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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 女郎花 : 約束を守る 』

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『 サクラ : 前編 』

 人が1人も居ない丘の上から、海を眺める。

明るい時間帯なら、ここから見る海は最高の景色を見せてくれるけど

夜更けという言葉が相応しい、この時間に見る海はただ静かで不気味だった。


だけど、この時間のこの海を彼は何時も静かに眺めていたのだ。

落ち込んで眠れない時、1人で泣いている時……どうしてわかるのか

彼は何時も私の部屋の窓を叩いてくれた。


部屋の扉から入ってきた事は、1度もないかもしれない。

その事に思い当たり、小さく笑う。


何かを話すこともなく、励ましてくれるわけでもなく

なぜ泣いているのかを聞くこともなく、彼はただ私を腕に乗せ

決まって誰もいない海に連れてきてくれた。

夜の海は何度来ても好きにはなれなかったけど

彼の腕の中で聞く、彼の鼓動は子供だった私に安心感を与えてくれた……。


その彼はもういない……。

もしかしたらという希望も、数日前に打ち砕かれた。


「ジャック……」


小さな声で呼んでも、返事はこない……。

ジャックの鼓動を聞く事はもうない……。


海から吹く冷たい風に、体が震える。

子供の頃は、この海の向こうに何があるのだろうか

どんな国があるのだろうかと、心躍らせた事もあった。


『父様、海の向こうには何があるの?』


『違う国があるんだよ』


『違う国?』


『そう』


『サクラも、大きくなったら行きたいな』


私の言葉に、父は困ったように笑っただけだった。


『ジャックは、どんな国を旅してきたの?

 海の向こうの国にも行った?』


『ああ、色々行ったぜ』


『サクラも、いつか連れて行ってくれる?』


私の無邪気な問いに、ジャックはただ目を細めて私を見つめていた。

なぜ、父が困ったように笑うのか、なぜ、ジャックは返事をしてくれなかったのか

その時の私は疑問に思うこともなく、ただ海の向こうの国を夢見ていたのだ。


そう、幸せな夢を見ていた。あの事件が起こるまで。

自分が、この街から出ることができないという事を知らなかったのだから。


今でも脳裏に焼きついている、血まみれの友人の姿。

私を責める、友人の母親の声……。


『どうして、助けてくれなかったの!!

 どうして、私の息子が!!』


結界をこえた友人、そこにいた魔物。

必死に結界の中に入ろうと手を伸ばす友人。

だけど、彼は結界の中に入る前に魔物に捕まった。


私の手は結界に阻まれ、友人の手をとることが出来ない。

目の前で血にまみれ倒れる友人を見ていた。


私の悲鳴と魔力の暴走で、父達が駆けつけた時には

友人はもう……息をしていなかった……。


私が、この結界をこえる事が出来ていれば

私は彼を救えたのに……。そう救えたのだ。

私は魔法が使えたのだから……。


『サクラ……お前が悪いわけじゃない……』


抜け殻のような私に、ジャックはついていてくれた。

毎日会いに来てくれていた。


『ジャック、私達の魔力はこの結界の餌でしかないの?』


『……』


結界の中に、魔物ははいれない。

結界をこえる事が出来ないのは、一族のなかでも一定以上の魔力を持つものだけ。

なら、私達の魔力はこの街の結界の餌……。


私達はその餌を与える為に生かされている籠の鳥?


私の問いに、ジャックは酷く表情を歪ませた。

はじめて見るジャックの表情に、私は涙が一瞬止まる。


彼の表情はそれほど辛そうで……。

彼が何を思っているのか知りたくて、私は無意識に能力を発動していたのだった。

その時初めて自分が能力者だと知った。


私の能力は、他人の記憶を追体験するというもの。

その時のその人の感情も、肉体の感覚もすべて受け止める事になる。


私が見たものは、ジャックがこの街に初めてきた時の記憶だった。

押しつぶされそうなほどの感情が、私の心に流れてくる。


驚愕、望郷、希望……そして孤独。

ジャックの心が帰りたいと叫んでいた。

何処へ帰りたいの?

ジャックの心が会いたいと泣いていた。

誰に会いたいの?


そしてそれが叶わない事を、ジャックが一番知っていた。


なぜ……。


切ない感情に、荒れ狂う波のような感情に流されそうになりながらも

もっと深く彼を知ろうとした瞬間、強制的に私の意識は切り離されたのだった。


能力を発動させた私を怖いぐらい真剣な表情で見て

2度とこの力を使うなといわれた。危険だから使うなと言われた。

下手をすれば命を落とすと諭された。


何時も不遜な態度で、笑っているジャックからは想像する事ができないほどの

強烈な感情。胸が痛くて痛くて仕方がなかった。

何処か分らない場所へ帰りたくて仕方がなかった。

哀しくて、切なくて、寂しくて涙が止まらなかった。


ジャックは、こんな感情をずっと抱えながら生きてきたの?

私の感情じゃないのに、苦しくて、助けて欲しくて伸ばした手を

ジャックが力強くつかんでくれた。


『サクラ、泣くな』


そういって、私の目元を自分の服の裾でぬぐう。

そして、ポツリポツリと初めて自分の事を話してくれた。


『この街は、俺の故郷に似ていたんだ。

 一瞬、帰ってこれたのかと見間違えるぐらいにな』


『か、えり、たい?』


『ああ、何度も帰りたいと思った』


ジャックの服の袖が、また私の涙でぬれる。


『だけどな、何時からか

 俺の帰る場所は、お前達一族が守るこの国でありこの街になった。

 ここが俺の生きる場所だと思えるようになった。

 だから、俺は辛くねぇ。この街が住みやすくなるように俺も手を出したからな』


ジャックはにやりと笑う。


『確かに、お前は籠の鳥だ。

 この結界を守る一族だ……。

 お前達の自由という犠牲の上に成り立つものだ……』


ジャックはそこで、表情を消す。

そんな顔をしないで欲しい。何時ものように笑っていて欲しいと思った。


『お前達一族が、この場所を守ってくれていたから

 初代が俺にくれたこの場所があったから……。俺は生きて来れた。

 お前達には、悪いけどな……』


『そん、なことない。わるく、ない。

 ジャックが、しあわせな、ほうが、うれしい』


ジャックは微かに笑って、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

その笑みを見て、ジャックは今は大丈夫なんだと分った。


よかったと思った。この胸の痛みが過去のことでよかったと思った。

私の魔力が、この結界の餌だとしてもそれで大好きなジャックが

幸せであるのなら、この国をこの街を私は守りたいと思った。

ジャックがどれ程この街を、大切に思っているかを知ったから。


ジャックが帰る場所を……一族が守ってきたように私も守ると。

ジャックが大好きだから。辛い時は何時も側にいてくれたこの人が大好きだから。

彼の笑った顔が大好きだから。この街がジャックの孤独を慰めるのなら

私がこの街を守ると決めた。


『お前の能力と俺の過去、誰にも言うな?』


『うん』


だから、私は私の夢をこの時捨てた。

冒険者になって海の向こうの国へ行く事。

ジャックと一緒に世界をまわること……。


どうせ叶わない夢だったから、未練なんてすぐになくなる。

捨てた夢と同じぐらい、守りたいものを手に入れたのだから。


なのに……。


誰にも内緒で、部屋においてある魔道具に転写した

ジャックの紋様の色が、ゆっくりと黒をなくしていくのを見た瞬間


体が凍るような衝撃を受けた。

震える手で、魔道具を持ち彼に届く事などないのに必死で呼びかける。

待ってと、死なないでと、今助けに行くからと……。


魔道具を片手に夜の街を必死に走る。

彼が何処に居るのかもわからないし、何処の国に居るのかも分らないのに。

その間にも、黒はだんだんと色をなくしていく……。


そして……あの時と同じように冷たい壁が私の行く手をさえぎった。


もしかしたら、彼はすぐそこに倒れているかもしれない。

怪我を追いながら、こちらに向かっているかもしれない。

まだ間に合うかもしれない。助けを待っているかもしれない。


私が持っている魔力の全てを結界にぶつけても

結界は私の魔法をかき消してしまう。

この瞬間にも、黒は色をなくしていく。


私の魔力を感知した、ヤトや父が私の側に飛んできて

何があったのかと問う。私の口から出る言葉は助けて欲しいと

彼を助けて欲しいと、彼が居るかもしれないということだけ。


父に震えながら手の中の魔道具を見せると、父も目を見開いてジャックの紋様を凝視した。


絶望に押しつぶされそうになりながら、ヤトに冒険者に

結界の周りの探索を頼んだ。


彼はここには居ないと、頭では分っていても探さずにはいられなかった。


なぜ、私はこの結界をこえる事が出来ないのだろう。

なぜ、私達一族はこの街から出ることが許されないのだろう。

彼が助けを求めていても、私は手を伸ばす事が出来ない。

彼が呼んでいても、私は外に行く事が出来ない。


子供の頃のあの日のように、私は無力なままここで見ていることしか出来ない。

守るべき結界が、忌まわしい物になるのに時間はかからなかった。

守りたいものが壊したいものになるのに、時間は要らなかった。


だって、黒は完全に灰色に。

私が守るべき場所に、彼は二度と帰ってこないのだから。

それでも……。それでも、もしかしたらという希望を捨てる事は出来ず

その日から、朝早く起きて結界の周りを歩くことが私の日課になっていた。


ジャックの紋様が灰色になった日から、私はあるものを探し始める。


寒さのせいで吐いた息が白くなり、闇ににじむ。

自分の手の甲を見て、そしてそっと撫でる。


この丘に来る前に、父と母と伯父が、私の部屋に来た。

母は目元を赤くして、父は沈痛な面持ちで……。

そして伯父は、決意を宿した目で私を見ていた。


3人が私に告げたのは謝罪の言葉。

総帥になったものが、ジャックの花嫁となると言ったのは

酒の席での冗談だったと。


私は黙って、父達の話を聞いていた。

ジャックがこのことを知らなかった事には驚いたけれど

別に謝罪などいらなかった。


だって私は、父からその話を聞いた次の日に失恋していたから。

父達は、どうして今更その事を告げにきたのだろう?


『ジャック、私は総帥になれるかな?』


『総帥になるのは、リオウだろうな』


『リオウちゃんがいいの?』


『ん? サクラは総帥になりたいのか?』


『……わからない』


ジャックと結婚できるなら、なりたいと思った。

だけど、ジャックはリオウが総帥になるとはっきり言った。

それは、ジャックがリオウを選んだんだと思った。


この段階でジャックは、総帥の花婿という話を知らなかったのだろう。

それでも、念を押すように聞いた質問にジャックははっきりと答えた

リオウと婚約していると、彼が言ったのだから……。


『ジャックは、リオウちゃんと結婚するの?』


『あー、なんだ? あいつはお喋りすずめみたいに

 ぴーちくぱーちく話してやがるのか?

 まぁ、一応婚約者ということにはなってんのか?』


『……』


その後の会話は余り覚えていないけど

ジャックが、リオウを選んだという事は嫌というほど分ったのだ。


自分の知らない所で、知らないうちに2人が婚約していた事は

寂しかったし、失恋は辛かったけど……リオウならいいかと思った。

彼女の明るさや、優しさは何度も私を助けてくれたし


リオウなら、ジャックを任せてもいいなと心から思っていた。

私にとっては、ジャックもリオウも大切だったから。


リオウが総帥になって、ジャックがリオウを支えるのなら

私は、リオウとジャック2人の手伝いが出来るようになろうと心に決めた。

だから、必死になって様々な勉強をしたのだ2人を側で支える事が出来るように。


ジャックが2度と、あんな気持ちを抱かないように。

リシアのハルが、ジャックの帰る場所なのだから。


その間、リオウとは少し疎遠になった。

リオウの顔を見るのが辛かったのもあったし、羨む気持ちもあったから。


なのに、リオウは、ジャック以外の人からの告白を受けたのだ。


どうして、ジャックという婚約者がいながら他の人と付き合うのか

その理由が知りたくて、リオウを探していた時リオウが話しているのを聞いた。


『リオウ、貴方婚約者が居るって言ってなかった?』


『そんな人もいたわね』


『そんな人って……』


『きっと、彼は好きなように生きてるわよ。

 だから、私も好きなように生きる事にしたわ』


『戻ってきたらどうするの』


『決まってるじゃない! 私から振ってあげるのよ!』


『総帥になって、彼と結婚するの!

 とかいいながら、頑張っていたのに』


『総帥ねー』


『ならないの?』


『わからないわ。

 だって、彼の故郷はリシアじゃないからね』


『えー、それって結婚前提って事』


『彼はそう言って告白してくれたの』


楽しそうに頬を染めながら、女友達と話すリオウの言葉が信じられなかった。

私には、ジャックを裏切ったようにしか思えなかった。


彼女は、ジャックに選ばれたのに……。

総帥は、リオウだと……なのに……。


私が必死に努力して手に入れようとしているものを、リオウはいとも簡単に手に入れ

私が欲しくて仕方ないものを、リオウは簡単に捨てる事が出来るんだ。


楽しそうに話すリオウの声を遠くに聞きながら

私は自分の部屋へと帰った。


成人の祝いの日、恋人と一緒に私の側に来たリオウ。

私が彼女を避けている事は、とっくに知っているだろうに

それでも、私を視界に入れると話しかけてくる。


私はリオウの顔も見たくないというのに……。

だから、はっきりとリオウが嫌いだと告げた。


『私が欲しいものを、簡単に持って行ってしまうリオウが嫌い。

 総帥の座だけは絶対に貴方には渡さない。彼に認めてもらって

 彼と結婚するのは私だから』


私が総帥となっても、ジャックは私を選ばない(・・・・)事を私が一番知っている。

だけど、少しぐらい夢見てもいいでしょう? 総帥になれば彼の花嫁になれるという夢を

私が総帥になる本当の理由は誰に言わないから。


ジャックと交わした約束は、絶対破らないから……少しだけ、ほんの少しだけ

夢を見させて欲しい幸せな夢を……。


彼の口から、真実が告げられる時まで。


リオウは、こわばった顔を私に向けていたけれど

私の言葉の意味は分らなかったようだった。


首を傾げて意味がわからないと告げるリオウに

苛立ち、返事をすることなくその場を離れた。


父達の言葉を、リオウは知っているものと思っていたけど

リオウは知らなかったんだと、今気がついた。

気がついたから、何かが変わるわけでもないけれど。


知っていようがいまいが、彼女はジャックの婚約者だったのは本当のことなのだから。


暫くして父が、リオウが恋人と別れたと話していた。

リオウは最近、私達一族が結界をこえられないことを知ったそうだ。

跡継ぎである彼は、リオウを置いて国へと帰っていた。


酷く落ち込んでいるから、慰めてあげたらどうかといわれたけれど

そんな気は全くなかった。


どうしてもっと早く、結界をこえる事ができないと教えないのと

父に聞いたら、成人してから教える事になっていると答えた。


リオウが傷ついている原因は、父と叔父が早く教えなかったせいだと告げると

情けない顔をして、『一族の決まりを破る事はできなかったんだ』と言った。

なら、妨害でも何でもすればよかったじゃないと伝えると

『したけど無駄だったんだと』答えた。


リオウの失恋は、私にとってどうでもいいことだったけど。

同じ籠の鳥として、リオウが早く元気になるようにと

この時だけは、リオウの為に祈った。



空気が揺れる気配を感じて、海から目を離し振り返る。


「……」


波の音が絶え間なく聞こえ、冷たい風が私の体を冷やしていく。

このまま、凍ってしまってもいいかもしれない。


幸せな私の夢(空想)は、彼の死と共に消えてしまった。

それと同時に、私の存在理由さえかき消してしまった。


地面に現われた綺麗な転移魔法陣。

こんな時間に、こんな場所に来た

酔狂な彼を見つめ、私は先日言った言葉をもう1度告げた。


「私は、彼の花嫁になる為に総帥になったの」


私の願いと秘密で作られた、空しいだけの台詞。

彼は私と視線があうと、一瞬だけ驚いたような表情を見せたけど

数日前と同じように、罪悪感を瞳に浮かべ私を見つめた。



初めて彼の名前を聞いたのは、ガーディルのギルドマスターからだった

獣人の子供を弟子にした、冒険者がいると連絡が入ったのだ。

話し合った結果、サガーナが何か行動を起こすまで静観ということに決まった。


もちろん、彼の名前は要注意人物として私の記憶のすみに居続ける事になる。

そして時をおかず、クットのギルドマスターから彼の名前があがってきた。


『セツナの居場所特定要請』


獣人族と何か問題を起こしたのだろうかと思ったが違った。

薬の調合方法をギルドに教えると

言ったきり連絡が取れないとのことだった。


薬の事に関しては、ギルドの医療院に一任している事もあり

こちらには、報告のみが送られてくる。問題があれば口を出すが

特にこれといった問題もなかったし、薬の包装、持ち運びについては

彼から提案があったと同時にその方法を取り入れていた。


私達が口を出した事といえば、ギルド貢献ということで

彼のランクをどうするかの話し合いをした事ぐらいだ。


その彼が、薬草採取に行ったきり戻ってこないとの連絡

冒険者を登録している魔道具を見ても、彼のランクがまだ、青だったことから

何処のギルドにも顔を出していない事が分る。それに、紋様に色がついているから

生きていることも確認できた。何かしらの理由で動けないのかもしれないけれど

何処の国にいるのかも分らないのだから、これ以上はどうしようもない。


クットのギルドマスターからの要請を受け入れ

各地のギルドに、彼を見つけ次第本部に連絡を入れるようにと促した。


その頃、長年ギルドに仕えてくれていた時使いの魔導師が亡くなった。

ここ数年、彼の後継を必死になって探していたがいまだに見つかっていなかった。

竜の大陸にいるという人を、ハルマンが訪ねたが会ってももらえなかった。


一族のものが私の髪を見て、溜息をついているのを見るたびに

胸がキュッと締め付けられるように痛んだ。


子供の頃に色々といわれた記憶は、そう簡単には消えないけど

それを表情に出すことだけはしなかった。



『どうして、私は時の魔法がつかえないのかな』


黒髪なのに、時の魔法が使えない役立たずが

将来ギルドが潰れたら、時の魔法を使えないお前のせいだと

言われて泣いていた私を、ジャックは鼻で笑って馬鹿にした。


『使えないものを、ぐだぐだ言ってもしかたねぇだろうが

 どこのガキに言われた、名前を言えその親を半殺しにしてやる』


『……』


ジャックがやるといったら、やる事を子供ながらに知っていた私は

その子の名前を言う事が出来なかった。


目を彷徨わせながら、泣いている私をジャックは呆れたように見ていた。


『私が居なかったら、時使いが生まれてくるかな……』


一族の大人がそう話していたことを、ジャックに聞いてみる。


『私が存在しなかったら……』


『うるせぇぇ!』


初めて聞いたジャックの、本気で怒る声に私は体を震わせジャックを見る。


『自分が存在しなければよかったなど、死んでも言うな!』


『でも、私じゃなかったら!

 だから……だから、私が消える事で、時使いが生まれるのなら

 私は……』


『黙れ』


いらない人間でしょう? と続ける前にさえぎられれる。


『……』


その時の私は、本当に自分を価値がない人間だと思っていた。

今も……。


……。


俯いた私に、ジャックが深く溜息を吐いて


『今の時使いが、ぽっくり逝って

 二進も三進も行かなくなった時は、俺が助けてやるよ。

 だから、お前は気にするな。お前にはお前にしかできない事がある』


そういって、頭を撫でてくれたジャックに私はそれ以上反論することなく

ただ頷いた。


時使いが見つからない状態に、ギルドの空気が張り詰めている時に


彼の居場所がわかった。

ドラムからの報告で、色々と疑問に思う事はたくさんあったが

国と関わっているかもしれないということから

ドラムには、深く立ち入らないようにと注意をし

ギルドに顔を出した時点で、用件を伝えるようにとだけ告げた。


後日、依頼の内容は知らされなかったが

リペイド国王から、ギルドに手紙が届く。彼が受けている依頼に

支障がでたかもしれないから、違約金が発生する場合その金額を

リペイドが持つということだった。


リペイドで彼が何をしたのか、探らせたけれど

全くといっていいほど情報は得られなかった。


彼が受けていた依頼をみると、月光のアギトが出していたもので

アギトに内容を問い合わせると、薬の依頼だと返答が来た。

期限は設けていなかったとのことから、気にする必要はないらしい

リペイド国王にも、そのように伝えておいた。


総帥の仕事しつつ、私はあの日探すと決めたものを探す為

この国を作った、初代のことを片っ端から調べていた。

調べても調べても、私が知りたい事は手がかり一つ見つからない。


サフィールに聞こうかとも思ったけれど

頭のいいサフィールの事だから、私がやろうとしていることを

感づかれてしまう可能性があるために聞けなかった。


ギルドの信念を破ってまで、調べる事もあった。

私が手を出そうとすると決まってヤトが、横から手を出してきた。

私のやろうとする事を妨害し、妨害できないと分ると自分が手を下す。


制約が発動して、体に痛みが出るだろうに。

私自身も体の痛みに襲われるが、体の痛みより心の方が痛かった。

自分が空っぽになっていく感覚。ベッドに横になっても寝れないために

フラフラと起きて、海を眺めに行く生活が続く。


それでも、何一つ見つからない。

私の人生は手に入らないもの、見つからないものばかりだ……。


胸にあいた穴を、昼間は仕事をする事で埋め

その合間合間の時間を、探し物を探す事で無理やり埋めた。


とうとう、キューブの在庫が怪しくなってきて

キューブの分配を減らす方向で会議をしていた時に

リペイドのギルドマスターから、時使いと思われる魔導師を見つけたかもしれないと

連絡が入る。逃がしてはいけないと、リペイドの国に人用の転送魔法陣使用許可を

申請する。


人用の転送魔法陣を使う場合は、数日前から連絡を入れ

どういう人物が転移魔法陣を使用するのか、目的は何かを明確に告げなければいけない。


だが今回は、そんな悠長な事を言っている時間がないため

転送する人物が問題を起こした場合、ギルド側が全ての責任を持つという

誓約書を送り、リペイドに金貨100枚を支払う事ですぐに使えるようにしてもらった。


そこで名前があがった人物に、私達は驚きを隠せなかった。

ギルドの依頼も余り受けていない人物が、問題行動以外で

こう何度も耳にする事は余りない。彼はどんな人物なんだろうと少し興味を持った。


時使いをギルドに引き入れる為に、リペイドに飛んだハルマンは

彼を連れてくる事が出来なかった。ハルマンが持って帰ってきたのは時の魔道具。

そういうものをすぐに作り出せる人物を、今すぐに確保するべきだと

黒にあげて制約をつけるべきだと言う声が上がるが、冒険者としての経験もあまりない

彼の人となりもよく分らない。彼の噂は酷いものばかり。


黒にあげるのはどうかということになり、見送られた。

ガーディル、クット、リペイドのギルドマスターとハルマン、ナンシーは

黒にあげても問題がないという返事を貰っていたけれど。


大体、黒を受けるかどうかは自由意志なのだから

今までの様子から見て、彼が素直に頷くとは思えない。

彼は何処か、何時も自由に世界を歩いていたジャックに似ていると感じていたから。

噂がどうであれ、私の彼の印象は、悪いものではなかった。


時の魔道具は、本当によく作られていて全く問題がなく

問題があったとしたら、ギルドでも忙しい立場にいるハルマンしか使うことが

できないという点ただ一つだった。


薄暗い倉庫で、愚痴と泣き言をいいながらキューブに魔法をかける

ハルマンの後姿を、幽霊と間違えて悲鳴を上げそうになったのは秘密。


目に隈を作り、憔悴していくハルマンを心配してナンシーが

彼を探して対策を考えて欲しいと要望があがり、彼を探すが

トキトナを最後に、彼の足取りは全くつかめなかった。


彼が行方不明の間に、リペイドとサガーナから彼等と専属契約を結びたいと

要望が来る……。リペイドはともかく、サガーナから要望が来るのは初めてのことで

サガーナが国として動き始めた理由を、私達は知る必要があった。


その鍵を握るのは、唯1人。

だけど本人は行方知れず……。ハルマンは何度目かの逃亡を図っていた。


私が探すものは、いまだ見つかっていなかった……。




読んで頂きありがとうございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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