七話「斯くして私は彼女を抱いた」
「ふん、ふん、ふふふーん、ふふふんふーん♪」
静乃ちゃんに一言告げて先にお風呂を貰った私は、頭を洗いながら上機嫌に鼻歌を唄っていた。静乃ちゃんの美味しい手料理を食べることができたし、これから寝る前にトランプとかで遊ぶだろうし、正直うきうきの心持ちだ。もしかしたら夜更かしとかしちゃうのかもしれない。ババ抜きしながらガールズトークとかしちゃったりして。
「紗耶香さん、ご機嫌ですね」
「うんうん、ちょっとわくわくしちゃって、って、どぅえええええええええ!?」
考え事をしていたためか、静乃ちゃんからかけられた声はまさしく不意打ちだった。
バッと音が聞こえそうな勢いで振り返ると、そこには一糸まとわぬ静乃ちゃんの姿が────────
「静乃ちゃ、ああああああ、目があああああああ!」
驚きのあまり目を見開くと、垂れてきたシャンプーが目に入った。咄嗟にギュッと目を瞑り、慌てて手を振り回してシャワーヘッドを探すと────────
むにゅり
「きゃっ」
「!?」
可愛らしい静乃ちゃんの悲鳴と、私の手に余るお餅のような手触り。
違います事案じゃないです、今のは不慮の事故で────────
◇
「落ち着きましたか」
「うん……」
静乃ちゃんにシャンプーを洗い流してもらってから、私たちはお互いに向き合っていた。隠すべきところは手で隠すのみの状態で。
「なんで入ってきたの……」
「お背中でも流そうかと思いまして」
「ああ、なるほど……」
本来なら出て行ってくれと断るべきなのだろうが、せっかく善意で来てくれたのに追い返すのも忍びない。
「ふふふっ」
静乃ちゃんを一瞥すると、彼女は腕で隠しきれない豊満な胸を僅かに持ち上げた。
見てはいけないものを見てしまったような気がした私は、サッと目をそらす。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて流してもらおうかな」
「お任せください」
居た堪れなくなった私は誤魔化すようにバスチェアを用意し、背筋を伸ばして腰かけた。
私は普段ボディタオルやスポンジを用いず素手で体を洗うため、浴室にそれらの類のものは用意されていない。それを察してか、静乃ちゃんはボディーソープを手に取り私の背中に塗りたくった。
「加減は如何ですか」
「あ、いひっ、いいですけど、ちょっとくすぐった、いひっ」
静乃ちゃんは指先で揉みこむように私の背を撫でるのだが、その刺激が絶妙にくすぐたったい。下腹部がむずむずするような感覚に私は身をよじらせる。
白魚のような静乃ちゃんの指は艶めかしく、撫でられるのは、言ってしまってはアレだが気持ちい……いや、やっぱり言わない。
もじもじとする私を見た静乃ちゃんは手つきを変えた。つつーっと撫でるようなフェザータッチ。
「ひゅぃっ、あ、あのさ」
「なんでしょう」
「……い、いや、なんでもない」
さすがに「手つきがいやらしい」とは指摘できず、されるがままになってしまう。
顔に熱が集まっていくのが自分でもわかった。
「ねえ、もういいんじゃない?」
「まだ洗い始めたばかりですよ?」
洗われ始めてから五分ほど経っただろうか。勘弁してくれ。先ほどからむずむずがおさまらない。
静乃ちゃんの指は背骨に沿って上下に動いていたかと思うと、そのまま下に降りていき────────
「ひにゃっ!?」
おしりを指先で揉まれ、体が跳ねた。
「触ったよね!?」
「おしりも洗おうかと思いまして」
「いや、いいよ、自分で洗うよ」
「ふむ、おしりはダメでしたか。わき腹からお腹はどうですか?」
「なんでレッドラインを見極めようとしてるの……背中だけでいいよ」
それから更に五分ほどして、怪しい動きが散見された静乃ちゃんによる献身は終わりを迎えた。その頃には私の顔は真っ赤に染まっていて、堪えていたためか気疲れが激しい。何を堪えていたかは言わない。言えない。
私も仕返しに「大人のテク」で静乃ちゃんの背中を洗い返したけど、彼女は始終にこにこしていた。悔しい。
◇
「ふゅぅ~」
「いいお湯ですね」
二人が入った風呂桶の水は豪快な飛沫をあげて排水溝へと吸い込まれていった。
私と静乃ちゃんはお互いに向き合って座っているため脚が多分に触れている。しかも、お互いの裸体をノーガードに直視できる距離であるため、私の視線が水面に浮く二つの水風船に吸い寄せられるのは仕方がない。噂には聞いていたけど本当に浮くんだ。私は無を携えているから理解不能だ。
「そんなに見られると照れちゃいます」
「あ、ごめんね」
髪をバスタオルで結い上げた静乃ちゃんは頬を染めて顔を背けた。さすがにガン見しすぎた。
「でも、紗耶香さんならいいですよ……触ってみますか?」
その言葉に私の目は再び双丘へと吸い込まれていく。波間に揺蕩う魅惑の果実に手が伸びそうになり、すんでのところで思いとどまる。
────高校教師、生徒のおっぱいを揉む。
字面が危険すぎる。一緒に風呂まで入っているのに何を今更という気がしなくもないが、この一線はダメな気がする。
「触ってもいいですよ」
「そういえば、もう六月も半ばって早いよね~」
「露骨に話を変えてきましたね」
「梅雨に入っちゃったけど、月末の体育祭は大丈夫かな」
「雨天の場合は種目をいくつか変更して体育館で行うそうですよ」
私と静乃ちゃんの意識を上手く胸の話題から逸らす。その後は学校の話題で盛り上がってしまいのぼせかけた。これが裸の付き合いというものか。
◇
「右ですか」
「………!」
「それとも、左ですか」
「…………」
「右…………」
「っ………!」
「左…………」
「…………」
「右ですね」
「あーっ!」
静乃ちゃんが持ってきたトランプでババ抜きをすること十回戦。十戦十敗。
「静乃ちゃん強いね」
「……ありがとうございます」
静乃ちゃんは何故か苦笑いを返してくる。もしかして年上の人に勝ちまくったせいで気が引けているのかな。
でもババ抜きは運要素が強いゲームだし、それだけ静乃ちゃんが強運だっただけだ。
「まだ続けますか?」
「うーん、もう遅い時間だし、そろそろ寝ようか」
時刻は二十三時。明日が休日とはいえ日付が回る前には寝たい。
広げたトランプやらジュースの紙コップやらお菓子の袋やら諸々を片付け準備を整える。
「静乃ちゃんは寝袋とか持ってきてる?」
「いえ、持ってきていないです」
「あー、じゃあベッド使っていいよ」
「紗耶香さんはどこで寝るのですか」
「床かな。毛布敷けば大丈夫そう」
「それなら私が床で寝ます」
「いやいや、それは」
「いえいえ、私が」
押し問答を繰り返すこと五分。
「なんとなくこうなる気はしてた」
同衾。一つのベッドには静乃ちゃんと私。シングルサイズだから当たり前だが、静乃ちゃんとの距離はひどく近い。それこそ、少し顔を動かせば唇同士が触れ合いそうなほどに。
「どうかしましたか紗耶香さん、顔が赤いですよ」
「いや、気のせいじゃない、あはは…………あっ」
刹那、私は息を呑んだ。
吐息がかかる距離で見つめあう。
柔らかい花の香り、精緻な作品のように整った顔立ち、耳を擽る透明感のある声、時折触れる柔らかい肌。
近くで改めて感じる圧倒的な美。年齢も性別も立場も関係なく、一人の人間として魅了されてしまった。感覚の全てが楪静乃という天上人に惹き込まれた。
────────私、こんな美少女と一緒のベッドで寝るんだ。
そう自覚した途端、心臓が跳ねた気がした。
得難い優越感と、背徳感。
火照る体と纏まらない思考で私が口にした言葉は────────
「ねえ、抱いてもいい?」
◆
「すぴー、すぴー」
私の腕の中で眠るこの人は美雪紗耶香さん。私の最愛の人であり、現在私をやきもきさせている人。
「少し、期待してしまいました」
私は紗耶香さんの頭をなでながら、小声で呟きます。
遡ること一時間前、私の作戦は始まりました。名付けて「ウイスキーボンボンで酔ってもらってワンチャンス狙いに行く作戦」です。
お風呂から上がった私たちはトランプ遊びに興じました。そこで、私の持参したお菓子とジュースを振舞ったのですが、そのお菓子こそウイスキーボンボン────本日の最終兵器です。ウイスキーボンボンとは強い度数を誇るウイスキーをチョコレートで包んだ洋菓子で、アルコールに弱そう且つお菓子大好きな紗耶香さんにはもってこいの代物です。
積極的にアピールを続けているつもりですが、ここ数週間ほど私たちの関係に進展はなく、私は焦りを募らせていました。
酔って積極的になった紗耶香さんに私を襲わせて既成事実を作ってしまえ……ということで「抱いてもいいか」と紗耶香さんに言われたときは心臓が飛び出てしまいそうなほどに緊張と興奮を催したものですが、蓋を開けてみれば「抱きついてもいいか」という意味合いだったらしく、私にむぎゅっとしがみついた紗耶香さんはそのまま眠りに落ちてしまいました。
アルコールで紗耶香さんの眠気を誘発してしまったようで作戦は完全に裏目。私に残されたのは甘い期待と興奮によってもたらされた熱い身体。最愛の人に抱き着かれているというシチュエーションで上がり続けるボルテージは着実に私の理性を削っています。
「ご、拷問です……」
結局私はなかなか眠りにつけず、欲求不満のまま翌日をうつらうつらと過ごす羽目になってしまいました。完全に自業自得です。
急がば回れ、先人はまったくもって良い教訓を残しているものだな、と感心した次第であります。




