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選ばれた戦舞姫  作者: 雪野おと
第一章・敵国への偵察
3/5

 深く飲み込まれるような夜の闇色に

 輝く花びらが舞い落ちる。


 ひらひら ひらひら 舞い散る花は


 精一杯の、生を現す



「……っやぁ!」

 帝都を飛び出して四日、夜の闇の中。

 私は現れた魔物相手に、槍をつき立てた。


 立ち込める血臭は、すぐに花の香りに変わる。そして、飛び散る血飛沫はふわりと舞い散る花となる。


 これがアイオライト家に伝わる槍術の、魔力。

 敵を惑わし優雅に舞う、妖しの魔力は見るものの視線を捉えて放さない。

 襲い来る魔物の攻撃をひらりとかわし、槍を地面に突き立ててそれを軸に身体を浮かせ、魔物を蹴り飛ばし、新たに現れた魔物は引き抜いた槍で切りつけて。


 ふわふわ舞う花びらの中、私は踊る。戦の舞を。


「ガルルルっ」

「ルベラ! そっち行った!」

 その一言で闇に溶け込んでいた何かが、赤いリボンをひらりと揺らして魔物の頭に着地した。

 突如、魔物の身体に雷撃が走る。

「にゃぁ」

「ルベラ、お疲れ様……あと一匹、やぁあ!」

 槍をで思い切り頭を叩き付け、どすんと音を立てて魔物は草原に倒れた。

 熊。ワーベアと呼ばれる、人肉を好む魔物だ。

 もう一つの隣国であるグランテリア王国でよく見られる魔物。

 昼間、上手く身分を偽りグランテリアに入る事ができた。イオンテリアから直接ランデリアの国境を越えるのは容易ではない為、間に他国を挟むことにしたのだ。

 すました様子で敵の頭からひらりと身を翻し、愛猫ルベライトは私の方に歩み寄るとにぃ、と声を上げた。

「さっすがルベラ。お手柄なのです」

 抱き上げて、微笑めばぺろりと舐められて、笑う。その時……


「いやぁ、見事だった。どこの術者かと思えば、こんなに可愛らしい少女だったとは。いや、なかなかいい物を見させてもらった」

 突如、偉そうな男の声が聞こえて、私は思わず槍を構える。

「これは噂に名高い隣国のアイオライト流創術ではないか、お主、アイオライト大将の師事を仰ぐ者か?」

「……、恐れながらひと時」

「噂以上の術。たいしたものだ」

 アイオライト槍術を使いこなせる者は少ない。

 敵を惑わし浄化して、切られた者はその罪すら清められるというこの術は、花びらの中舞うように戦い数々の魔力を使う。

 花びら舞い散る中踊る事はできても、魔力を行使する程の能力者は私が知るところ自身を含めて三人しか知らない。ばれていないだろうか、とひやりとした。

 それにしても、いつからこの男は見ていたのか。木を避け姿を現した彼は、月明かりにぼんやりと浮かび上がりその表情に挑戦的な笑みを浮かべていた。

 燃える様な赤い髪が夜風に揺れ、身体を覆う布がはためいた時ちらりと下に鎧が見えた。グランテリアの騎士だろうか。

「それで、何故まだ齢十五もいかぬような女が一人でこんな所にいる? ここは見ての通り魔物の巣窟だ。もっとも、お主の敵ではないようだったが」

 偉そうに言葉を続ける彼だって、たぶん年はそんな変わらないだろう、まだ私と同じ十七、八くらいで……ってちょっと待て!

「なっ、わ、私十七です。もう大人ですっ」

 私の国は十六で女子は成人とされる。グランテリアは……どうだったっけ。

「十七……俺と同じ? まさか。嘘を言うな」

「嘘言いませんですっ」

 なんだこの失礼な人!

 それに、やっぱり同い年じゃないかっ

「にしても成人した女であろうと何故ここに?」

 あ、よかったグランテリアももう十七は成人らしい。しかし困った。何故ここにと言われれば、敵国に調査に行く為になのだが。

「私は旅の歌い手にございます」

「歌い手? 狩人の間違いではないのか」

 ……失礼な奴だ。もうここ、離れたいんだけどいいかな。

 確かに目の前で魔物倒しまくったけど! 狩人なんてごつい男の人ばかりの職業なのに乙女を捕まえてなんてこというのだろうこの人はっ

「歌って見せよ」

「……っ」

 思わず、「ヤダ」といいそうになったのを必死で堪えて言葉を飲み込む。

 じっと思わず相手を見つめてしまうが、相手は未だその口元を挑戦的に持ち上げて笑っているだけだ。

「どうした?」

「っ、それ、では……」

 歌い手と言ってしまった手前ここで歌えませんは通用しないだろう。見たところ騎士か何かのようだから、下手はできない。

 一つ大きく息を吸い込む。

 昔から練習していた舞を踊る時、自然に覚えてしまった歌。

 好んでよく歌い、そのうち歌は陛下も褒めてくださる程上手くなったと思う。


「桜の花が舞い落ちる……」


 儚いものを憂う、この世界で知らない者がいないであろう歌を夜風に乗せて響かせる。

 歌うのは気持ちがいい。口が自然に開いて、声が風に溶ける。


「ほぅ……なかなか」


 確かに彼がそう呟いたのが聞こえて、私はゆっくりと頭を下げた。

「その技量歌い手にはもったいないと思ったが、なかなかの歌であった。旅はこの国の王都を目指しておるのか」

「……いえ、今は隣国ランデリアへ向かおうと思っているところです」

 ここは、分かれ道。この国の王都へ向かう道と、隣国へ向かう道に分かれている通りの付近だ。

「そうか……残念だな。また機会があればこちらにも顔を見せるがよいぞ。お主、名は」

「……サクラと」

 思わず使う偽名。しかも、桜の歌を歌った後のばればれの嘘。しかし彼は含みある笑みを浮かべたまま、頷いた。

「俺はジルだ。覚えておけ。ちなみに、本名だ」

「……っ、」

 息を飲んでいる間に、さっそうと赤毛を揺らして彼は立ち去った。……やっぱり偽名ばれてたか。

 にしてもなんて偉そうな人なんだっ!

「はぁ……っ」

 私はそんな事を考えながらも胸を押さえて。

『薬飲むにゃ』

「ごめ……ルベラ、ありが、と」

 お兄様に渡された布袋から、薄い水色の飴玉をころりと手の平に転がして、それを口に含む。

 口の中に広がる甘さと……じわじわと身体に戻る魔力。


 魔力を垂れ流し続けて消耗する私の特異体質を救ってくれる、大切な薬……



「さぁ、止まってる暇、ないです。行こう、ルベラ」



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