第34話 新たな固有スキル
目の前には覚醒ドゥーベの猛毒の影響で苦しみながら、海へ落下しようとしているアトランティカの姿がある。
全身から青黒い血液を噴出させながら、もがき苦しんでいる様子はまさに阿鼻叫喚。
蛇のような下半身を激しく暴れさせ、のたうち回りながら海へと落ちていく。
このままでは、再び海中に沈み、その能力で完全回復を果たしてしまうだろう。
……いや、それに加えてまた大幅なパワーアップを果されてしまうのだから、それだけは避けなければならない。
アトランティカもそのことは理解しているのだろう。
あれだけ暴れているにも関わらず、重力には一切逆らっていない。
そして、とうとうその巨体は一直線に海に落下……
することはなかった。
アトランティカの落下するはずだった海面の十メートルほど上に出現したのは巨大なワープゲートだった。
その大きさたるや、今や全長百メートルにも届きそうな巨体がすっぽりと入ってしまうほどのものだった。
もちろん、それは俺の能力によって出現させたものだ。
セプテントリオンの能力の一つ、ミザールの転移能力だ。
本来は、人間を転移させる程度の大きさが精一杯だったワープゲートも、覚醒後であれば、これだけの大きさのゲートを出現させることも可能となったのだ。
……まあ、一言で表現するならばもちろんそれは『ぶっ壊れ』になってしまうだろう。
〈いや『神速』さん、あんた……〉
〈そんな能力を持ってる冒険者なんてもう人外だよ……〉
〈ああ、着々とアイリーンさんに近付いてるんだね……〉
〈俺たちの『神速』さんはもういないのかもね……〉
〈まあ、とにかくできるだけ応援してあげようよ……〉
いや、コメント欄がお通夜みたいになっとる!
まあ、もし俺が逆に誰かの配信を見ていて同じケースに遭遇したとしたら……
うん、間違いなく脱力するよな。
我ながら理解できないくらい強いもん、この能力。
やっぱすごいな最高位神器。
俺なんかがこんな立場になっちゃうなんてなぁ。
ちょっと信じられない状況だが、残念だがこれは夢じゃない。
俺は……
アイリーンさんと一緒に……
あいつをぶっ倒すんだ、
〈いやでも、あのボスって一体どこに行っちゃったの?〉
〈本当だな……まさかこれで終わり?〉
〈いや、そんなはずはないだろう〉
〈さすがにこのボスフロアの中のどこかだろう?〉
〈じゃあ、どこに行ったんだ?海の中じゃないだろうし……〉
〈そうだよなぁ……この状況で『神速』さんの能力で飛ばすとしたら……〉
巨大サイズのワープゲートで転移させられたアトランティカは一体どこに行ったのか、コメント欄で様々な憶測が飛び交う。
まあ、それはすぐにわかるさ。
この海だらけのボスフロアで、アトランティカを再生させずに転移させられる所と言えば……
それは一つしかないのだから……
直後、海上に出現しているワープゲートと同サイズのゲートが出現する。
もちろん、最初に出現していたゲートと対となり、出口の役割を担うゲートだ。
その出口が出現したのは……
俺たちがいる場所の遥か上。
数百メートル、或いはそれ以上の上空だった。
そして、その出口のゲートからはアトランティカが排出される。
もちろん、ワープゲートに吸い込まれる直前と同じ、全身から血液を噴き出しもがき苦しむ姿のままでだ。
アトランティカは先ほどと全く同じ姿で再び海中を目掛けて落下を始める。
あいつも、自分の状況を理解できていないのだろう。
一瞬の硬直の後に再びのたうち回り始めながら落ちていく姿は、もの凄く滑稽に見えてしまった。
『ハヤトさん!すごいです!……これなら!』
アイリーンさんも目の前で起こった光景に驚きながらも、興奮を隠せないようだ。
〈す、すげぇえええ!〉
〈た、確かにこれなら……〉
〈ああ、あの化け物を倒すことができるかも……〉
〈能力もすごいが『神速』さんの判断力も半端ないよな……〉
〈それは前から凄いと俺も思ってた!〉
〈私も、何気にこれって才能だよね〉
さっきまでのお通夜はどうした。
新たな俺の才能に関しても急な議論が始まってるじゃないか。
その手の平返し……
俺はそんな皆のこと、嫌いじゃないぜ!
『ハヤトさん!後は私の最強の魔法であいつを吹っ飛ばします!』
「おお!アイリーンさんの最強の魔法!それは凄いですね!」
『はい!なのでハヤトさんには、後三分!』
「はい?」
『だから、後三分間、あいつを海に落ちないように時間を稼いで欲しいんです!』
……はいい!?
後三分かぁ。
まあまあ時間が掛かるじゃないか。
現在、アトランティカは上空数百メートルから落下してきている。
もう少し時間が掛かるとは言え、あの巨体だ。
間違いなく三分は持たないだろう。
ていうか、それよりも遥かに早い時間で海に落ちそうだ。
もう一回ミザールを使って同じ場所に飛ばす?
いやいや、それは不可能だ。
覚醒したミザールの能力には、使用回数やクールタイムの制限は無いのだが、ワープゲートの出現場所には多少の制限が存在している。
一度ワープゲートを出現させた場所には、しばらくはワープゲートを出現させることはできないらしい。
しかも、少し位置をずらして……なんて融通も効かない。
というわけで、それ以外の方法であのアトランティカの落下を何とか妨害しなければならなくなった。
いや、全くどうすればいいのかわからないんだけども……
『いけますか?ハヤトさん……』
そんな俺の心情を理解したのか、はわからないがアイリーンさんがこちらを心配そうに見つめている。
魔神の姿のままではあるが、その瞳はいつものアイリーンさんと同じく、真っ直ぐに俺を見据えている。
まあ、そんな状況でも俺の答えは一つしかないんだけどね。
そう、その答えは……
「はい!任せといて下さい!」
よっしゃぁ!やったるわ!
見切り発車上等……こんなくらい乗り越えないとアイリーンの隣で戦うなんて無理なんだから!
『ありがとうございます!それでは私は……準備に入ります――【大賢者スキル】……発動』
彼女の周りに神々しいまでの光を放つ魔法陣が展開され始める。
今まで見たこともないスキルを使用し始めじたアイリーンさんの姿に、若干の戸惑いを感じながらも俺はアトランティカの方へ視線を向ける。
『射程範囲極限拡張スキル使用……完了まで後二分。魔法威力極限上昇スキル使用……完了まで後三分。極大魔法同時使用スキル……は後二分で完了』
何か背後から物凄い文言がいろいろと聞こえてくるが……
俺の役割は落下してくるアトランティカを何とかすることだ。
遥か上空から自由落下をしてくるアトランティカの巨体が海中に落ちるまではほんの少しだが猶予はある。
その間に対処方法を考え付かなければならない。
『極大魔法合成処理スキル使用……合成対象魔法は、【ボルガニックレイザー】【ブレイジング・スフィア】【プロミネンスウォール】【クリムゾン・メテオ】……』
いや、それにしても物騒な情報が入ってき過ぎて気になり過ぎる。
……でも無視するしかない。
アトランティカを何とかする。
それ以外の情報は取るに足らない。
そう思い込むしかない。
アイリーンさんの中で最強の一撃を叩き込もうとしているのは何となくわかるが、俺は俺で目の前の事象に集中することにした。
……と言っても俺にできることも限られているんだけどね。
今の俺の攻撃手段で使えそうなのは……
まあ、アリオトだろう。
覚醒したアリオトの炎はとてつもない威力を誇るがこれで落下してくるアトランティカを防ぐのは難しい。
かなりのダメージは与えられるだろうが、その分精密な制御はまだ難しく、下手をすれば落下を早めてしまう可能性さえある。
その他のセプテントリオンの能力の中では、ミザールを除いて今回に適合しそうな能力は存在しない。
せめてアイテムが使えれば超衝撃爆弾でまた上空に吹っ飛ばすなんて選択肢はあったんだけどな……
つくづくアイテムを使用できないことが悔やまれるぜ。
……となると打つ手が無いじゃないか。
一瞬、自暴自棄になりそうになるが……
『……【グランド・エクスプロージョン】【イグナイト・ブレイド】【デトネーション・ファイアボール】……』
背後からアイリーンさんの詠唱が聞こえた瞬間に頭が冷える。
いや、まだあきらめるのは早い……
何か手段があるはずだ……何か……
縋る思いで自らの手札を確認するために俺がしたことは……
ステータスの確認だった。
最高位神器の能力で手段が無いのであれば、自らのスキルで何とかできないか?
なったばかりとは言え、俺も超級職の端くれ。
この状況を打開できるだけの材料ももしかしたら備えているかもしれない。
すぐに端末でステータスを確認すると……
ん?これは一体?
そこには今まで存在しなかったスキルが存在していた。
そのスキルの名は『配信裂覇』……いや、すごい名前だな。
……こんなスキルは今まで無かったはず。
どうしてこんなスキルが……まさか?
俺はすぐに端末を操作し、そのスキルの詳細を確認する。
配信裂覇……新たな決意に目覚めし時に解放される配信王の固有スキルの一つ。強力無比な攻撃を放つことが可能となる。そに威力は配信を視聴している人数が多いほどに上昇する。
……期せずして獲得した新たなスキルは、本当の意味でやばいものだった。
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