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六話「今日の私は給食当番」

「というわけでカレーを作っていきましょう」

「はーい」


 花柄の可愛らしいエプロンをキュッと締めた静乃ちゃんは、活き活きとした様子で隣に立つ私を見下ろした。


「とても似合っていますよ」

「ありがとう」


 私が静乃ちゃんに着せられたのは小学生用の給食着。ご丁寧に給食帽子とガーゼマスク付きだ。先ほどお玉と鍋蓋を持たされてパシャパシャと撮影されたので、これも衣装(コスプレ)の一環なのだろう。いや、私も自前のエプロンを持っているのだが?


「それでは調理を開始します。ここに下処理を終えた食材を用意してあります」

「はい……えっ?」


 静乃ちゃんの手元を見ると乱切りされたにんじんとじゃがいも、みじん切りされた玉ねぎがまな板の上で綺麗に纏められていた。


「いつのまに」

「紗耶香さんがハンドソープで必死に手を洗っている間に、です」

「なるほど」


 なかなか手のヌメヌメが落ちなくて二分ぐらい手を洗っていたとは思うけれど、まさか二分で二人前の野菜の下処理を終えるとは。高性能が過ぎるぞ静乃ちゃん。


「そして、こちらでは牛すじを煮込んでいます」

「ふむふむ」

「二時間ほどを目安に煮込むものですが、紗耶香さんの給食着姿の撮影会を始める前に煮始めたため、あと一時間ほどで用意ができます。待ち時間でカレーに入れる特性ソースとスパイスを作っていきましょう」

「なるほど」


 ねえ、私いらなくなーい?

 静乃ちゃんが有能すぎて私の介する(いとま)がない。


「私は何をすればいいの?」

「では、このソースをまぜまぜしてください」

「はーい!」


 なんだか子どもを諭すような口調で仕事を申し付けられている気がするが、デキる人に頼られるのは嬉しいのでそのまま従う。

 その後も────────


「味見をしていただけますか。はい、あーん」

「あーんむっ……美味しい!」



「サラダを作るのでカレー鍋の灰汁取りをお願いできますか」

「合点だ!」



「あっ、紗耶香さんダメです。包丁は危ないから、めっ、ですよ」

「えぇ……」

「ドレッシングを作ったのでサラダにかけておいてください」

「は、はーい」



「さて、そろそろ出来上がりですかね。お皿に()ぐので食卓まで運んでください」

「はいよー!」



 かくしてカレー+サラダという自炊をサボりがちの私からすればちょっぴり豪華なメニューが食卓に並ぶのだった。結構な時間が経過していたらしく、時刻は二十時を回っている。

 私は小学生のお手伝いレベルのことしかやっていない(やらせてもらえなかった)ため、そのほとんどすべてを静乃ちゃんが作ったと言っても過言ではない。冷蔵庫に眠る消費期限ギリギリの食材たちがソースやドレッシングの糧になっていく様は魔術を見ているようであった。

 頭がよくてスポーツもできてお金持ちで品行方正で美人でスタイルよくて、その上料理も上手い。同じ人間として何一つスペックで勝てないのに不思議と劣等感が湧いてこないのは静乃ちゃんの纏う神々しいオーラのお陰なのだろう。静乃教があったら入信してしまうかもしれない。


「それでは、少し遅くなってしまいましたがいただきましょうか」

「うん、いただきます」


 目の前の出来立てカレーは湯気と共にスパイスの刺激立つ香りを運んでくる。涎がこぼれそうになるのを堪えつつ、大口を開けてスプーンでパクリと頬張る。

 刹那────────旨味の暴力が私を襲った。


「ほわ、ふごぃ、ないこえ、おいひいいいいいいい」

「ふふっ、落ち着いてください」


 ツンと香辛料が鼻を突き抜けたかと思うと、辛みの中に僅かな野菜の甘味があって、肉の柔らかい旨味も味蕾を刺激して────────とにかく、筆舌に尽くしがたいほどの美味しさ!

 普段からお弁当で美味しいおかずを貰ったりしていたが、やはり出来立ての料理というのは破壊力が違う。


「すっごい美味しい!」

「それは良かったです。紗耶香さんの味見が功を奏したのかもしれませんね?」

「いやいや何言ってるの、これは完全に静乃ちゃんの功績だよ。好き。ありがとう」

「……!? っす、好きだなんてそんな…………」


 もともと()()()()好きだったが、もっと好きになってしまった。死ぬ前に食べたいものランキングで「静乃ちゃんのカレー」が堂々の一位に躍り出た。元一位はオムライス。静乃ちゃんがオムライスを作った日にはどうなってしまうんだ。


「うん~、おいしい。毎日静乃ちゃんのご飯食べたくなっちゃうよ」

「…………ほぅ」

「な、なに、どうしたの?」


 私が嬉々としてカレーとサラダを交互に口へ運んでいると、静乃ちゃんがピタリと動きを止めた。その視線は私の顔を向いており、無言の圧がかけられる。


「先ほど、何とおっしゃいました」


 穴が空くんじゃないかというほど凝視してくる静乃ちゃん。え、なになに、私の言葉で地雷でも踏んでしまったのだろうか。


「『毎日料理を作ってほしい』と言いませんでしたか」

「あー、言ったような、言ってないような……」


 料理を作ってほしいとは言っていないが、ニュアンス的には間違っていない。

 静乃ちゃんは神妙な面持ちで数秒ほど考え込むように俯いたが、再び顔を上げた彼女の顔にはいつも通りの嫋やかな笑みが浮かんでいた。


「まあ、いいです。ところで、お風呂はどうしますか」

「え……と」


 静乃ちゃんが会話の流れを変えてきた。どうやら私は窮地(?)を免れたらしい。


「いつもならシャワーだけで済ませるんだけど、せっかく静乃ちゃんも来てることだし浴槽にお湯を張ろうかなって思ってる。どうかな?」

「いいですね。そちらの方が都合がいいです」


 都合? お風呂に都合なんてあるのだろうか。ここら辺が静乃ちゃんとの感性の違いらしいから、あまり深く考えないようにする。


「ご飯食べ終わったらお風呂洗ってくるよ」

「それでは私はお皿を洗いますね」

「お願いね」


 この調子だとどちらかの入浴時刻が二十二時を回りそうだなーと測っていた私だったが、その考えは杞憂だということに三十分後の私は気が付くのであった。


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