十四話「私は全然あざとくないにゃ」
「い、いらっしゃいませにゃ。バレー部、バドミントン部、卓球部の体験会は第一体育館でやってますにゃ」
周囲の視線がグサグサと私を突き刺してきた。
全身からぶわっと汗が噴き出る。
「え、なにアレ超可愛いんですけど」
「わ~本当だ。中等部の子かな」
私の姿を見た外部からのお客様方がにわかにざわつき始める。
「料理部は東館一階の家庭科室でレストランをしていますにゃ~!」
恥ずかしい。見ないでくれ。でも見てもらわないと意味がない。これがジレンマというやつか。
「ねえ、一緒に写真撮ってもらおうよ」
「あ、いいね。ちょっと訊いてくる」
……!?
今風の女子大生らしき二人組がこちらに向かってずんずんと歩いてくる。
写真とかムリムリムリムリ!
ソーシャルネットワークサービスとかにアップされたら一巻の終わりだ!
私は人でごった返す廊下を縫うように速足で逃げ去るのだった……それこそ、現在私がなりきっているネコのように。
◆
「私が提案するのは────────コスプレ広告塔です」
『コスプレ広告塔?』
静乃ちゃんの提案に、私含め皆の声が揃った。
途端、教室前方のプロジェクタースクリーンが「うぃーん」と降りてきた。
そして同時に配られるレジュメ。
十数枚ほどの資料には『文化祭企画 二年A組 楪静乃』の文字。あ、ガチなやつだ。
「はい。皆さんには他クラスの広告塔になっていただきます。簡潔に言ってしまうと、ドレスやコスプレ服などの目立つ衣装を纏っていただくと同時に、宣伝用プラカードを持って学園内を移動してもらうというものです。移動中に『〇〇部は□□で展示してま~す!』等と宣伝してください。宣伝中は学園内であればどこへ行っていただいても構いません。文化祭を楽しんでください。ただし、他クラスの看板となるわけですから良識のある行動をとっていただければと思います」
淡々と述べられる発表に、クラスの子たちは目を輝かせていく。
「衣装は私の方で数十着ほど用意しています。もちろん各自で用意していただいても良いです。また、すべてのクラブとクラスには宣伝の許可を貰っています。あとは企画が学園側に通るかどうかですが……おそらく通るでしょう。まあ、通らなくても通します。ここまでで何か質問はございますか」
「はいはいしつもーん、これって静乃っちに言えば好きな衣装を着られたりしますかー?」
「はい、要望があればそれに近いものを探してみます。希望があれば気軽にお申し付けください」
メイド服着たい、パーティドレス着てみたい、スーツとかいいかも、といたるところではしゃぐ声が聞こえてきた。
どうやって衣装を調達するんだろう……と考えたところで、静乃ママがデザイナー会社のトップだったことを思い出す。もしかしたらそこから借りてくるのかもしれない。
「また、目立つことに抵抗を感じる方もいらっしゃると思うので、そういう方にはフォーマルな衣装を用意いたします。あくまで出し物の名目として『コスプレ』要素か『宣伝』要素のどちらかがあれば上に話が通しやすい……もとい、話を進めやすいだけですから」
面白くなってきたー、自分のクラブを宣伝するぞー、と燃え上がる二年A組諸姉。
「この提案に意見のある方はいらっしゃいますか…………無いようですね。それでは、皆さんに宣伝していただくものとシフトを決めていきます。レジュメの六ページをご覧ください────────」
おー楽しそう。
この時の私は、自分とは関係のない話だと思っていた。
なにせ文化祭は生徒が主役。教師の出る幕はない……筈だった。
「これさやちゃんせんせーにもやってもらおうよ」
「いいねー!」
「それ賛成!」
「ん!?」
完全に油断していた。
誰だ今我が名を出した可愛い子ちゃんは……おいおい、文化祭の日でも私には仕事があるんだぜ…………?
「そうですね。紗耶香先生にもお願いできますか」
も、もぅ、静乃ちゃんに言われたらやるしかないじゃん。ねぇ?
◇
そして来る文化祭初日。
宣伝担当の子がシンデレラやヴァンパイアに扮するのを横目で見ながら私は苦い声を漏らした。
「え、これ……?」
「紗耶香さんの分です」と静乃ちゃんに耳打ちされて手渡されたのは猫耳フード付き着ぐるみパジャマ。動揺しながら着替えると、私のサイズに誂えたのか着心地はバッチリ。
「ねえ静乃ちゃん。かわいい服を用意してほしいって申請したような気がするんだけど……」
「はい。とってもかわいいですよ」
日本語って難しいなぁ。
「他の衣装は……」
「紗耶香さんのサイズのものはこれしか持ってきていないです」
「私、今日これで練り歩くの……?」
「はい。屋内運動部と料理部の宣伝をよろしくお願いします。彼女たちの命運は紗耶香さんに委ねられたと言っても過言ではありません」
過言だよ。
でも昨日、料理部の子から『明日は頑張りましょう!』って言われちゃったし、やらないわけにもいかない。それにクラスの出し物手伝いという名目で仕事も減らしてもらっているのだ。
「うぅ、静乃ちゃんも付いてきてよぅ、一緒に回ろうよぅ……」
「くっ、かわぃ────すみません、私も今回ばかりは忙しくて……」
そうだ。静乃ちゃんは茶道部とテニス部を掛け持ちしている。加えてクラス展示の責任者も兼任しているから、それはもう多忙を極めるであろうことは想像に難くない。
「うぅ、行ってきます……」
「い、いってらっしゃい! 時間が出来たら茶道部の方までいらしてください!」
静乃ちゃんの声を背に、首から段ボール製の手書きプラカードをぶらさげた私はとぼとぼと教室外へと歩みだしたのだった────────
◆
「つ、疲れたにゃ…………」
ネコパジャマで学園内を歩き回ること三時間。時刻は昼過ぎということで、いよいよ人で混み始めた。
体育館裏でへたり込んで、料理部から差し入れとして貰ったタコ焼きをもぐもぐと頬張りながら考えるのは先ほどまでのこと。
爛々と目を光らせたお姉さま方に追い回されていた。この猫着ぐるみに惹かれたのか恥ずかしがりながら宣伝を行う私に引かれたのか分からないが、とにかく大変だった。
ひと昔前なら寧ろこちらからすり寄って頭くらい撫でてもらっていただろうが、現在は教師の立場があるし(こんなコスプレをしておいて今更だが)、何より私にはしーちゃん……静乃ちゃんという偉大なるお姉ちゃんがいるし……。
そんなことを思案していると、私の頭上に影が差した。
俯き気味にタコ焼きを食べていた私は徐に視線を上げていく。ショートデニムに包まれた長い脚、小麦色の肌と対比するような白ブラウス、首から提げたデジタル一眼レフカメラ、好奇心の塊のようなアーモンド形の瞳……って、彩香ちゃん?
「やーっと見つけた。ここ広すぎでしょ。二時間近く歩き回ってたんだけど」
「なんで彩香ちゃんがここにいるのかにゃ?」
「にゃ?」
「む、無意識のうちに語尾がネコっぽくなってしまっていたにゃ……」
「ウチの姉があざと可愛い。え、なに、本当にその格好で学校を歩き回ってるの?」
「そうですにゃ……」
「へー、ふーん」
彩香ちゃんは目元を弧にすると、手元のカメラで私の姿を撮影した。
「ママとパパに送ろ」
「ちょ、待って、後生です! 勘弁してください!」
私は両膝と両拳を地につけて頭を垂れた。
こんな姿を両親に知られたらもう実家に帰れない。信じて送り出した娘が教師じゃなくてネコになっていたとか知られたくない。
「えー、どうしよっかなー」
「お願いしますお願いします」
「じゃあ、幾つか条件ね。一、文化祭期間中は私が遠くからさや姉を撮影しますが、文句を言わない。二、同期間中は私がさや姉の家に泊まりに行くことを認める。三……あ、さっきの語尾『にゃ』ってやつ面白いから暫くやってて。以上」
「ど、ど畜生だ……にゃ」
ひどい。彩香ちゃんはこんな子じゃなかったのに。
お盆休みの最終日に彩香ちゃんの分のプリンまで食べてしまったことをまだ根に持っているんだ…………。
私は泣く泣く条件を受け入れると、空になったタコ焼きパックを持って立ち上がる。
「あ、そうだ。さや姉に案内してもらいたいんだけど────────静乃のところに連れて行ってくれない?」
彩香ちゃんの放った言葉に、私はピシリと身を固めたのだった。




