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『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』  作者: 我王 華純
第三章 地獄の鬼たちと新たな希望
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第8話 天から降る紫光


 時は少し戻り、ダンジョン統括省本部――


 スタンピード発生の情報を受けて、可能な限りの冒険者を派遣したものの、未だ好転しない状況に、混乱状態の職員たちが、右往左往し続けている。

 職員たちに出来ることは、軍の派遣の手配と近隣住民の避難、この二つが主になる。

 冒険者の手配などのスタンピードの脅威を抑えることに関しては、冒険者ギルドに任せることになる……はずだったが。


 現在では少し状況が変わりつつあった。

 その原因は、ダンジョン統括省の研究部門の主任『平賀 孝丸』にある。

 スタンピード発生直後に彼から届いた報告は、本部の誰もが驚かさせるような内容だったのだ。


 その報告の内容とは『対モンスター用兵器』の情報だった。

 彼が、秘密裏に開発していた『愛染』の存在は、ダンジョン統括省の上層部たちが驚嘆を隠せなかった。

 自分たちが知らない間に、そのような恐ろしい兵器が開発されていたこと、そして、その兵器が今回のスタンピードにも投入可能だという事実。

 これらは、ダンジョン統括省に文字通りの激震を走らせたのだった。


 しかし、もう一つ、ダンジョン統括省にもたらされた情報がある。

 それは、平賀が開発していたもう一つの兵器『量産型対モンスター兵器』の存在だ。

 これは、オーダーメイド品の『愛染』とは違い、完全な量産モデルとして既に相当数が生産されていた。

 そして、その性能は決して量産型と侮れないような優秀な兵器だったのである。


 その名も『第四世代型量産式対迷宮対モンスター殲滅兵器・紺鉄こんてつ


 銃火器類とプロテクターを一式とするその兵器は、冒険者でなくても容易に装着可能であり、それでいて並のモンスターであれば単独でも十分に渡り合えるほどの性能を誇る。

 そんな兵器が本部が感知せぬ間にも約百式も生産されていたのだった。


 これは、通常であれば当然の如く命令違反として厳しく罰せられる事案である……そう、『通常であれば』


 しかし、今はスタンピードの真っ最中、緊急事態中の緊急事態である。

 このタイミングでもたらされた報告は、混乱の真っ只中であったダンジョン統括省にとっては、朗報以外の何物でもなかったのである。


 こうして本来は厳重に管理されてしかるべきである『紺鉄』は……

 

 通常の認可や指示系統は全てすっ飛ばして最速で軍のもとへ緊急配備され、そのままスタンピードが発生している前線へと投入されることになったのだった。


 ◆


 そして、舞台はスタンピードの発生している前線へ戻る。


 ここでは、鬼たちの大攻勢が始まっていた。


 黒曜が作り出した影のゲートから出現した鬼の大軍勢の勢いは凄まじく、もはやセイラを始めとする少数の冒険者では太刀打ちできない状況に陥っていた。

 各冒険者は分断されてしまい、連携もままならない状態となり、そこを各四天王が個々に襲い掛かるという、正に窮地としか言いようがないような戦況となっている。


 「くっ……!負けてたまるかぁ!清十郎!清十郎はどこですか!?」


 「お、お嬢様ぁ!私はここです!」


 鬼たちが溢れる戦場で大声を張り上げ合いながら何とか位置を特定しようと試みる二人。

 しかし、次々と襲い掛かってくる鬼たちのせいで視界は遮られ、それぞれの声による大まかな位置までしかわからなかった。


 「こうなったら……『氷結地獄コキュートス……第二階層アンティノラ』!」


 セイラは『氷結地獄コキュートス』の第二段階である『第二階層アンティノラ』を迷わず発動する。

 彼女の両腕と両足に青白い光が集束し、眩いばかりの闘気が放出される。

 セイラはその状態で一瞬だけ目を閉じ精神を集中させると、全力の一撃を放つ。


 「はぁぁあああああ!!!!」


 十分に練り込まれ凝縮された闘気が必殺の一撃として鬼の軍勢へ向けて放たれる。

 

 その威力は絶大の一言。


 目の前に群がっていた鬼たちは残らず吹き飛ばされ、一瞬で視界が大きく開ける。

 その時にセイラの視界に入ってきたのは清十郎と、彼を狙って刀を振りかぶる真紅の鎧を着た鬼……四天王・朱天の姿だった。


 「清十郎!気を付けなさいな!」


 「……っ!?つォオオオ!!!!」


 セイラの注意喚起の声で何とか反応し、ギリギリで朱天の斬撃を回避する清十郎。


 「負けるかぁ!」


 そのままカウンター気味に斬撃を放ち返す清十郎だが、そこは朱天が余裕をもって回避してしまう。

 さすがの四天王だけあって、その身のこなしは尋常ではなかった。


 「やはり……かなり強いな」


 何とか体勢を立て直した清十郎のところへセイラが合流する。


 これで朱天に対して一対二で有利になるはずだったが……


 「うふふふ、私も混ぜなさいなぁ!」


 そこへ飛び込んでくるのは白無垢を身に付けた女性、四天王の一人、白織だった。


 白織は両手を前に突き出すと、その手の平から無数の糸が放出される。


 「これは……蜘蛛の糸か!?」


 セイラと清十郎の脳裏によぎったのは、グランドダンジョン『星崩の大魔宮』にてボスモンスターとして立ちはだかった『セプテントリオン』の一人、メラクの姿だった。


 清十郎が、『銀嶺』による銀色の斬撃を放ち、大量の糸を斬り伏せる。


 「へえ……私の糸を斬ってしまうなんて、なかなかの剣士だこと」


 「ふん、蜘蛛のモンスターは今まで散々斬り殺してきた……お前も同じ運命を辿らせてやろう……」


 構えを取りながら発せられた清十郎の言葉を聞いた途端、白織の眉間に皺が寄せられるのがわかる。

 明らかに不快な気持ちを抱いているのを全く隠そうともしていない。


 「私をそんじょそこらの蜘蛛なんかと一緒にされたら困るよ……この『鬼蜘蛛の白織』を……なめるんじゃないよぉ!」


 それは、白織のプライドだった。

 妖絶な彼女の正体は、鬼タイプのモンスターの中でも上位種に入る『鬼蜘蛛』だ。

 屈強な鬼たちの中でも四天王という最上級の幹部の座に君臨する彼女にとって、他の蜘蛛タイプのモンスターと同類と見られることには我慢ができなかったようだ。

 怒号を発している白織の表情はさっきまでの妖絶な美女という印象はかけ離れたような、悪鬼の如き様相となっている。


 「とにかく……お前らは、ここで死ぬんだよぉ!!!!」


 そう言いながら口を大きく開くと、その中からまた大量の糸が放たれる。


 「清十郎、お退きなさい!」


 次に動いたのはセイラだった。

 『第二階層アンティノラ』で収束した闘気を糸の束目掛けて全力で放つ。

 途端に糸の束は凍結し、無惨に砕け散っていく。


 「切り捨て……御免!」


 しかし、そこに突っ込んでくるのは上段に刀を構えた朱天。

 凄まじい速度の踏み込みで、一気に距離を詰めてくるが……


 「ぬうん!」

 

 そこは清十郎がカバーし、上段から振り下ろされる刀を防ぐ。

 お互いが連携を見せながら、一進一退の攻防が繰り広げられている。


 「くそ……まずいですわね」


 「ええ、他の冒険者たちも無事であれば良いのですが」


 この鬼の大攻勢によって、散り散りになってしまった冒険者たち。

 『九頭竜』の二人も、『金剛の刃』のメンバーたちも、溢れ出る鬼の群れによってもはやどこにいるのかもわからない。


 目の前の四天王の他にも『統率者』である大凶丸や残り二体の四天王も残っている。

 今から最速で目の前の朱天と白織を倒し、救援に向かったとしても……

 全てを助けられる確率は限りなく低くなってしまったことは、残酷な現実として二人を焦らせ続けるのだった。


 「こうなったら……『最終階層ジュデッカ』を使うしか……」


 「お嬢様、それを今使ってしまえば、あの鬼の親玉を倒す手段が無くなってしまいます!」


 「わかっていますとも!……それでも、他の冒険者の皆さんを救うには……もう、これしか!」


 そう言いながら『最高位神器グランドレガリア・アークセラフィエル』を起動させようとするセイラ。

 彼女にとっては、最終目標であるはずの大凶丸討伐よりも、目の前の命を救うことが大事だった。

 そして、それは昔から彼女に付き従ってきた清十郎には、容易に理解できてしまえる現実だった。

 確かに『最終階層ジュデッカ』を使えば、戦況は好転するだろう。

 しかし、まだまだ目の前に残る敵が多すぎるこの状況でその手札を使ってしまえば、大凶丸には間違いなく届かなくなるのだ。

 二人にとっては、まさに苦渋の決断だったのである。


 「くそ……これまでか」


 セイラが『アークセラフィエル』を解放しようと精神を集中し始める姿を見ながら、半ばあきらめの気持ちを清十郎が抱いた瞬間だった。


 『よく踏ん張りました。後は私がこの場を受け持ちます』


 唐突に凛々しい男性の声が周囲に響き渡ったかと思うと、天から紫色の光が降り注いでくるのが見えた。

 

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