第9話 アベル・ガルブレイド
それは突然現れた。
現状を整理すると、黒曜が出現させた黒い影の中から際限なく出現し続ける鬼たちの群れに、冒険者たちはかなりの劣勢に追い込まれていた。
もちろん、セイラと清十郎という二本柱は未だ健在だが、要所要所で四天王たちが立ち塞がり、二人を的確に抑え込んでくる。
そのため、戦況は完全に制圧されようとしていた。
途中から参戦したクラン『九頭竜』の二人の前にはいかにもやる気が無さそうな優男が立ち塞がる。
「あーあ、面倒くさいな、さっさと殺しちゃってゆっくり休もうかな」
気怠そうに言葉を吐きながらもその立ち振る舞いに、付け入れそうな隙は微塵も無い。
四天王の一人である山吹が放つただならぬ気配に、不知火と水鏡は完全に気圧されていた。
……一方、スタンピードの最初から奮闘しているクラン『金剛の刃』のメンバーたちは、溢れ出る鬼の軍勢に均衡を崩され、押し込まれる時間が続いている。
クランオーナーであるアキラを筆頭に、連携を保ち何とか耐えてはいるものの、数の暴力によって限界は近く、既に相当数の鬼たちが彼らの包囲網を抜け、人間たちが暮らす社会を破壊しようと進撃を開始していた。
「くそ、くそぉ!このままでは……街がぁ!人々がぁ!」
アキラは焦る、これだけの数の鬼たちが人々が住まう市街地まで辿り着いてしまったら、一体どれだけの被害が発生するのだろうかと考えただけで背筋が凍る思いがする。
自分たちがスタンピードを抑えきれなかったために、多大な犠牲が発生してしまう。
冒険者としてのプライドに掛けてそれだけは何としても阻止しなければ、そんな強い想いを持って戦闘に臨むのだが……
目の前に無限に湧き出てくる鬼たちの前には、強い想いだけではどうにもならないのも事実だった。
「誰か……誰か!誰でも良い!何とかしてくれぇ!」
非情な現実を突きつけられたアキラは、心の底から誰かへ助けを求める声を絞り出していた。
……そして、セイラはこの現状を何とか打破しようと、最終手段である『氷結地獄』の『最終階層』を使用することを検討していた。
無論、それを使えば最終標的である『修羅皇・大凶丸』には届かない。
しかし、目の前で犠牲になろうとしている冒険者たちを見捨てる決断を打てないセイラは、それを使うことを決めた。
……その決断とそれが現れるのはほぼ同時のタイミングだった。
『よく踏ん張りました。後は私がこの場を受け持ちます』
唐突に紫色の光、つまり『紫光』が周囲に降り注ぎ始める。
鬼たちは一瞬、その光に戸惑いを見せたが、すぐに持ち直しその光が降り注いでいる地点へ向かって殺到し始める。
何者かがこの地に降りてくるとしても、これでは一溜りもないだろう。
しかし、その瞬間は訪れる。
セイラと清十郎、不知火と水鏡、そしてアキラと他の冒険者たち。
全員が等しくその瞬間を目撃することになる。
「次元刀……大殺界!」
凛々しい男性の声と同時に、何かが振るわれる気配がした。
……次の瞬間、周囲にいる鬼たちが一斉に切断される。
ある者は首から上を、ある者は胴体を、一瞬で数百体もの鬼が命を奪われ崩れ落ちていく。
「……何奴!?」
「えええ?一体なんなの?」
朱天と白織は生き延びたらしく、驚嘆の声を漏らしている。
そこには一人の男が立っている。
鮮やかな銀色の短髪の美青年。
全身に光り輝く鎧を装着し、さっきの攻撃は彼が放ったものなのだろう、一振りの片手剣をその手に持ったまま立っている。
「あなたは……一体何者なのですか?」
どこからどう見てもただ者では無いこの青年。
しかし、ただ一つ言えるのはこの窮地を救いに現れた救世主のような存在だということだ。
セイラは、すぐに青年のもとへ駆け寄ると、彼に対して質問を投げ掛けた。
「私は、アベル……アベル・ガルブレイド。我が主、リゼル様の命により、助太刀にきました」
凛として荘厳。
名乗りと同時に凄まじい威圧感を放つアベルに対して、戸惑いながらも朱天と白織が仕掛ける。
「ふん……また命知らずがきおったか!」
「あなたもすぐに……殺してあげるわぁ!」
朱天が刀を振りかぶり鋭い踏み込みと共に斬り掛かり、白織はその手から膨大な量の糸を放つ。
白織の糸で視界を防ぎつつ逃げ場を防ぎ、朱天の斬撃で仕留めるという算段だろう。
敵ながら見事な連携だ。
それに加えて、周囲からは鬼たちがアベルへ向かって四方八方から突進してくるのが見える。
傍から見れば絶対絶命の危機にしか見えなかったが、アベルは慌てない。
あくまで冷静に、そして流れるような動きでその手に持つ剣を頭上に掲げ、そして、こう告げた。
『ソードチェンジ!』
それは瞬間的な武器の換装スキルだった。
瞬時にその手の中にあった武器は切り替わり、新たな剣が出現する。
その剣は、漆黒の刀身を持っているが、うっすらと赤い光を纏っている。
アベルはその剣を躊躇せずに即座に振り下ろす。
「獄炎剣……ゲヘナ・ブリンガー!」
振り下ろされた剣からは赤黒い炎が放たれる。
その炎の色に対してセイラは見覚えがあった。
「あれは……アイリーンの?」
そう、それは『紅蓮の魔女』アイリーン・スカーレットが放つ地獄の炎と全く同じだった。
最高位神器である『炎帝器・エクスイフリート』の能力によって初めて使用可能となる必殺の地獄の炎を……
アベルは単独で放ってしまった。
地獄の炎はあっという間に燃え広がり周囲の鬼たちを焼き尽くす。
もちろん、恐ろしい速度で斬り掛かってきた朱天も、白織が放った蜘蛛の糸も例外ではない。
全て巻き込まれ、容赦なく地獄の炎の餌食となってしまった。
「ぐ、ぐおおおお!」
唯一、朱天のみが絶命を免れ、地獄の炎の中から転がりながら飛び出してきた。
しかし、アイリーンのものと同じであれば、勝負は決まっただろう。
地獄の炎は相手を燃やし尽くすまでは消えない。
今の体中を赤黒い地獄の炎で焼かれ続けている朱天の姿を見れば、その命は風前の灯火、セイラの目にはそう映った。
「くぉおお!大凶丸様ぁああ!」
「くっ……!貴様ぁ!」
地獄の炎に焼かれながらのたうち回る朱天を飛び越え、白織がアベルへ向かう。
よく見ると、白無垢の中から鋭い棘を備えた蟲のような足が覗いている。
これが、『鬼蜘蛛』白織の正体なのだろうか。
すると、再びアベルが動く。
『ソードチェンジ』
次にその手に出現させたのは、今までの剣とは違い、刀身が一際短いショートソードだった。
『血風刃……刹那!』
鋭く振るわれた剣の切っ先から放たれるのは、幾重にも重なった真空の刃だった。
鎌鼬と表現するのが最も適しているであろうその斬撃は、醜い足を振り上げながら飛び込んでくる白織の体を容赦なく切り刻んだ。
「ぎ、ギャアアアア!!!!」
白織が着込んでいる白無垢を容赦なく切り刻んでいく真空の刃。
それに混じり、ドス黒い体液が周囲に飛び散るのが見える。
体中に傷を作り、ジタバタと藻掻きながら地面に倒れ伏す。
その様子を冷静に眺めたアベルは次の動きを見せ始める。
『ソードチェンジ』
そうして、出現したのは刀身が三メートルはあろうかという規格外の大剣だった。
「セイラさん、と言いましたか?少し伏せていてください」
「は、はい。一体……何をするつもりですの?」
唐突に放たれたアベルの言葉に、一体何をするつもりなのか理解できないセイラがその真意を問う。
「とりあえず、次の一撃でこの戦場を……鎮圧します」
それは、俄かに信じ難い言葉だった。
しかし、アベルは全く冗談では無いというような風体で大剣を構え始めるのであった。
少しでも面白いと思って頂けましたら、評価をお願いします。下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります。
ブックマークも頂けると非常に喜びますので、是非宜しくお願い致します。
良ければ、感想もお待ちしております。
評価や、ブックマーク、いいね等、執筆する上で非常に大きなモチベーションとなっております。
いつもありがとうございます。




