『生態把握会』
「ヒカリが人間の姿になってしまったわけだが、我々はその生態を把握しておく義務がある」
魔王城の敷地内にある、魔王軍訓練場。
その中央で、シルヴェリアが度無しのメガネをクイッと押し上げた。
「魔王様、メガネなんてどこから持ってきたんですか」
「ふふっ、かっこいいだろう。人間界の市場で買ったんだ」
「また無駄使いして……」
シルヴェリアがメガネを持っていたことすら知らなかったアルラは溜め息を吐くと、魔王城から運んできた道具の入った箱をドスンと地面に置く。
「なんかいろいろと入ってるけど、ヒカリをどうするつもり?」
魔王軍訓練場に集められたのはシルヴェリアと魔王軍四天王、ヒカリとミレイア。
地面と壁には魔力結界が張られており、普通の攻撃では傷ひとつ付かない。
「ドラゴン形態と人間形態でどう変化したのか? 瘴気は消えたが即死効果は残っているのか? 物理耐性魔法耐性はどうか? 前例が無いドラゴンの人間化、未知は危険。そういうわけでヒカリの生態把握会を開催しなければならないのだ!!」
「な、なるほど……」
納得したのか、こくりと頷くミレイア。
ヒカリの生態を把握しておかなければ、人間界で取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
死の瘴気に耐性のあるミレイアではどうしても限界があるので、この機会は逃がしてはならないだろう。
「な、なにすれば、いいの……?」
「いくつかテストを受けてもらうだけでいい。難しいことはない。ヒカリは立っているだけでいい」
「そ、それなら……」
ヒカリの許可も得られたことで、生態把握会が開催される。
「まずは即死効果の有無。瘴気は消えたが触れてもいいのかよくないのかしっかりと確かめておかなければならない」
「私だと分からないもんね。それで、誰が実験台になるの?」
「ボクが逝こう!!」
即死効果が残っていた場合、ミレイア以外が触れれば即死。
そんな状況下で、立候補したのはルフィン。
目をキラキラと輝かせながら、凛とした挙手をする。
「アンタ正気?」
「ヒカリの身体を合法的に触れるのだろう? 逝くとしても行くとも!!」
「ひっ……」
手をわきわきさせるルフィンに対し、身の危険を感じるヒカリ。
そんなルフィンを見て、シルヴェリアは咳払いする。
「あーすまないルフィン。実験台はレヴィアに頼もうと思っている」
「えっ、アタシ!?」
シルヴェリアから不意に名を呼ばれ、声が裏返ってしまうレヴィア。
「ほほう、用済みと化したか」
「ま、まって……やだ、やだぁ……アタシはまだお役に立てます……」
ニヤニヤと笑うルフィン。ぽろぽろと涙を流すレヴィア。
2分の1の確率で命を落とすかもしれない実験に選出されてしまったということは、役目を終えた駒として選ばれたのも同然。
命を以て償うほどの失態を犯したのならまだ分かる。
しかし、レヴィアに記憶はない。
失態を犯すどころか、先日の侵攻では七代将軍の1人を殺しただけでなく港町を陥落させて成果も上げた。選出される理由が分からない。
「ちょちょちょちょちょ、まてまてまてまてまて、ど、どどどうして泣くレヴィア。貴様が触れるわけではない。アレがあるだろう貴様には」
「あっ……」
シルヴェリアのひとことで、レヴィアは理解した。
「はあ、ワタシをなんだと思っている。大切な部下を殺すわけがないだろう。貴様には『氷葬ノ軍勢』があるだろう」
「失礼しました……」
涙を拭い、恥ずかしそうにするレヴィア。
魔王軍四天王――レヴィアは、絶対零度の死神と恐れられるほどの実力を持った氷魔導士である。
レヴィアが操る魔法の1つ『氷葬ノ軍勢』は自分と同じ力を持った氷の分身体を生成できる魔法で、分身体生成数の上限は存在しない。分身体の数が増えるほど魔力消費が大きいことが欠点ではある。
「では、頼んでいいか」
「はい」
『氷葬ノ軍勢』
レヴィアにより、レヴィアの姿をした氷の分身体が生成される。
「ヒカリに触れさせてみてくれ」
「ヒカリ、アタシの分身体に触れてくれるかしら」
「わ、わかった……」
ヒカリはそっと手を伸ばし、レヴィアの分身体に触れる。
全員が、ごくりと唾を飲み込む。
――結果。
「ひんやり……」
「「「「「「「おおっ!!」」」」」」
歓声が響き渡る。
レヴィアの分身体がただでは済まないと、この場にいる全員が思っていた。
良い意味での裏切りだ。
「最初にヒカリの手を握るのはボクでいいかな」
「あっ!!」
「抜け駆けはずるいわよ!! ルフィン!!」
「早い者勝ちだ!! さあ、ボクと握手しよう!! ヒカリ!!」
「あっ、えと……はいっ!!」
握手が交わされる。
にぎにぎ。にぎにぎ。
「ふふふ、柔らかくてすべすべじゃないか。1日中握っていたい、くら……い?」
突然、ガクンと膝から崩れ落ちるルフィン。
「ヒカリ!! 手を離せ!!」
「ひゃっ!!」
シルヴェリアに言われ、ヒカリは素早く手を離す。
「ルフィン!! 大丈夫か!!」
「あ、あぁ……」
「どうした!! 何が起こった!!」
「急に身体の力が抜けて……な、なるほど、理解したよ。どうやら一瞬だけ触れるのなら問題は無いが、長時間触れてしまうとマズいらしい」
「アウトー!!」
「しかし、これはクセになりそうだ」
「変な性癖に目覚めるな!!」
とろけきった表情を浮かべるルフィンの肩を、必死に揺さぶるシルヴェリア。
「私は大丈夫みたい。ヒカリに抱き着いてもほらほらおっけー。ふふーん、いいでしょー」
「うわああああああああああああああっ!!!!」
「ミレイア!! ルフィンを煽るな!!」
「こわいこわい。ちかいちかい」
軽く押しただけでキスしてしまうほどの距離までシルヴェリアの美貌が近づけば、さすがのミレイアでもおとなしくなってしまう。
最初の項目から、シルヴェリアの絶叫が止まらない。




