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十六話「今夜の私は川の字の真ん中」

「つまり、彩香ちゃんに招かれて静乃ちゃんは私の家に来たわけね」


 彩香ちゃんに正座をさせて問い質すと、彼女は簡単にゲロった。私の家に泊まるついでに幼馴染のよしみで静乃ちゃんを誘ったらしい。

 私のところに話が来ていなかったのだが?


「ごめーん、さや姉に言うのすっかり忘れてた」


 いっけなーい、と拳を頭に当て舌を出す彩香ちゃん。反省の色が全く見られないのでデコピンを一発入れて無力化させておく。

 声にならない悲鳴を上げている妹を他所(よそ)に、私は彩香ちゃんの隣で何故か正座をしている静乃ちゃんへと向き直った。


「なんかごめんね静乃ちゃん」

「いいえ、こちらこそ押し掛けてしまって申し訳ないです……」

「友達のお姉ちゃんが教師だったなんて、居た堪れないでしょう?」

「いえ、私は彩香さんのお姉さんが紗耶香さんだと知っていたので」


 なるほど、と私は頷き────首を傾げた。


「あれ、知ってたの?」

「はい」


 事もなげに肯定してみせる静乃ちゃんに対し、私は深慮に囚われる。

 静乃ちゃんが彩香ちゃんのことを知っていて、その姉が私であることも知っていた。

 つまり、静乃ちゃんは四月────私が教師として赴任してきた時から私のことを認知していた?

 そんな素振りはまったく無かったけど────


「ねえ、静乃ちゃ────」

「さや姉おなかすいたー!」


 私が静乃ちゃんに声を掛けようとしたところで鈍痛から復帰した妹様が駄々をこね始めた。そういえば晩御飯を食べていなかったっけ。


「静乃ちゃんはご飯食べた?」

「いいえ、私もまだです。作りましょうか?」

「ううん、大丈夫。今日はもう簡単にパスタでも茹でることにするよ。ソースは何がいい?」

「私はカルボナーラ!」

「それなら、私もそれで……」

「りょーかい。私もカルボナーラでいいかな」


 リビングからキッチンへと移り準備を始める。麺を三束取り出して鍋に水を張って火にかけて塩を少々入れて、付け合わせのサラダも作っておこうかな。

 私が(ゆだ)る麺をぼーっと眺めていると、リビングから若人たちの会話が聞こえてきた。


「せっかくお風呂あがりのさや姉を────」

「私は合意の上でないと────」

「据え膳食わぬは乙女の恥だよ────」

「紗耶香さんとは清純なお付き合い────」


 何の話をしているんだろう。ごはんの話かな。

 それにしても彩香ちゃんと静乃ちゃんが仲良しだとは思いもしなかった……。お互いの口からそういう話は出てきていなかったから尚更だ。

 昔はしょっちゅう喧嘩していた仲だったような気がするんだけど、時間は人を変えるんだなぁ。


「できたよー……何やってんの」

「さや姉聞いてよ、この嘘つきムッツリスケベがさぁ!」

「変なあだ名を付けないでください彩香さん!」


 私がリビングに足を踏み入れると、彩香ちゃんと静乃ちゃんはお互いの頬を引っ張り合っていた……仲が良いようで何よりです。あんまり騒ぎすぎると隣室の人に迷惑だからやめてね。

 静乃ちゃんってあんな風にはしゃいだりするんだという新たな知見を得て、三人の晩餐は過ぎていった。


 ◇


「いやいや、シングルベッドに三人は無理だって!」

「いけるいける、さや姉の体積なんて有って無いようなもんだし」

「さすがにそこまで小さくはないよ!?」


 晩御飯を終えて深夜。静乃ちゃんもお風呂に入った後、いざ就寝というタイミングで問題が発生した。

 寝床が足りない。

 私の部屋にシングルベッドしかないのは既知の事実であったのに誰も対策をしていなかったのだ。以前、静乃ちゃんが私の家に泊まりに来た時「敷布団くらい用意しておこう」と思っていたのだがすっかり失念していた。

 彩香ちゃんは私の部屋に泊まり込みをする予定なのに寝袋すら持ってきていないし、静乃ちゃんも何故か寝具については手ぶらで来ていた。


「もうちょっと詰めてよ静乃」

「無茶言わないでください。これ以上は紗耶香さんが潰れます」

「むぎゅー!」


 川の字。真ん中を私、左右を静乃ちゃんと彩香ちゃんが挟む形になっている。グラマラスな少女二人に挟まれているため、私の身体の至る所に柔らかいものが押し付けられている。

 というか静乃ちゃんがヤバい。体位が落ち着かないのか(しき)りに姿勢を変えるせいで体が擦り付けられるのだ。

 彩香ちゃんは妹だからいいけど、静乃ちゃんのスキンシップが激しいのは未だに慣れない。

 二人の抱き枕になりながら幸せのエクトプラズムを吐いていると、ふと私の脳裏に在りし日の情景が過った。


 十数年前も、こうして三人で並んで寝たっけな。


 その時は私が一番大きかったから、幼子二人を左右に侍らせても余裕があったんだけど。二人の頭を撫でて寝かしつけたこともあったっけ……なんでこんなに大切な思い出を忘れちゃってたんだろう。


 ふわり。


 静乃ちゃんの花のような香りが鼻孔をくすぐる。


「おやすみ静乃ちゃん、彩香ちゃん」


 なんかいいな、こういうの。心も体も暖まった私は微睡の中に落ちていった。


 ◇


 翌朝。


「えっ、静乃ちゃんは文化祭が終わるまで泊まるの?」

「ええと……そうなりますね」


 静乃ちゃんのカミングアウトに寝ぼけ眼を瞠目させる。

 しかし、いつもなら押せ押せモードで強行突破を図ってくる静乃ちゃんの歯切れが悪い。一泊ならともかく連泊には罪悪感があるのだろう。


「お母さんには許可を取ったの?」

「はい。母は『羨ましい、私も泊まりたい。隙を見て泊まりに行こうかしら』などと言っていました」


あの人なら言いそうだな。そして有言実行しそうなところも怖いな!

シングルベッドに四人は死人が出ちゃうよ。なんちゃって。

というか何故私の家に泊まりに来るのか。私が静乃ちゃんのお宅に泊まりたいよ……。


「ふわあぁ。いいじゃん、減るもんじゃないし」


 私が静乃ちゃんの処遇について考えあぐねていると、ボサボサの寝癖と大あくびで適当なことを言う彩香ちゃんが横合いから入ってきた。

 減るものは無いが、なんかこう……これが毎日続くのは私の精神衛生上よくないと言いますか、静乃ちゃんと毎夜共にするのは嬉し恥ずかしな訳で。

 静乃ちゃんも私の顔を見て頬を上気させている。華の女子高生としては寝顔や寝起きの無防備な姿を他人に見られるのが恥ずかしいのかもしれない。


「なにをお互いに照れてるのさ。どーせ三年後だか五年後だかには一緒のベッドで────まあいいや、ふわぁ~、シャワー借りるね」


 彩香ちゃんは意味深なことを言いかけて、ポイポイと服を脱ぎながら浴室に入っていった。自由だな!

 彩香ちゃんの背中を見送って、私も気を取り直して朝食を作ることにする。当面のことは後回しにして、とりあえず今日も文化祭なので準備をしなければならない。


「私も手伝います」

「うん、ありがと」


 私がトースターで焼けていく食パンをボーっと眺めている間に、静乃ちゃんは手際よくスクランブルエッグと焼きベーコンに加えてコーンスープまで作ってくれた。やっぱり静乃ちゃん、一生我が家にいてくれ。

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