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九話「私はお姫様である。好きの意味を知りたい」

 午前の部を終えて昼食休憩。私のもとへ訪れたのは静乃ちゃんと、そのお母様であった。


「お久しぶりです、美雪先生」

「あー、どうも」


 六月も後半に差し掛かり、暑さも増してきた今日この頃。静乃ちゃんママの出で立ちは純白のワンピースという清涼感に溢れるもので、娘である静乃ちゃんの横に並ぶと姉妹かと見紛うほどだ。実際、初対面であれば確実に勘違いしていたであろう。

 美人親子に見惚れていると、娘の静乃ちゃんから声を掛けられる。


「一緒にお食事でも如何ですか。今日は腕によりをかけて作ったので、是非とも紗耶香さんに食べていただきたいのです」

「ほー」

「それとも、お昼は何か用事がありましたか?」

「いや、そんなことはないけど……」


 私は昼食用にとコンビニで買った三百円の牛丼に思いを馳せる。職員室の私の机の上に鎮座するそれは、きっと私のことを待ちわびているはずだが……ごめんね、あなたは今日の晩御飯にするね。

 冷房の効いた職員室なら放置していても腐りはしないだろうという適当なあたりをつけて、思考を目の前に戻す。


「えっと、静乃ちゃんのお母様がよろしければ是非ご一緒させていただきたいです」

「勿論構いませんよ。私としても美雪さんとはお近づきになりたいですし、ね」


 意味深なことを言ってふわりと微笑む静乃ママ。かわいい……じゃなかった、この人がこういう少女然とした笑顔を見せるときは決まって何かを企んでいるって私知ってるからね!


 しゃっ、と身構えた私に静乃ちゃんは首を傾げ、静乃ちゃんママは一層笑みを深くするのであった。


 ◇


 我が校の体育祭では昼食を各自好きな場所でとることができ、大体の生徒は自分の教室や食堂、開放された講堂で食べる。保護者の方々は一度自宅に戻るか、近くのお食事処で昼食を済ませる。

 つまりビニールシート等の張り切った準備をしない限り外で食べようとする人は少なく、体育館裏の木陰はまさに人一人いない絶好の穴場であった。


「いただきます」

「はい、どうぞ」


 イヌのような可愛いキャラクターが描かれたビニールシートの上で広げられた弁当は、いつの日か見た重箱弁当。彩りある具材たちは木漏れ日を浴びてキラキラと輝いていた。

 薦められた唐揚げを頬張り、ああ静乃ちゃんの手料理を毎日食べていたい、などと感慨にふけりながら舌鼓を打っていると、静乃ちゃんのママが高級そうなハンドバッグから何かを取り出した。


「実は美雪先生に見ていただきたいものがありまして」

「これは……デジタルカメラですか?」

「はい、ここをこうして……どうぞ」


 手渡されたデジタルカメラ。そこに映っていたのは晴れやかな笑顔でゴールテープを切る静乃ちゃんの姿だった。


「凄く綺麗に撮れてますね……」

「は、恥ずかしいです……」


 横合いから静乃ちゃんが覗き込んでくる。距離が近づいたためか、柔軟剤に混ざるフルーティーな汗のにおいが私の鼻をくすぐった。いやフルーティーな汗のにおいって私は変態か。

 ぶんぶん、と頭を振って意識を手元のカメラへと戻す。スライドショーモードなのだろう、次々と写真が切り替わっていった。

 入場行進をする静乃ちゃん。

 髪を結いあげる静乃ちゃん。

 徒競走のスタート位置につく静乃ちゃん。

 テントの中で休憩する静乃ちゃん。

 玉入れの玉をぶん投げる私。


 ……ん?


 玉を投げ上げる私。

 投げた球を目で追う私。

 投げた球が額に当たってよろめく私。

 尻もちをつく私。


 ……連写!?


「なにこれ……」

「かわい…………良く撮れていますね。お母様グッジョブです」

「ふふ、良い感じでしょう?」


 グッ、とサムズアップする静乃ちゃんとそれに応える静乃ママ。いや、ちょい。


「なぜ私が被写体に……」

「静乃に頼まれていたんですよ。隙あらば美雪先生を撮ってほしいって」

「静乃ちゃんそれ本当?」

「はい」


 あれか、服のデザインのモデルが云々の話の延長か。しかしこれは─────


「盗撮では?」

「あら、()の写真を撮ってはダメだったかしら、()()()()()()?」

「娘って…………あ」


『あの! ママって呼んでみてもいいですか?』

 フラッシュバックする悪夢。


『わたしと静乃お姉ちゃんが姉妹なら、静乃ちゃんのお母さんは、わたしのママかなって……』

 すっかり忘れかけていた「楪家初回訪問時幼女詐称事件」が脳裏に再来する……ッ!


「うっ…………!」

「今日はたくさん撮ってあげますからね。()()()の活躍はしっかり記録に残さないと」

「堪忍してください…………!」


 別に写真を撮られることはそんなに気にしていないし寧ろ写真うつりがとてもいいから是非撮ってほしいけれどその「娘いじり」は勘弁してくださいお願いしますお母様。


 そんなこんなで昼食休憩は終わりを迎えた。静乃ちゃんのお弁当でお腹いっぱい元気いっぱいになったし、()()にも応援してもらったし、張り切っていこう!


 ◇


 午後の部も終盤に差し掛かる頃、静乃ちゃんの二度目の出番はやってきた。


「借り物競争リレー?」

「はい、我が校の風物詩です」


 私は教職員用テントの中で首を傾げた。ベテラン教師である近藤先生は口に手を添えて微笑を浮かべる。


「普通のリレーだと最終走者の時点で開きが大きくなることもあって盛り上がりにくくなりがちなんですよね。最後までどんでん返しがあった方が面白いだろう、じゃあ『借り物』の要素を取り入れよう、ということでこうなったそうですよ」

「へー。色々な子が積極的に参加できそうでいいかもですね」

「ええ、実際に選出されるのは機転の利く子が中心です。文科系の部活に所属している子が走者になることも多いですよ」


 クラスの代表に選ばれた静乃ちゃんは機転の利く子ということになるのか。確かに頭の回転が速すぎて、凡人の私には何を考えているのか分からなくなることが多々あるけれども。

 見たことない競技なのでどのように進行するのか非常に興味深い。

 間もなくして借り物競争リレーなるものが始まった。


『一斉にスタートしました! 最初に借り物が書かれたメモにたどり着いたのはB組、続いてA組、C組─────』

『B組が開いたメモは三番です…………三番のメモは【一年B組の人】です!』

『A組のメモは九番で【左利きの三年生】! C組のメモは五番【物理の先生】────────』


 メモを手に取った走者はレーンを外れて目当ての人物を探しに行く。メモには番号が振られており、恐らく実況席には番号とその内容を一覧にした資料があるのだろう、誰が何を借りるのか素早くアナウンスしていく。


『バトンが第二走者にわたりました、一位はC組で取ったメモは十二番【ツインテールの人】!』


 あ、C組テントからツインテールの子が飛び出してきた。なるほど、メモに書かれている「借り物」が全部「人」なのは観戦者を巻き込んで楽しむためか。借り物というよりは借り人競争だ。


『────────七番【硬式テニス部の二年生】!』

『────────二十番【徒歩通学の生徒】!』

『────────十六番【眼鏡をかけた一年生】!』


 メモが読み上げられるたびに次々に人を巻き込んでいく。恥ずかしそうに走者と共に駆け抜けていく人、連行されるように引きずられていく人、腕を引っ張られながら走っていく人────────会場は大盛り上がりだ。


 そして接戦にもつれ込んだまま最終走者へとバトンが渡る。

 満を持して静乃ちゃんの登場だ。「A組アンカー」と書かれたタスキを肩にかけて構える静乃ちゃんはとってもカッコいい。

 ────────がんばれ!


『バトンを受け取ってから矢のような速さで飛び出したA組走者! 手にしたメモは────は、速い!』


 メモを読んだ静乃ちゃんは目を見開き、次の瞬間には神速をもってこちらへと突っ込んできた。


 …………え、こっち?


「紗耶香先生!」

「は、はい!」

「借りますね!」

「え、なに、ちょ、ひょえぇ!?」


 教職員用テントの中に静乃ちゃんが現れたと思ったら、次の瞬間には持ち上げられて、って────


「お姫様抱っこ!?」

「しっかり捕まっていてくださいね!」

「ひゃぁ!」


 訳の分からぬまま静乃ちゃんの首に手を回し、しがみつく。

 そして、聞こえてきたのはアナウンス。


『ものすごいスピードで走っていったA組アンカーのメモは三十番【好きな人】です!』


 ぼふんっ!


 顔が一瞬で赤く染まったのが自分でも分かった。

 次いで耳に入ってくるのは「きゃーっ!」という黄色い悲鳴と「ひゅーっ!」という冷やかしの声だった。


「行きます!」


 静乃ちゃんの掛け声とともに、音が置き去りになった。

 高速で流れていく景色に怖くなって一層ぎゅっとしがみつく。

 尋常ではないスピードで走っているはずなのに、振動がほとんど伝わってこない。

 大切に扱われているんだと理解した途端、羞恥とともに嬉しさがこみあげてきた。


 そして────────!


『ゴールイン! 一位はA組です!』


 ゴールの合図であるピストルの音は、私たちのための祝砲のように晴天の中を駆け抜けていった。


 ◆


 保護者席の中で一人、ご満悦の美女がいた。白いワンピースを纏った姿は、まさしく深窓の令嬢といったところか。


「くふふ、少しばかりだけれど、工作した甲斐があったわ!」


 ゴールテープを切る()と、腕に抱えられたもう一人の()

 両者ともに眩しいほどの笑みを浮かべている。


「迷いなく美雪さんに突っ込んでいくあたり、流石ね……!」


 美女は明るい未来に想像を膨らませていた。


 ◆


 興奮冷めやらぬまま体育祭も終わりを迎え、私は自宅のベッドでうつ伏せに沈んでいた。

 私が副担任を受け持つクラスは縦割りクラス別、学年別で二冠を取り、総合優勝を決めた。体育祭終わりに皆で打ち上げに行くからと、担任である近藤先生と副担任である私も誘われたが、教師陣は正直身体が悲鳴をあげていたのでお断りして直帰である。


 そして現在、私を悩ませるもの。


「好き……好きって、どの好き…………好きな人、好き………………」


 好きって何だろう。ゲシュタルト崩壊を起こしながら、私はじたばたと悶えるのだった。

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