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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ベニラン : 旺盛な探求心 』

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『 大食い競争 : 後編 』

* 長くなったので分けました。

同日更新となっておりますので、『大食い競争:前編』から

読んでいただけると嬉しいです。

 アルトにとっては、アギトさん達が殺気を放っていた事も

飲み比べをして倒れた事にも、全く関心がなく眼中にもなかったようだ。

ただ一心に、大食い競争。それしかないという目を僕に向けていた。


「……」


何時始まるのといわれても……。

どう答えればいいんだろう。


「大食い競争か……。

 エリオとアルトだけなのは、寂しいだろうから

 他に参加したいものはいるかー」


「おやっさん、俺達も参加できるんすか?」


「勝ったら、賞品はもらえるんですかね?」


「なら、私も出ようかなぁ」


「女神の硬貨か……俺も欲しいな」


「僕も参加したいわけ」


サフィールさんが、ぼそっと呟く。


「サフィは勝てないと思うのなの」


「僕もそう思うけどさ、賞品は魅力的なわけ」


「そうだの……。

 セツナよ、お前さん本当にその硬貨を賞品にするつもりか」


「はい。

 賞品は豪華な方が、盛り上がるでしょう?」


「それはそうだが……」


「楽しければいいんじゃないでしょうか」


僕の言葉に、バルタスさんが笑い出す。


「はは、ははははは。

 お前さんは、本当にジャックの弟子なんだな」


バルタスさんの言葉に、黒以外の全員の視線が僕へと集まる。


「ジャック?」


「あの伝説の?」


「黒の中の黒の弟子!?」


「アギトちゃんの、憧れの人?」


「本当に?」


「まじかよ……」


「セツっち……」


サーラさんや、クリスさん達まで驚いていると言う事は

アギトさんは、その事は話していなかったようだ。


「ジャックは……なにかしたんですか?」


ジャックの弟子? 弟子? 何か嫌だ。

カイルはいったい何をしたんだろう。碌な事をしていないきがする。

それは今日1日街を周って、実感した事だ。


「ジャックが動く理由は、自分が楽しめるか楽しめないか

 だったらしい。こんな飲み会の最中に、いつの間にかいて

 飲み比べをさせ、煽り、勝者の顔が青くなるくらいの賞品を渡したそうだ」


「……」


「お前さんは……ジャックより常識があるように見えるが

 やはり何処か、非常識なところが似ているように思った」


「全く嬉しくないですね」


非常識という言葉が、何気に胸に突き刺さる。


「怒るな。怒るな」


「僕もジャックに、魔法を教えてもらいたかったわけ」


サフィールさんが、視線を何処か遠くへ飛ばし

その顔には、穏やかな笑みを浮かべている。


「私は、一戦戦ってみたかった」


アギトさんも、何かを懐かしむようにサフィールさんに頷いた。

ジャックは、カイルはちゃんとここで生きていたんだ。

花井さんも、カイルも、ガーディルの勇者ではなくこの世界の一員として

人の記憶に残る生き方をしてきたんだ……。誇れる生き方を……。


「すまん。大丈夫か?」


「え……?」


「いや……」


「大丈夫です」


「そうか。まぁ、お前さんがいいというのなら

 その硬貨は、ありがたく賞品にさせてもらうか」


バルタスさんのその一言で、テンションが一気に上がる。


「おぉぉ!!」


「食うぞ!!」


「まけねぇぇぇぇ!」


「俺っちも負けない!!」


「俺も負けない!」


アルトが、負けずに宣言している。

その様子に、思わず笑う。


「だが、さすがに人数は絞る必要があるな。

 厨房も人手が足りなくなるだろうし、皿を運ぶ奴も必要になる」


「1チーム2人。それでいいじゃろ」


「2人!!」


「俺が出る!」


「私よ!」


「ふざけるな! 俺だ!!」


酒肴は人数が多い分、誰が出るかでもめている。


「師匠ー。師匠もでるの?」


「僕は、参加しない」


「えー」


アルトが不満を、声を出すが

どう考えても、アルト1人でその他のチームの2人分以上の

料理を平らげるにきまっている。


「フィーもでれるわけ」


「私は、硬貨に興味はないのなの。

 サフィが、頑張ればいいのなの」


サフィールさんが、フィーに参加するように求めるが

けんもほろろに断れていた。


「サフィールがでるなら、私も参加するか」


「……望むところなわけ」


アギトさんは、サフィールさんを煽るためだけに参加するようだ。

サーラさんが、こっそり溜息をつきながらアギトさんとサフィールさんを見ている。


「俺っちがでるから!!」


アギトさんの参加表明に、エリオさんがクリスさんとビートを見た。


「いや……誰も参加したいっていってないだろ?

 兄貴も、参加しねぇって。大体、エリオとアルトに

 勝てるきがしねぇ」


「確かに……。まぁ、エリオ頑張れ」


「おー! 頑張るしかないっしょ!!」


クリスさんの応援に、エリオさんがやる気を見せる。


「……アラディス。君がいけ」


「私は……」


「……硬貨を期待して待っている」


エレノアさんが少し俯き、上目遣いでアラディスさんを見て

硬貨が欲しいと、伝えた。多分、アラディスさんは断ろうとしていたようだけど

エレノアさんの態度に、アラディスさんはエレノアさんを抱きしめて

任せてくれと言い切った。


抱きしめられたエレノアさんの表情を、剣と盾のメンバーが見て

苦笑をこぼし、「あいつは、死ぬまでエレノアの掌の上で踊るんだろうな」と話している。


僕はそっと、エレノアさんとアラディスさんから視線を外した。

僕は何も聞かなかった。


剣と盾は、アラディスさん1人参加ということで

もう1人の参加枠を、酒肴に譲っている。僕もサフィールさんも同じように酒肴へと譲った。

酒肴の参加枠が5人となった事で、その枠を巡っての口論は激しくなっていく。


それはもう……子供の喧嘩レベルで。

好き嫌いがあるとかないとか、胃腸が弱いとか弱くないとか

1週間前に、腹を壊していただろうとか……。お前は手を怪我しているだろうとか

肉を調理した奴は帰れとか……。バルタスさんとニールさんが苦く笑い

今から、勝ち抜き戦をすると遅くなるなぁ、と誰を参加させるかで悩んでいた。


何人かは、"虎殺し"を飲んで酔い気持ちよさそうに寝ている人も居る。

寝ている人の中に、次に調理する人がいたらしく蹴飛ばされているけど

反応が全く無いようだ。


僕が酒肴の様子を眺めていると、バルタスさんに何かいい方法を知らないかと

聞かれたので、人数分の紙を用意しそこに名前を書いてもらい

名前の書かれた用紙を袋の中に入れ、バルタスさんに5枚引くように告げた。


「おぉ、面白い方法があるんだな!」


僕のやる事を不思議そうに眺めていた人達が、その意味を理解すると

バルタスさんに、自分を当てろと一斉に口を開いたのだった。


「おやっさん! 俺、俺を当ててくださいよ!」


「おやじんさん、私を外したら恨みますからね!」


「おふくろ様に、色々ばらしちゃうんだから!」


「おい……」


「おやじ、僕を選んでくれるよな!」


「俺だ!、俺の名前を引くに決まっているだろ!」


「はぁ? 酒でも飲んで寝れば!」


「お前が寝ろ!」


「日頃の行いがいい、私に決まっている」


「お前が当たるなら、俺が当たる」


「……」


バルタスさんがそっと、その袋をニールさんへと渡した。

その瞬間、全員の口がピタリと閉じる。


ニールさんは、袋の中に手を入れ適当に5枚取り出し

名前を呼んだ。選ばれた人は飛び跳ねて喜び、外れた人は

がっくりと膝を突いていた。


ニールさんが、指示してテキパキとテーブルと椅子の配置を換えていき

厨房に入る人を指名して、行くように告げ、盛る料理が同じ量になるように

気をつけろと注意する。


ニールさんの指揮であっという間にその準備が整ったのだった。

僕は自分の席に戻って座り、セリアさんと心話で話していた。


『優勝は、エリオかアルトだと思うワ』


『酒肴の人も結構食べる人がいるようですよ』


『2人にはかてないと思うワ』


『僕もそう思いますけどね』


アルトだけでなく、エリオさんも細身の体にこれでもかというほど

食べ物を詰め込む。それでも勝つのは、多分アルトだろうなと心の中で思いながら

アルト達を眺めていた。


『セツナ……』


セリアさんの少し沈んだ声が響く。


『どうしたんですか?』


『貴重なものを、賞品にしてしまってよかったの?

 私が……私の……』


『……』


『私のためでしょう?』


僕はセリアさんの質問には答えなかった。


『セリアさん、みんな楽しそうですね』


『え……?』


『きっかけは何であっても、今みんなが楽しそうです』


大食い競争のきっかけは、セリアさんの行動に

エリオさんが機転を利かせたおかげだ。


『そうね……』


『悪い方向へと流れないでよかった。

 いい方向へ流れたのなら、それが楽しめるものになったのなら

 僕は、それでいいんじゃないかと思うんです』


『だけど、セツナはなにも得ていないワ』


セリアさんから届く声は震えていた。


『確かに。僕の手の中には何も残らないかもしれません』


『……』


『だけど、アルトの楽しそうな姿も

 そして、セリアさんの楽しそうな顔も僕の心に残ります』


『っ……』


『僕は、それが嬉しい』


『……』


大切な人が、落ち込んでいる姿を目にするというのは

心がざわつくし、楽しそうにしている姿を見れば同じように

楽しい気持ちになる。なら、何時も笑っていて欲しいと思うのは

人として当たり前のことで、普通のことだ。


アルトが、酒肴の獣人族の青年に頑張れよと声をかけられている。

アルトは、少し緊張した面持ちでそれでも笑って、負けないと返していた。

獣人族の女性もその中に混ざり、アルトの頭を撫でていた。


そのさわり心地が気に入ったのか、どうしてこんなにサラサラなのと聞かれ

僕が作った石鹸を使っているからだと答えている。


石鹸で洗っているからじゃなくて

その後に、髪専用のオイルを作って塗っているからなんだけど……。


石鹸だけですませると、アルトの毛がごわごわになるので

アルトのために……いや、毛のさわり心地をよくするために作ったのだ。

寒い日に、狼になったアルトと一緒に寝ると幸せな気持ちになれる。


暖かいし、毛並みは柔らかいしとても癒される。


アルトが僕に視線を向けて、楽しそうに笑う。

アルトの視線の先を追った、獣人族の人達と視線があった。


その目の中に、敵意も嫌悪も何も無かった。

先程、"虎殺し" を飲んだときも、僕の心配をして水をくれた。

彼等が、サガーナからどんな情報を得たのかは知らないけれど

僕とアルトを、認めてくれているのがわかるから。

僕の心は少し軽くなっていた。


その事に気がつくきっかけも、今この状況があるからだった。


アルトの横に居るエリオさんを見る。

僕のほうを見ているはずなのに、僕と視線があうことはない。

エリオさんの視線は、僕の隣に注がれていたから。


彼には、セリアさんの姿は見えないはずなのに。


『セリアさん。誰が勝つかかけませんか?』


声を出さずに泣いていたセリアさんに、僕はそう声をかける。


『僕は、アルトが勝つと思うんです』


『私もアルトが勝つと思うワ!』


『エリオさんじゃないんですか?』


セリアさんの、困惑したような感情が僕の心に届く。

セリアさんも、エリオさんの視線に気がついている。


『……気のせいじゃないと思う?』


『思います』


『気持ちを伝えられないように、気をつけるワ』


『……』


それは気をつけることが出来るものなんだろうか……。


『エリオには、私が愛しているのは唯1人だと

 伝えたのよ?』


『昨日の夜ですか?』


アルトが寝た後、庭でお酒を飲もうと思って外に出たら

セリアさんとエリオさんが、2人で何かを話していたのだ。


こんな時間に、どうしたのかと尋ねたら

お散歩から帰ってきたら、エリオさんが池のお魚を

食べようとしてたから、止めていたのヨ、とわけのわからない答えが

かえってきたので、それ以上立ち入るのはやめた。


『そう』


『まぁ……どうにも出来ないですよね』


彼女が幽霊である時点で、エリオさんの恋が成就することはない。

それは、エリオさんが一番わかっていることだと思う。

わかっていても、惹かれたんだろう……。

その気持ちはわかるような気がする。


彼女の持つ雰囲気は明るく暖かい。

一緒に居て楽しいし、包み込んでくれる優しさを感じる時もある。

僕も彼女が居る事で、危ないところを救われている。


片思いは、苦しい。

届かない、届けられない想いを胸に秘めるのは……。


テーブルの上にあるお酒を、自分のグラスに注ぎ

胸の中にある、やるせない気持ちを無理やり流し込んだ。


大食い競争の参加者が、椅子に座りその前に料理が運ばれ

アギトさんとサフィールさんは、睨みあい。

アルトとエリオさんは、楽しそうに皿の料理を見つめ。


アラディスさんは、真剣な表情でフォークを握っていた。

酒肴の5人は、まだ口論している。

若い人が多いので元気が有り余っているんだろう。


「腹がはちきれるまで食え!!」


バルタスさんの物騒な掛け声で、大食い競争が開始されたのだった。

全員が一斉にフォークを動かし食べ始める。


大食い競争に参加できなかった人は、誰が優勝するかで賭け始め

僕とセリアさんだけでは、賭け事にならなかったが

酒肴のメンバーの人が、僕のところにも聞きに来てくれた。


一番人気はエリオさん。

二番人気はアラディスさん。

三番人気が酒肴の1人だ。


僕は迷わずアルトに入れた。

僕以外にもアルトに入れている人が居る。


サーラさん、クリスさん、ビート……エレノアさん?


サーラさん……アギトさんに入れなかったんですか?

クリスさん、エリオさんを応援していましたよね?

ビートはともかく……エレノアさん……。


必死の形相で、食べ物を詰め込んでいるアラディスさんをみて

とても切ない気分になった。セリアさんは、賭けの用紙を見て

お腹を抱えて笑っている。


フィーが、ちゃんとサフィールさんに入れていた事に

少し心が癒された。


どんどんと料理が運ばれ、皿が積み上がっていく。

酒肴の3人が脱落して、苦しそうにお腹を抱えていた。


「もう……くえねぇ……」


そして、酒肴の4人目が今落ちた。

アルトとエリオさんは、黙々と目の前の料理を平らげていく。

その表情はまだ余裕がある。


「サフィール、お前もう諦めたらどうだ?」


「お前が先に、諦めるといいわけ」


「はっ、お前より先に諦めるとかありえないだろ?」


アギトさんとサフィールさんは相変わらずだ。

アラディスさんは、フォークを持つ手が震えていた。


「……アラディス、頑張れ」


エレノアさんが、アラディスさんに声をかけると

アラディスさんが、はっとしたように背筋を伸ばし震える手で

フォークを口に運んだ。


「……」


鬼だ……鬼が居る。


「おい! 料理を作る速度を上げろ!」


「無理無理無理無理無理!!」


ニールさんが厨房に命令を出すが

厨房から返ってくる声は、悲惨なものになっている。


「おやっさん! 食材がたりねぇぇ!」


「明日の分をまわせ!

 お前、下から運べ!!」


「おやじぃぃい、手が攣って死ぬ!」


「気合で何とかしろ!」


「料理を早く作れ!!」


「無理無理無理無理無理無理!!」


「……」


『ひっ……ひっ……』


セリアさんは、ずっと笑っている。

サーラさんも、クリスさん達もアギトさんやエリオさん

アルトを応援している。獣人族の人達もアルトを応援してくれているようだ。


酒肴の5人目が、ここで脱落する。

アギトさんとサフィールさんも、もう一杯一杯のように見えるが

どちらも、相手よりも先にフォークを置くのが許せないのか

ゆっくりでも、料理を口に運び続けていた。


料理を2分間口に運ぶ事が出来ないと、そこで失格になる。

そして、アラディスさんが突然白目をむいて椅子ごと後ろに倒れた……。


酒肴の2人が、アラディスさんを抱えて広い場所へと移動させ寝かせ

倒れてうなされているアラディスさんに、エレノアさんが近づき膝を折って

アラディスさんの髪をそっと撫でた。


「エレノアちゃんは、相変わらずアラディスちゃんを困らせてるのね」


「……フフ。一生懸命な姿が可愛いだろう?」


どうやら何時もの事らしい。

意識が戻ったら……アラディスさんに消化剤を渡す事にしよう。


うなされているアラディスさんを、介抱しているエレノアさんを見て

僕の中のエレノアさんの印象が大きく変わる。いや……アラディスさんを

そそのかしていた時点から、変わりつつあったけど。


エレノアさんは、余り表情が変わらない人で傍にいると

思わず背筋が伸びるような雰囲気を持っていた。

だけど、アラディスさんに見せている表情や見ている表情は

女性らしい穏やかなもので、エレノアさんにとって

アラディスさんは、特別なんだろうと感じさせた。

もしかしたら、酔っているのかもしれないけれど……。


大食い競争は、佳境に入り


アギトさんと、サフィールさんの手がほぼ同時に止まる。

今フォークにささっている、料理を食べる事が出来たら相手に勝つことが出来る

そんな感じの空気に、周りが固唾を呑んで見守っているが2人ともフォークを

口に運ぶ事が出来ずに、2分が経過した。


アギトさんとサフィールさんの勝負は、引き分けに終わったようだ。

引き分けだとわかったと同時に、2人はテーブルに額をつけて動かなくなった。


そしてやはりというか、最後まで残ったのはアルトとエリオさんだ。


「アルっち、そろそろ終わってもいいぜ?」


「俺はまだ食べる!」


「俺っちも、まだまだ入るもんね!」


「俺、おかわり!」


「俺っちも!」


2人の食べっぷりに、周りは何も言えないようだ。

エリオさんはともかく、アルトがこれほど食べるとは

月光のメンバー以外、誰も思っていなかっただろう。

エレノアさんはのぞいて……。


「親父! 食材がたりねぇ!!」


「お……お前、下に行って追加の食材をとって来い」


「おやっさん、厨房の交代を!!!!!」


「おい、誰か交代してやれ!」


人数が減った事で、普通なら料理を作る速度を下げてもいいはずなのに

アルトとエリオさんの食べる速度がさらに上がった為

ニールさんが慌てて、厨房へ指令を飛ばしていた。


「おい! 料理を作る速度を上げろ!!」


「無理無理無理無理無理無理無理!!!!!!」


「誰か、下ごしらえを手伝え!!」


「おい、そろそろ皿の料理がなくなるぞ!」


「無理ぃぃぃぃぃぃ!!!」


「もう、食べれる食材をそのまま出してもいいか!?」


「ふざけた事を言ってないで、手を動かせ!」


「……」


『あははは、あははははははは

 駄目、死ぬワ、死にそうだワ』


セリアさんは幽霊ですから、死にませんよ。


「エリオはともかく……。

 アルトの、あの体のどこに、あれだけの量の料理が入るんだ?」


厨房から出てきたフリードさんが、積み上げられた皿を凝視しながら

ビートの隣で、呆れたように声をかけていた。


「アルトとエリオは、最後まで食べてるからなぁ」


ビートが苦笑しながら、フリードさんに答えている。

アギトさんとサフィールさんが、動けるようになったのか

よろよろとテーブルまで来て、自分の席に座った。


「セツナ。薬をくれ」


僕は鞄の中から、消化剤を取り出してアギトさんへと渡す。

水を飲むのも嫌だといいながら、消化剤を口に入れて無理やり水を飲んだ。


「サフィールさんも飲みますか?」


僕の言葉に、サフィールさんも頷き手を伸ばしたので

その手の中に、薬をのせた。


「私にも……くれ……ないか……?」


アラディスさんが、青い顔をして僕を見る。

どうやら意識が無事に戻ったらしい。


「すまない……」


だけど、薬を飲んですぐテーブルの上に突っ伏して動かなくなった。

エレノアさんは、サーラさんと違う席に座って話している。


バルタスさんとニールさんは、青い顔をして

アルトとエリオさんを眺めていた。厨房は相変わらず賑やかだ。


時おり聞こえてくる、「無理無理無理無理」という声に心の中で謝る。

アギトさんの胃が落ち着いてきたのか、溜息をこぼし苦笑しながら

まだ食べている2人を見た。


「アルトがあれだけ食べるとなると

 昨日の夜は、足りなかったんじゃないか?」


「いえ、普段はあの量で十分みたいなんですが

 宴会や……こういう類の競技になると、際限なく食べます。

 以前、大食い大会に参加したときも優勝していますから」


僕はあの時に誓ったんだ。

アルトと一緒に、大食い大会には2度と参加しないと。


「……」


「……」


「エリオさんも、相当食べていますよね」


「ああ、でもそろそろ限界だろう」


エリオさんの顔が苦しそうに歪んでいる。

アルトは、まだもくもくと食べているけれど……。


「本当にどうなってるわけ?」


「さぁ……僕にもよくわかりません」


「体は大丈夫なのか?」


「はい。健康そのものです」


「勝負がついたかな?」


エリオさんの手が止まる。

口元に、料理を持っていくけど食べる事が出来ずに2分が過ぎた。

バルタスさんが、エリオさんを止めアルトの優勝を告げた。


「優勝は、アルトだ!」


その瞬間、その場の全員から拍手と歓声がおこった。


「やったぁ! 俺の勝ちだ!」


「負けた……」


「アルトおめでとう!

 お前さんが、この中で一番胃袋の強い男だ!!」


胃袋の強い男……。


バルタスさんがアルトを褒め、口々に周りの人達もアルトを褒める。

ニールさんから、賞品を貰い照れたように笑った。


「師匠! 俺が優勝した!!」


アルトは満面の笑みで、僕の傍に来て褒めてくれという目で見ている。

その耳も尻尾も、幸せそうに動いていた。


「うん、すごいね! おめでとう!!」


「美味しかった!」


「よかったね」


「うん!!」


「あぁ……俺っちが、絶対勝つと思ったのになぁ……」


エリオさんが、肩を落としながら歩いてくる。

アルトとエリオさんが平らげた皿の数を見て、それぞれが驚きや

驚愕の表情を浮かべながら、自分の椅子へと戻り参加者を慰めたり

怒ったり、笑い、自分のお金が減った人達は泣き、店内はとても賑やかな

空気が流れていた。反対に厨房から音は全く聞こえない……。


「賭けの配当は、サーラ、クリス、ビート、エレノア、セツナが受け取れるな」


バルタスさんが、小さな袋にお金を分けて入れ渡してくれる。

エレノアさんの名前が呼ばれたとき、アラディスさんが驚愕の表情を浮かべて

エレノアさんを見ていたけれど、エレノアさんはアラディスさんに綺麗に笑って

答えた。


「うぅ……」


動けるようになっていたアラディスさんが

今度は、精神的にダメージを負い動けなくなっていた……。

気の毒としかいえない……。


「……誰も、俺っちにいれてくれなかったのか?」


エリオさんの呟きに、サーラさん達は視線をそらす。


「酷い……」


エリオさんは、動けていたけれど

アラディスさん同様、精神的ダメージで撃沈する。


「師匠ー」


「うん?」


大食い競争に参加しなかった人の前に、余った料理が運ばれ

胃に余裕がある人の中に消えていく。


「俺、この硬貨はいらない」


「……」


「……」


「……」


アルトがそう言って、僕に硬貨を渡した。


「この硬貨が、どういうものか聞いたんでしょう?

 アルトの戦闘の役に立つと思うよ?」


「そうなんだけど……」


耳をピコピコと忙しなく動かし、何かを言いかけようとするが途中で止める。

賞品を変更して欲しいというのは、自分の我侭だとわかっているんだろう。


「アルトは何が欲しいのかな?」


「……言ってもいいの?」


「本来なら、賞品の交換というのはされないのは理解している?」


「うん」


「なら今回だけ、アルトが欲しいものをあげる」


「本当!? 本当に!!」


「うん」


アルトと僕のやり取りを、お酒を飲みながら、または食べながら

微笑ましそうに、それぞれの位置で眺められていた。


「俺ね、俺、時計が欲しい!」


「時計?」


「うん、懐中時計が欲しいんだ!」


「昨日、お金が手に入ったよね?」


「そうなんだけど、俺が見つけた時計に足りなかったんだ……」


「金額は?」


「金貨2枚」


「それは、中々高価な時計だね」


昨日のお金を使わなければ、時計は買えた筈だけど

本を買ったり、お祝いの品を買ったり、買い食いしたり

買い食いしたり、買い食いしたりで買う事が出来なくなったんだろう。


「そうなんだ。だから諦めたんだけど

 俺がお金をためる頃には、売れているかもしれないでしょう?」


「そうだね」


「だから、俺……」


「後悔しない?」


「後悔?」


「そう。女神の硬貨は金貨2枚よりももっと高い値段がつくんだよ。

 それを売れば、アルトが欲しいものを全部買ったとしても

 お釣りが来るぐらいのお金が手に入る」


アルトは僕の言葉に、一瞬視線を揺らしたけど

それは本当に一瞬だった。


「うーん……。

 師匠が、俺にくれるものを俺は売りたくないんだ」


「……」


「俺にとって、師匠がくれるものは

 全て俺の宝物だから」


「そう……」


「うん」


アラディスさんが、アルトはいい子だねと呟いている。

エレノアさんが、同意するように頷き、サーラさんがいい子でしょうと

自慢していた。


サフィールさんはもったいないと呟き、アギトさんは笑みを浮かべ

バルタスさんとニールさんは、大食い競争の後処理をしながら僕達の会話を

聞いており、アルトの言葉に目を細めてこちらを見た。


「なら、明日時計を買いに行こうか」


「本当!? 本当に??」


アルトが熱心に、1つの時計を見ていたのは知っていた。

僕に欲しいと強請るかなと思っていたけれど、アルトは口に出さなかった。

勉強に使うもの以外は、自分で購入してね、と言った事を覚えていたようだ。


「うん」


「やったぁ!!」


全身で喜ぶアルトを見て、ビートは相変わらずセツナはアルトに甘いと呟き

サーラさんは、よかったわねとアルトに告げ、エリオさんは俺っちも明日一緒に

ついていこうと言っている。


僕達が話している間に、厨房が稼動し始め

それぞれのテーブルに、果物の盛り合わせが運ばれ


大食い競争の参加者は、食べ物を見ないように心がけ

酒肴のメンバーの人が、僕に5人分の薬を分けて欲しいと来たり

アルトがまだ、果物に手を伸ばしているのを周りが唖然と見ていたり。


雑談したり、徐々に酔いつぶれる人が増え床に転がっているのを

片付けをするメンバーに踏まれて、悶絶する姿が目に入りそっと視線をそらしたり。


セリアさんは、大人しく僕の隣に座ってその光景を眺めて笑い

フィーは、サフィールさんと明日の買い物の予定を立てていた。


僕はといえば、バルタスさんからの質問に答えたり

エレノアさんからの、質問に答えたりしながら話をしていく。


エレノアさんに、フィガニウスの角を1本譲り

その角を見て、剣と盾の人達が同じテーブルに着いて

槍の作成について熱く語り始め、アルトが興味を持ったのか

剣と盾のメンバーの中に、ちゃっかり入って話を聞いていた。


その中にクリスさんが入っていたから、アルトも入りやすかったようだ。

アルトを子ども扱いせず、真剣に意見を聞いてくれている。


僕の手に戻ってきた女神の硬貨は、2枚とも暫く

サフィールさんに貸し出す事になった。


きっかけは、サフィールさんが女神の硬貨の記録をとっていると

アギトさんが僕に告げたからだ。


そこから、サフィールさんの研究内容を聞き。

どういう図柄あるのかを、事細かく教えてくれたけど

はっきり言って、知らなくてもいいことだった。

聞かないようにしようと思っていたのに。


自分の研究内容を語るサフィールさんは、この2日の間に見ていた

毒舌仕様ではなく、本当にこの分野の研究が好きなんだと思わせるほど

真剣にそして、熱心に僕に教えてくれる。


硬貨は、1枚として同じ図柄はないけれど

サフィールさんが見てきた硬貨の中で、11枚は共通する点が一箇所だけあり

5枚の硬貨には、別の共通する点が一箇所あるらしい。


だけど、11枚の硬貨の図柄は動物だったり、武器だったり、道具だったりと

その図柄に統一性はなく、なぜこの11枚の硬貨の一箇所が共通したものなのかが

わからないと頭を悩ませていた。動物が多いけど、1枚だけ魚の図柄があり

サフィールさんが見たことのない、生き物も描かれていたそうだ。


「なにか知っている事はないわけ?」と聞かれたけど

知りませんとしか答える事が出来ない。

今度、その図柄を見せてやるわけと言ってくれたが見なくても想像がついた。


サフィールさんの説明から、その硬貨は多分12枚で1セットになると思う。


5枚の硬貨は、今のところ全員が女性の図柄だそうだ。

サフィールさんは、女神と上位精霊じゃないかと思うといっていたけど

違うと思う。


言わないけど……。そうなると……僕が持っているこの硬貨……。

きっと、5枚の硬貨から6枚の共通した硬貨となるんだろうな。


硬貨の話を一通り終えたサフィールさんが、最後に僕に告げたのは

僕の持っている硬貨を、暫く貸してほしいということだった……。

ああ、毒舌仕様じゃなかったのは自分の目的の為だったんですね。


こういう所は、流石に黒としか言いようがない。

仕事になると、すっと毒舌仕様を隠してしまうに違いない。


そんな感じで、夜遅くまで、賑やかに宴会は続いたのだった。

帰る頃には、アルトの電池は切れて僕が背負って帰る事になったけど

セリアさんが僕の隣に浮きながら、寝ているアルトを幸せそうに眺めていた。


セリアさんも楽しかったようだ。


アギトさんの家に着き、今日はもう遅いからということで

各自が早々に自分の部屋へと入っていく。


僕もアルトを寝かせ、お風呂に入ってソファーに座り

暫く今日1日あったことを思い返しながら、静かな時間を過ごしていた。


アルトが寝返りを打ち、楽しそうな寝言が聞こえる。

僕はアルトを起こさないように、魔法を使ってそっと部屋を抜け出した。



* セリアとエリオの会話の話は

【刹那の破片 : セリアとエリオ】で記述しています。

特に、読まなくても本編にはさほど影響はありません。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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