霊使いのお嬢ちゃん。安心せい、ロイは大丈夫じゃ」
このドワーフにはバレていたらしい。
扉が閉まると、ようやく私は肩の荷が降りた感じがした。
ゴメンなさい精霊さん、バレてました………
そう思いながら背中の精霊さんを前に戻す。
手の中にはグッタリしたキノコが泡を吹いていた。
遅れてすいません。
ちょっと迷ってました。




