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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 姫藪蘭 : 新しい出会い 』

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 『閑話 : 前総帥の過ち 』

* 前総帥視点。

 先ほど見た光景に溜息を付きながら歩いていると

前方に、ヤトの姿を見つけ声をかける。

私の声に、ヤトはゆっくりと後ろを振り返り頭を下げた。


「大丈夫か、疲れているようだが」


精神的に疲れているのを知っていながら

そう声をかけることしか出来ない。


「大丈夫です」


「そうか。サクラはどうだ?」


「部屋に篭ったきり、出て来ません。

 呼びかけにも答えませんでした」


「困った事だな。ヤトにも苦労をかける」


「いえ」


何があったのかは、ヤトから全て聞いていた。

総帥……サクラと、セツナという青年のやり取りも

青年が見せた、初代の記憶も全て私と妻、娘のリオウと

サクラの両親と共に見ている。


リオウは、その映像を見た後青年を探してくると

飛び出して行ってしまったが、見つける事は出来たのだろうか。

サクラの父であり、私の弟であるオウルとその妻であるマリアは

青い顔をして、言葉をなくしていた。


「前総帥、リオウは?」


「まだ帰っては居ない」


「……」


ヤトが心配そうに目を細める。


「探してきます」


私にそう告げ、立ち去ろうとするのを止め

私も同行する事に決めた。2人で、リオウが立ち寄りそうな所を

探すが見当たらない。今のリオウは、そう長い間外出は出来ない体だ。

どこかで倒れているのかもしれないと思うと、嫌な汗が背中を伝う。


リオウが好きな庭園へと足を踏み入れた時に、人の話し声が聞こえた。

若い青年のもの。ヤトは眉間にしわを寄せ、腰にある剣へと手を伸ばす。


ヤトの肩を抑え、気配を消し声の聞こえた方へと2人で近づく。

その先に見たものは、意識を失っている私の娘と1人の青年。


私の心中も、穏やかではないが剣呑な光を瞳に宿しているヤトを

先ず止める事に、理性を傾ける。ここでヤトが力を使おうものなら

娘まで巻き込む可能性があるのだ。


「自分の命を削りながら、自分の魔力を封じるとか

 何を考えているんでしょうか……」


青年の呟きに、私達が隠している事を彼が知っていることに驚いた。


「理由はわかりませんが、この状態を長く続ければ

 続けるほど、リオウさんの命は削られていく」


そう言って静かな瞳をこちらへと向けた青年の瞳は、淡い紫色だった。

彼の私達を非難する言葉に、心を抉られる。

誰が好き好んで、娘の命を削りたいものか……。


「貴様が何故ここにいる」


「迷いました」


「嘘をつけ!」


「本当ですよ?」


彼の言っている事は嘘だ。

だが、ヤトはそれ以上は追求できない。

険悪な表情を浮かべだしたヤトを見て、彼は1度溜息をつき


「取りあえず……」


そう言葉を口にした後、呪文を詠唱し

彼と私達を囲むように、結界を作り出した。

詠唱の短さに驚き、結界の精度に目を見開く。


そして次に、彼は自分のベルトから何かを抜き取り

地面へと刺し、娘の指から魔力制御の指輪を外した。


「やめろ!」


ヤトがそう叫ぶが遅い。リオウの封じられていた魔力が

一気に流れ出す。それと同時にリオウの顔色も少し回復したようだ。


「大丈夫です。

 僕の結界が、彼女の魔力を外に流さないようになっています」


その言葉に驚きつつも、周りが静かな事からそれが真実だと告げる。

魔力感知の鋭いものなら、駆けつけてくるに違いない。


「娘の魔力は、君よりも多いと思うんだけどね」


「僕だけの魔力ではなく、結界の魔道具の力も使っていますから」


私達に視線を向けず、娘を見たまま彼はまた呪文を唱え

娘の胸の上辺りに魔法陣が浮かび上がり

その、魔法陣がくるくると回り始めた。


「体内に残っている、過剰な魔力を吸い取っています」


「……」


私達が説明を求める前に、淡々と何をしているのかを告げていく。

それが本当かどうかなどわからないのだが、娘の頬に徐々に赤みが戻っていく

のをみると彼の言っている事は正しいのだろう。彼の魔力からは悪意も感じない。


それに、彼が娘を見る瞳がとても優しいのだ。

ジャックが、娘達を見ていた瞳と同じように……。

彼はジャックから、何を聞いたのだろうか。


重い沈黙がこの場を支配していたが、彼は気にもかけていない様子で

娘の上にある魔法陣を眺めていた。そして役目を終えたのか

魔法陣が静かに消えた。


彼は鞄から、指輪を取り出し娘の指へとはめる。

その瞬間、リオウの魔力がまた封じられていた。


「どうして、あんな粗悪品をつけていたのかは知りませんが

 この指輪だと、一生つけていても命を削る事はありません」


粗悪品……一流の魔導師が、作り上げた渾身の作を

粗悪品と言い切ったことにも驚くが、彼が娘の指にはめた指輪が

今現在、誰にも作る事が出来ないものだと、彼は知らないのだろうか?


娘がはめていた指輪は、これでもいいものなのだ。

一族の魔導師が、必死になって作り上げたものだ。

娘の指輪を、その魔導師達が見たらきっと発狂するに違いない……。


リペイドから戻った、ハルマンから報告は受けていた。

一瞬で魔道具を作り出したと、料理を作るように簡単に作ったのだと。

その性能も申し分なかった。ハルマンしか使えないというのが

問題点ではあったが、その問題も解決したようだ。


報告に来たナンシーが、非常識な方法で解決されましたと

伝えに来た事から、首を傾げながら倉庫を見に行ったが

彼女の言う通り、キューブに勝手に魔法がかかり

移動する光景を見てしまえば、やはり非常識だとしか

言いようがなかったのである。詳しくはハルマンが目を覚ましてから

聞く事になっている。


倉庫の光景に、溜息を付きながら歩いていると

ヤトを見つけ、そして娘を探していたら彼と会った。


その瞳の色を見たときから、今日一日噂されている青年だと気がついた。

その噂は様々だったが、以前収集した噂よりは良くはなっているようだ。

彼の強さというものを垣間見た者達が、そのランクに納得したせいだろう。

月光のアギトが、その方向へ誘導したという事は聞いている。


あの問題児が、そうまでして彼を守っている事に一番衝撃を受けたが

やはり、結婚し子供ができるとかわるものなんだろう。多分……な。


獣人の子供を弟子としている事で

人間と獣人、両方からよく思われていない彼を観察対象

もしくは、警戒対象として各ギルドへ通達は出していた。


サガーナから、子供の保護を求められたら対処しなければいけない。

彼が弟子だといっても、サガーナが理解できるとは限らない。

ガーディル、クット、リペイドのギルドマスターからの報告では

獣人の子供のほうが、青年に依存しており

それを引き剥がすのは困難との回答がきていた。


彼も子供を深く保護しており、その関係は良好。

その報告を受け、見守ることが最良との答えを出したばかりの所へ


竜の加護者を得たという、リペイドと

同盟を組んでいるとはいえ、人間を受け入れないサガーナの

両国から信用と、サガーナが2人の関係を認める旨の書状が届く。


国に関わって動けば、情報の1つ2つは

入ってきてもいいだろうに、彼の情報は全くと言っていいほど

入ってこなかった。彼自身、ギルドを信用していないのか

ギルドを頼る事も殆どしない。


なのに、薬の調合方法をありえない手数料で契約したり

時の魔道具を作り出しておきながら、その対価をふっかけたりも

しなかった。彼の思考というものが、誰にも理解できなかったため

その警戒はますます深まるばかりだった。


連絡を取るために探しても

全くといっていいほど、足取りがつかめない。

一族の諜報員ですら、手ぶらで帰ってきたのは

ジャックの行方を捜させた時以来だ。


まさか釣りをしているなどと、誰も思うまい。


まぁ……彼がジャックから、色々と教えを受けていると知って

その警戒は、得体が知れないという方向から

非常識な行いに、注意せよという警戒へ変化したのだが

どうやら彼は、ジャックと違って穏やかな性格らしい。


彼が逃亡する事になった経緯を、映像で見たが

あれは、誰でも逃げ出したくなるだろう。

だが、これがジャックなら逃げ出さずに

全員を転移魔法で、海の中へ沈める方法をとっただろうが……。


「それでは」


そういうと立ち上がり、彼が娘から離れ歩きだした。

ヤトはリオウのもとへと駆け寄り、呼吸を確認してほっと息をつき

すぐに表情を引き締め、彼を睨むようにして引き止めた。


「待て!」


ヤトの声に、青年が振り返り首を傾げる。


「なにか?」


「……」


呼び止めたはいいが、ヤトは言葉が出ないようだ。


「セツナさんだったかな」


ヤトの変わりに私が、彼に問いかける。


「そうですが、貴方は?」


「私は、オウカという。リオウの父親だ」


「そうですか、初めまして。

 僕はセツナといいます。それでは、また」


そう言って、立ち去ろうとする彼をもう1度呼び止める。


「セツナさん」


「……」


彼は表情を変えずに、振り返り私を見た。


「娘を助けてくれて、ありがとう」


「いえ」


「少し話をしたいのだが、いいだろうか」


「申し訳ありませんが、僕には話す事はありません」


完全な拒絶。私達と関わる気はないという意思表示に

苦笑がこぼれる。ならば、こちらから話しかけてしまおう

どうやら彼は、律儀に答える性格の様だから。

ジャックと似てなくて本当によかった。


「なぜ、リオウを助けてくれた?

 この魔道具も、値段のつけようがないぐらい非常識な物だ」


「非常識……」


彼が、小さく呟き肩を落とした。


彼はきっと、リオウの状態を気にして探してくれたのかもしれない

リオウは彼に会いに行っていたから、その時に何か気がついた。

私の推測でしかないが。


彼は苦笑を浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。


「彼女が、粗悪品の魔道具をつけてまで

 僕に会いに来てくれた様なので、そんなものをつけて

 歩くのは辛かったでしょうに」


「……」


「その魔道具は、ジャックが残したものの1つなので

 対価は必要ないと、彼女に伝えておいてください」


「君は、ジャックから色々と受け継いだのだね」


「……ええ」


「サクラが君に……」


「オウカさん。僕は謝罪を必要とはしていません。

 彼女が言った事は、全て正しい」


「……」


「なので、気遣ってもらう必要はありません。

 詳しくは、リオウさんと話しましたから

 後ほど聞いていただければと思います」


彼の瞳はとても穏やかだった。彼が本心から言っている事がわかる。

だからこそ、胸が痛んだ。サクラも傷ついているだろうが……。

一番傷ついているのは、彼だろうから。


「総帥の伴侶に、ジャックをと言ったのは私達なんだ」


酒の席での事だ。私と私の妻、弟のオウルとその妻マリアと

酒を飲みながら、本気とも冗談ともつかない話をしていた。

非常識な力の持ち主ではあるが、ジャックはいい男だった。


将来、自分達の娘の婿にと考えてもいいほど。

その時、リオウは何処かへ出かけていたはずだ。

だがサクラは、家から出る事は殆どなく私達と一緒に居た。

一族の者たちの口さがない悪意に、サクラは傷ついていた時期があったのだ。


だが、ジャックはそんなサクラ、リオウ共に大切に接してくれていた。

2人ともジャックに懐いていたし、総帥という仕事は中々に大変な事が多い

強い男の方がいい事も確かだ。それに、強い魔力を持つものを

引き入れたいという気持ちもあった。


だが……私達の誰もが、ジャックがそんな話を受けるとは

一欠けらも思っていなかった。だから、酒の席の冗談として口に出したのだ。


「総帥の伴侶は、ジャックがいいな」


「ああ、それはいい。

 リオウでもサクラでも、彼なら大切にしてくれるだろう」


「そうですわね」


「総帥になったら、ジャックのお嫁さんになれるの?」


「サクラは、ジャックが好きか!」


オウルが笑いながらサクラを見ていたはずだ。

サクラは、小さく頷いた。だが、それが本気の恋だと

誰が思うだろう……。私達は酔っていたのだ。


そう……酒の席での冗談。

だが、サクラにとっては違った。

その事に気がついたのは、今日。

サクラが総帥になった理由を

彼に語った事で、あの日の事を思い出したのだ。


必死になって魔力を磨き、勉学に励み。

総帥となるために努力してきたサクラ。


私達全員が反対しても、私の力を超えたのだから

総帥の座を譲れと頑なに言い張った。


全ては、ジャックと結ばれる為に。


「サクラを歪めたのは、私達だ」


「……オウカさん、僕にその話をして何になるんですか?」


「それは」


「僕にどうしろと言われるんですか?」


「……」


「だから、彼女を許せと?

 それとも、彼女に同情しろと?」


「違う」


「オウカさん、許すも許さないもないんです。

 僕は、謝罪の必要はないと言ったんです」


そうして彼はもう1度同じ事を口にした。


「彼女が言った事は、全て正しい」


「……」


「僕が存在しなければ、ジャックは生きていた」


静かな目で、彼はそう語る。

その瞳の絶望の深さに、私もそしてヤトさえも

かける言葉が見つからなかった。


そんな私達に、彼は軽く頭を下げ背中を向けて立ち去った。

そして気がつく、私の言葉はもっと彼を傷つけたことに。


サクラのかわりに謝罪しながら

それでも、サクラを悪く思わないで欲しいと

彼に告げたのだ。彼の心よりも、サクラの心を優先させた。

私達のことを理解して欲しいと、サクラの心を理解して欲しいと


彼の心を知る前に、彼の口を塞いだのだ……。


「私は……」


なんて愚かな事をしてしまったのだろうか。

先に彼の話を聞くべきだったのに……。


言ってしまった事は取り返しがつかない。

総帥の座を降りた私に、権限は殆ど残っていない。

何処まで出来るかはわからないが

サクラを止める事に全力を尽くすと誓う。


「オウカさん」


ヤトの呼びかけに、我に帰る。


「ああ、リオウを部屋まで運んでくれるかい?」


「はい」


特に何も話すことなく、リオウをヤトに任せ

我が家へと、帰り着く。


ヤトが何かを聞きたそうにしている事は知っていた。

リオウは恋人である彼に、まだ何も話していないようだ。

2人のそういう関係であると気がついたのは最近の事だが……。


ヤトは副総帥という立場だが、一族のものではない。

黒だった彼を、私が引き抜いてギルドで働かないかと勧誘したのだ。


「一緒にどうかな?」


グラスを2つだし、自分とヤトに少し酒を注ぐ。

ヤトはこの後また、ギルドへと戻るだろうからそれほど

きつくない酒を選んだ。


「ありがとうございます」


何時もなら断る彼が、大人しく座るところを見ると

よほど気になっていたのだろう。


「聞きたい事があるのだろう?」


ヤトは、真直ぐ私と視線を合わせ頷いた。


「リオウは、何故あのような指輪をつけていたのですか。

 自分の魔力を、自分の体の中に封じる。それは体内の

 魔力の逃げ場をなくすという事でしょう。

 一般の魔導師ならば、害がないでしょうがリオウの魔力は

 比べ物にならないほど多いはず。それを封じるのは……」


青い顔をして倒れていた娘。

指輪をつけて行動できる時間は、4時間といった所だろう。

それ以上の行動は、娘の体に多大な負担を強いる。


「そうだね……何から話すべきか……」


「……」


「ヤトは、初代と初代の奥方の容姿を見ただろう?」


「はい。初代の奥方は、リオウとそっくりでした」


「そして、サクラの髪は初代と同じだった」


私もリオウが、初代の奥方と似ているのを知って

驚愕したが……。それはどうでもいい事だろう。

2人の姿を見たのはこれが初めてだが、2人の特徴は

伝えられてはいたのだ。


「私はね、娘達の髪色が、初代と奥方と違う色ならばよかったと

 何度思ったことだろう」


「どうしてですか?」


「私達一族の中から、時使いは殆ど生まれない。

 空使いは、必ずといっていいほど生まれるのに。

 空使いのものは、必ず桃色の髪で生まれる。

 そして、歴代の一族の時使いの髪色は、黒髪なのだよ」


「それは……私に聞かせてもいいことなのですか?」


「良くはないね。一族しかしらないことだ」


「……」


「それでも君は、知りたいのだろう?」


「はい」


「そう……サクラはとても期待されていた。

 ギルドで時と空の使い手がそろう事は、ギルドの安定を意味するからね。

 その当時の、時使いが高齢だった事もあり、次の時使いが見つかるか

 皆不安だったはずだ」


だが、サクラに時の属性はなかった。勝手に期待され

そして落胆される。挙句の果てに、リオウと比べられていた

サクラの子供時代は、暗いものだった。


明るい性格のあの子を、内向的にしてしまうほどに……。

そんなサクラを変えたのは、破天荒で非常識なジャックだった。


「家族がどれ程サクラを褒めてもね

 サクラは、それを信じる事が出来なかったのだよ。

 家族とは、無条件で自分を受け入れてくれる存在で

 第三者ではない。だから、サクラが初めてジャックと対面した時

 ジャックから本気で言われた言葉に、サクラは衝撃を受けたのだろうね。

 それも面と向かって言われたから」


「何を言われたんですか?」


「うじうじないてんじゃねぇ!

 お前には、お前らしい魔力が備わってるだろうが!

 胸を張れ! ない胸を!」


子供に言う言葉では、決してない。


「……それは、どうかと思うんですが」


「本当にね、サクラは目を丸くしていたよ。

 でも、女の子だよね自分の胸元を見てしょんぼりしていた」


あはははは、と笑う私にヤトが溜息をこぼし呟いた。


「笑い事ではないでしょう」


ジャックの、いいようには苦笑してはいたが、サクラが

自分の魔法の事より、発展途上の胸の事を気にしていたことに

オウルは、安堵した笑いを見せていた。サクラが魔法から

意識をはなすきっかけとなったのは確かだったから。


「そういう男だったんだよ。

 嘘をつかない真直ぐな男だった。子供にもね。

 言いたい事をずけずけと言う。真綿にくるみもせず

 そのままの言葉で、直接話す。だが、殆どの人間が彼を

 好きだったんではないだろうか……。

 彼はその強さを、弱いものには絶対に向けなかったから」


「……」


「サクラも最初は、ジャックの事を怖がっていたはずなんだが

 何がきっかけか、私達は知らない。

 知らないが、サクラはジャックに心を許すようになっていた」


家族以外で、ジャックにだけは本当の笑顔を見せていた。

それが恋に変わっていたとは、誰も気がつかなかったが……。


「サクラが、色々と頑張りだしたのは12歳辺りから。

 サクラに、どんな心境の変化があったのかはわからない。

 だが、その頃からサクラはリオウを避ける様になった。

 そして、あまり自分のことを語らなくなった。

 一心不乱に、勉学に励んでいたよ」


「……」


「もう少し、学生時代を楽しんだらどうかと

 オウルは散々言っていたが

 サクラは、全く聞く耳を持たなかった。

 そして、私の力をサクラが抜いた時

 サクラが総帥の座を譲れと言って来た。

 今この時を、楽しむように説得しようとしたのだが

 失敗に終わった」


「……」


「サクラが総帥になる事をおすものと

 リオウを総帥におしていた者たちだが

 諍いを起こす事が増え、内部分裂を起こす一歩手前まできていた。


 後数年は、私が総帥で居るべきだとは思っていたが

 ここで、一族を割るわけには行かない。

 だから、サクラを補助するという形で権限を私に少し残し

 サクラに総帥の座を譲った。


 それでも、サクラを認める事ができない者達がいた。

 黒の髪を持ちながら、時使いではないサクラは

 出来損ないだからという理由でね。

 そんなのは、サクラのせいではないのに……。


 だが、徐々にサクラの能力が認められていく。


 一族が落ち着きを取り戻し、正常に動き出した

 そんな時にね、リオウの属性が増えた。幸いというかなんと言うか

 私の家と、オウルの家はこれでもかと言うほど魔法がかかっていてね。

 誰がかけたかは、言わなくてもわかると思うが

 リオウの魔力が外へと流れる事はなかった」


重い沈黙が降りる。私は心の中のものを吐き出すように

溜息を吐いた。


「サクラを下ろして、リオウを総帥にする事も考えた。

 だが……生き生きと、総帥の仕事をこなすサクラを見ていると

 どうしても降りろとはいえなかった。その手腕も文句の付け所がない。

 ただ、リオウの魔力がサクラより多いだけ。リオウもいい総帥にはなるだろう

 あの子も努力を怠りはしなかったからね。だが……だが……」


ギリッと奥歯がこすれる音があたりに響いた。


「初代から定められている

 魔力の多いものを総帥に据えるという決まり事は

 守らなければいけないものだとは、私達もわかっている。

 だが、一族がまとまり動いている状態を壊したくはなかった。

 それに、サクラの努力を魔力量だけで無駄にしたくはなかった」


「オウカさん……」


「結局私達は結論を出す事ができず

 リオウに選択をゆだねる事にした」


「彼女は、リオウは自分の魔力を封じ生きる事を選んだんですね」


「そうだ」


極端に自分の自由を阻害する事になるだろう人生を

リオウは選んだのだ。リオウはリオウで、夢があっただろうに。


「ヤト。君が将来伴侶にしようとしている女性は

 色々と枷を嵌められている。それでも君は、リオウを選ぶのかい?」


「はい。彼女以外考える事は出来ません」


ヤトは私の視線を真直ぐに受けた。

その瞳の中の色は揺らぎがない。


「そうか」


「私に話してくださったのは……」


「君の覚悟を聞いてみたくてね」


「……」


珍しく、照れたように表情を崩す彼に

思わず、笑みがこぼれた。


「オウカさん、それでも私は腑に落ちない。

 サクラは、彼に憎悪を向けすぎている」


「サクラが、子供の頃から望んだものはジャックとの結婚。

 サクラが、子供の頃に望んだものは時の属性」


ヤトは、ハッとした表情で私を凝視する。


「彼は、時使いだろう?」


「はい」


「サクラが欲しかったものを、彼が全て奪ったと

 思っているのかもしれない。それが間違っていると

 頭の中ではわかっていても、自分で自分を止める事が

 できないのかもしれない。最悪、わかっていても止めようと

 しないかもしれない……」


「サクラはそこまで、愚かではないと思います」


「ああ、私もそう思っている。

 だが、悲しみや憎しみ、そして嫉妬という感情は

 中々自分で制御できるものではないだろう?

 彼がリオウの傍にいたときの、君の敵意も似たようなものだ」


「確かに……」


「その想いが深ければ深いほど、己の心は傷つき

 そして、憎しみも深くなる。サクラが自分で自分を

 止める事ができないのなら……。私達が命に代えても

 彼女を止めなければならない。サクラを殺す事になってもね」


「オウカさん!!」


「ヤト、私達は弟夫婦もサクラを全力で止める。

 私達の力は、簡単に多くの人間の命をうばってしまえるものだ。

 この街の人を、巻き込んではならない。もしサクラが命を落とした時

 次の総帥はリオウだ。ヤト、君は総帥の伴侶という事になる。

 君は、リオウを支える事が出来るかい?」


「サクラを殺すような事はさせない!

 リオウが総帥になろうが、そんな事はどうでもいい。

 私は、サクラを信じています。彼女は今現在このギルドの総帥です!」


「……私も信じているよ。

 だが、今のサクラは、正気ではない。私達の言葉も届かない。

 最悪を考えておかねば……ならないのだよ」


「……」


「私達が、あの時あんな事を言わなければ。

 今日何度そう思っただろうか……」


私もヤトも口を開く事が出来ず、時間が過ぎる。

扉を軽く叩く音で、顔を上げ入室をゆるした。


「酒肴のバルタス様が、お会いしたいと仰ってますが」


「ああ、ここに通してくれ」


「バルタスが、何のようですか?」


「アギトから、彼の事を聞き出して欲しいと頼んでおいた。

 彼の事は、殆どわかっていない状態だからね」


「私も同席してよろしいですか?」


「かまわない」


暫くして部屋に来たバルタスが、ヤトを見て驚いた表情を作るが

黒達の話が記録されたものを、映像と共に見る。


その情報に、気持ちが一段と落ち込んでいく。

彼に告げた言葉に、罪悪感がより一層深くなる。


それと同時に、彼に対する警戒心がわきあがる。

彼は、ジャックと同じだ。黒全員を持ってしても

止める事が出来ないかもしれない。


ヤトが映像を驚愕の表情で眺めており

私も、今見たこと聞いたことが全て嘘だという言葉が欲しいと思った。


「黒の制約をつけるために

 黒にあげようとしたが、アギトがそれを許さない」


バルタスが静かに口を開く。


「ギルドからあげる事は可能か?」


「無理だ」


「なぜじゃ」


「彼が黒になるのを拒んだんだろう?」


「そうだが」


「黒は全ての説明をしたうえで

 本人に、決定権がある」


「ああ……そうじゃったな」


「彼は頷かないだろう」


「……」


「バルタス、4人で彼を抑える事は可能か?」


「わからん。わからんが……わかっている事は

 総帥とセツナ、2人同時は無理だ。どちらか一方なら

 死ぬ気で抑える」


「サクラ……総帥は、我らで抑えると約束する」


「それは、命を奪う事も考慮しているのか」


「そうだ」


「バルタス! オウカさん!」


ヤトが、険しい表情で私達を睨んだ。


「なら、わしらも命をかけてセツナを抑えよう」


「……頼む」


「……」


「そんな事が起きなければいい。

 起こらない様に願うばかりだ……」


だが、尋常ではないサクラの表情を見てしまったからこそ

この言葉が気休めにもならないことを、私は知っていた。





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