第28話 邪海龍の本領
たった今、目の前で盛大に弾け飛んだアトランティカの巨体。
青紫の光が乱舞すると共に、大量の血肉と体液が空中に舞い散る。
「アイリーンさん……これは!?」
「わかりません!……だけど、油断だけはしないでください!奴の魔力が膨れ上がってます!」
『大賢者』は大気中の魔力量を感知することが可能……
そういえばどこかで聞いたことがあるような気がする。
そんなこともあってか、アイリーンさんはアトランティカの首をぶち抜いた瞬間には気付いていたらしい……
『邪海龍』は生存していると……
そして、その事実はすぐに俺たちにとある形で突きつけられることになる。
突如として、出現したのは巨大な繭のような物体だった。
その塊はその中に何かが存在していることを暗示するかのように、青紫色の光を放ち続けながら不気味に脈動を放ち続ける。
やがて、その繭から放たれる青紫色の光が徐々に強くなる。
最終的には、周囲一帯を照らすほどの強さになったかと思うと、塊の中心に裂け目が走り、中から何かが姿を現した。
それは人型ともいえる存在。
身長は二メートル程度だろうか、全身は青紫色の鱗で覆われており、その眼光は真紅に光っている。
……こいつは間違いなくアトランティカだろう。
姿形こそ全く違うが、特徴的には完全に一致している。
理由はわからないが……人型に変化……いや進化なのだろうか?
とにかく、あいつは死んでいなかったのだ。
アトランティカはゆっくりとこちらに歩いてきている……
いや、正確には海面の上を移動してきている。
あいつは、海の上を歩けるのか?
ほとんどが海面になっているこのフロア、俺とアイリーンさんはもちろん海の上で戦うことはできないので、わずかに点在している足場の上で戦わなければならない。
先ほどまでの巨大な姿のアトランティカならばそこまで不利には感じなかったが、今の姿を相手しなければならないのならば話は別だ。
水の上を歩ける人間と歩けない人間が水上で戦うならば、どちらが有利かなんて馬鹿でもわかる。
目の前のアトランティカが先ほどと比べてどのように変化しているのかは未だわからないが……
俺たちが今から挑まなければならない戦いは、かなり不利なものになるのは確かだった。
「小娘ぇ……もはやこれまでだ。貴様の命運は尽きたぞぉ、ギャッギャッギャ!」
こちらにゆっくりと歩きながら発せられたその言葉は、言うなれば不快の一言。
この世のものとは思えないような奇怪な声色でこちらの神経を逆撫でしてくる。
「まさか、オヤジ殿にもらったこの力を……こんなところで使うことになるとはなぁ!」
直後、アトランティカの体から青紫の光が発せられる。
先ほどまでの巨体から放出されていた光を極限まで圧縮したかのような濃密な光。
そのまま、鱗に包まれた腕を前に伸ばすと、巨大な魔法陣が展開され、同じ色の光が周囲に拡散されていく。
「ハヤトさん!気を付けて!あれに当たると……終わります!」
アイリーンさんが声を張り上げる。
その声を受けて俺は最大限に警戒をする、いつでも『神速』を発動できる状態はもちろん、『七星剣・セプテントリオン』の能力も使用できるように身構える。
「ギャッギャッギャッギャ!死ねぇえええ!」
アトランティカが放つのは数え切れないほどの高速の水の弾丸、俺の前に立つアイリーンさんを狙った弾丸は凄まじい速度を保ちながらこちらへ飛んでくる。
「プロミネンスウォール!」
アイリーンさんは防御障壁で対応する。
雨のように降り注ぐ弾丸は凄まじい音を立てながら障壁を穿とうとするが、さすがのアイリーンさんの極大魔法。
どれだけの数量が障壁にぶつかろうが、まるで突破される気配がなかった。
「ギャギャギャギャ!俺の魔弾で貫けんとはなぁ!しかし、貴様も動けまい!」
どれだけ弾かれようが構わず弾丸を放ち続けるアトランティカ。
マシンガンの如く、高速で放たれ続ける水の弾丸は、まるで止む気配を見せない。
対するアイリーンさんは、障壁を展開しながら静かに目を閉じ、何かを唱え始める。
瞑想をするように静かに何かを詠唱する様子は、『大賢者』そのものだった。
「…………!ボルガニックゲイザー!」
そして、障壁を展開したまま杖を振るい、超高熱の閃光を横薙ぎに放つ。
閃光は降り注ぐ弾丸を一気に蹴散らしながらアトランティカへ向かう。
「ギャギャァ!甘いわぁ!」
そう叫んだアトランティカに変化が起こる。
背中に巨大な翼を生やしたのだ。
その翼を素早く羽ばたかせて宙に舞いながら閃光を回避する。
「このまま……ぶった斬ってやろう!」
空中で豪快に旋回したアトランティカの両手に青紫の光が集束したかと思うと、禍々しさを備えた二振りの剣が出現する。
アトランティカが纏う光を凝縮させたような、深い碧色の剣だ。
その剣を振り被りながらこちらへ向かって高速で滑空してくる。
……このままアイリーンさんに斬り掛かる気だ!
「ギャッギャァア!死ねぃ!」
アトランティカが障壁にぶつかるように双剣を振るう。
ガキィン!と激しい音が響くが、障壁はびくともしない。
しかし、障壁を展開したまま動けないアイリーンさんに向かって追撃が行われる。
アトランティカは、舞うようにその身を翻しながら二本の剣を何度も何度も叩きつけてくる。
その度に、鈍い音を繰り出しながら障壁が揺れる。
「ギャギャギャギャ!この壁は硬いなぁ!どうれ、どこまで斬れば割れるのか試してやろう!」
獰猛な笑みを浮かべながら見るからに重い一撃を膂力に任せて繰り出し続ける。
……このままでは、ジリ貧だ!
いつかアイリーンさんの障壁が破られてしまうかもしれない。
そんな不安がふと俺の頭によぎってしまう。
「……っ!アリオトォ!」
俺は、アイリーンさんに止められているのも忘れて無我夢中で飛び出していた。
アリオトを使用し、輝く炎を発動、そのまま『神速』を使用しアトランティカの背後を狙う。
「駄目です!ハヤトさん、戻って!」
「ギャッギャァア!遅いわぁ!先にこの羽虫から潰してやるわぁ!」
アトランティカは『神速』を使用している俺に向かってドンピシャでカウンターを合わせてくる。
「……なぁっ!?ちっくしょぉぉ!」
予想外のカウンター。
目の前に迫る剣に向かってギリギリでセプテントリオンを合わせ防御を試みる。
何とか俺の顔とアトランティカの剣の間にセプテントリオンを滑り込ませ、そのまま上に跳ね上げようと試みる……が、
「っと!重っ!」
想像以上の一撃の重さにそのまま吹き飛ばされてしまう。
俺の体は物凄い速度で飛んでいき、数十メートル離れた海面へ激突しそうになる。
「死んでたまるか……メラク!」
海面へ激突しそうになる瞬間にメラクを発動。
視線の先は……アトランティカだ。
アトランティカの翼の一部に蜘蛛の紋章が出現し、即座に瞬間移動を行う。
「ギャギャ!?いつのまに!?」
瞬時に隣に移動してきた俺に驚くアトランティカの肩口に一撃を叩き込む。
アリオトの輝く炎を纏ったセプテントリオンの全力の一撃だ。
肩口を斬り裂き、青い鮮血がほとばしる。
「っしゃぁああ!って、うおおおお!?」
会心の一撃を繰り出し、声を張り上げたのも束の間、肩口に負った傷のことなで気にも留めずに繰り出されたアトランティカの反撃に、奇声を上げながら回避する。
『神速』を使用し、近くの足場へ着した俺に狙いをつけたアトランティカが叫ぶ。
「おのれぇええ!羽虫如きがぁ!消え去れぇ!」
怒りのままに大きく開けられた口の中から青い光が見える。
……ブレスだ!
これは確実に回避しないと!
すぐに『神速』を使用しその場を離れようとした俺の目に飛び込んできたのは……
アトランティカの頭上に迫る大火球だった。
「デトネーション・ファイアボール!」
それはアイリーンさんが放った極大魔法だった。
ブレスを放とうと大口を開けたままのアトランティカを包み込み、大炎上を引き起こす。
「グギャァアアアアアアアア!!!!」
アトランティカは、断末魔のような悲鳴を上げながらその身を焼かれ続け、そのまま海に落ちていく。
墜落した海の周辺は、急激な水温の上昇が引き起こったのか、ブクブクとマグマのような気泡を吐き出し始める。
「アイリーンさん!助かりました、ありがとうございます!」
さすがにこれでは生きてはいないだろう。
そう思いながら、アイリーンさんの元へ移動するが……
アイリーンさんの表情は浮かないままだ……
「アイリーンさん、まさか……」
「はい……あいつは、まだ生きています」
張り詰めた表情のままのアイリーンさんの視線の先には、その身を焼かれながらアトランティカが墜落した海面がある。
やがて、相変わらずブクブクと気泡を吐き出し続けていた海面に変化が起こり始める。
ブクブクと規則正しく浮き出ていた気泡の量がどんどん増えていく。
そのうち、気泡の勢いが激しくなっていき……
とうとう、その海面から何かが飛び出してきた。
「ギャッギャァ!今のはさすがに驚いたぞぉ!」
翼を大きく広げ、二振りの剣を頭上に掲げたアトランティカが再びその姿を現した。
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