第15話 誕生……配信の王!
俺が超級職『配信王』になると宣言した時の周囲の空気を一言で表すならば……
『地獄』だった。
普段、ニコニコと温和なかすみさんの顔は引き攣り、それを見た陸奥さんの表情は恐怖に慄いたそれへと変化した。
鏑木支部長に至っては、額に今まで見た事がないほどの立派な青筋が出現してしまったほどだ。
「あの……ハヤト君、私の話って、聞いてたわよね」
「ええ……聞いてました……とも……」
「話の内容は理解してた?」
「はい……まあ……」
「ええと……だったらどうして『神速王』じゃなくて、『配信王』を選んだのかしら?理由を聞かせてくれるかな?」
あくまで温和に、しかし確実に緊張感を含んだ笑顔を表情に貼り付けながら、自らにも言い聞かせるようにゆっくりと話すかすみさん。
俺も力強く宣言した手前、その問いかけにはしっかりとした回答を返さなければならない。
自らを落ち着かせるように、一息ついた後に自らの考えを絞り出すように話すことにした。
「それはですね……俺の中では『配信王』こそが自分が生きる道、だからです」
「そうなの?詳しく聞かせてくれるかしら」
俺の表情が思いのほか真剣だったからだろうか?
かすみさんも表情が、先程の鬼気迫るようなものからわずかではあるが、柔和に変化した様に感じた。
「はい、俺たちはご存知の通り、【『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』】というコンビを組んでいます。このコンビは、アイリーンさんの超火力で敵を殲滅するのを、俺が『神速』を駆使して配信するというものです」
「それが『配信王』を選ぶ理由につながるの?」
「そうです。考えたんですが、俺たちはやはりこのスタイルを維持するからこそ強いんだと思います。俺が『神速王』になってアイリーンさんと肩を並べて戦おうとするのも良いと思うんですが……やはり俺は配信役という立ち位置の方が、バランス的に良いと思います。『神速王』になるとそのバランスが崩れて上手くいかないような気がするんです……」
「それはお前の主観と思い付きだろうが。そんな理由でこちらの決定と違う超級職に就くというのならば、許可自体を取り消しても良いんだぞ?何なら、冒険者の資格自体を抹消してやろうか?」
横から鏑木支部長が口を挟んでくる。
多少、冷静さを取り戻してくれたかすみさんとは正反対に、こちらは見るからに怒気を孕んだ口調でこちらを責め立ててきた。
正直怖い……が、ここで引くわけにはいかなかった。
「ですが……超級職に就くということは、自分の成長にとってゴールが見えることだと思います。ということは、より自分らしい方を選択しなければならないと思ったんです。そしてそれは、『配信王』としてアイリーンさんの傍にいることと……だから、この決定はもう覆せません!」
「良かろう、お前の超級所へのランクアップは現時点を持って廃止。そして冒険者の資格も停止とする。これは【ダンジョン統括省第三支部】としての決定だ!」
「鏑木支部長!それはさすがに性急すぎます!」
「藤堂さんは黙っていてください!これはあくまで【ダンジョン統括省】の担当者としての決定です!」
かすみさんは【冒険者ギルド】の関東支部責任者、鏑木支部長は【ダンジョン統括省】の第三支部長、確かに管轄は違う。
あくまで冷静にことを進めようとするかすみさんと、激昂のままに声を張り上げる鏑木支部長の意見が交差する。
ちくしょう、やっぱりこうなるのか……自らの意見を通したいがために衝突や軋轢が発生するのは決して気分の良いものじゃない。
二人の言い合いがどんどん激しくなっていこうかとしたその時だった。
突然、カアンッ!!!と大きな音が響き渡った。
何が起こったのかとその場にいる全員が音のした方へ視線を向ける。
そこにいたのは、アイリーンさんだった。
どうやら杖の思いっ切り床に突き立てたらしく、先端が突き刺さっている。
「……いい加減にしてもらえますか?」
熱を帯びていた辺りの空気がその声で一瞬に冷却されていくのがわかる。
表情は虚無といった表現がぴったりなほどに無表情だったが。口調は明らかに怒っている。
「アイリーン……突然どうしたの?」
かすみさんが、恐る恐る声を掛けるが、アイリーンさんは反応もせずに言葉を発し続ける。
「私は嬉しかったんです……ハヤトさんが自分の言葉で、自分の考えをしっかりと述べてくれたことが……私とハヤトさんのコンビの未来まで考えて答えを出してくれたことが……それを、あなた方は何ですか?考えを否定するだけではなく、冒険者の資格を停止?……一体、何様なんですか!?」
その瞬間、周囲の空気が更に張り詰める。
怒気と共にアイリーンさんの魔力が放たれているのだろう。
気温が急上昇しているのがわかる。
「冒険者ギルドが……ダンジョン統括省が……どれだけ偉いっていうんですか!?私たち冒険者の意思を蔑ろにするような組織ならば……私もすぐに脱退してやります!」
「アイリーン!それは……本気で言ってるの!?」
「ええ!本気に決まってるじゃないですか!私はハヤトさんの希望が通らない時は……即座に冒険者を辞めます!」
ええと……
ちょっと大変なことになってしまった。
いや、俺のことでこんなことになるなんて思わなかった。
確かに俺のことでアイリーンさんがこんなに怒ってくれるなんて、ちょっとは嬉しいんだけどね。
でもアイリーンさんはSランク冒険者、言ってみれば人類の宝みたいな存在だ。
そんなアイリーンさんが俺のことで冒険者を辞めてしまう……それはさすがにまずいだろう。
「ちょっと待ってください!」
気が付いた時には俺は声を張り上げていた。
「アイリーンさんもちょっと落ち着いて下さい……冒険者を辞めちゃったらどうするんですか?目的も果たせなくなりますよ?」
「いいえ、冒険者なんかにならなくても……私は目的を果たしてみせます!」
俺の制止すらも跳ね除け、自らの意思を押し通そうとするアイリーンさんからは、決して怯まない強い意志を感じる。
こんな剣幕のアイリーンさんの姿は、ダンジョンでも見たことが無かったかもしれない。
それほどまでに彼女の姿や言葉は怒りに満ちていた。
このままでは本当にアイリーンさんが冒険者を辞めてしまうかもしれない。
それだけは避けなければならないが、俺はアイリーンさんに対してどのような言葉を掛ければ良いのかわからなくなってしまった。
……しかし、その時だった。
「アイリーン!いい加減にしなさい!あなたの目的は……冒険者じゃなければ絶対に達成できないわ!そんなこともわからないの!?Sランク冒険者にまでなって、まだそんな子供染みたことを言うなんて……あなたは一体今まで何を見てきたの!?」
かすみさんまでもが物凄い剣幕で怒り出してしまった。
しかし、その言葉の内容はアイリーンさんを諭すためのものだ。
アイリーンさんの目的は……「ダンジョンの破壊」だ。
確かにそのためには冒険者でいることは必須だと俺でもわかる。
それだけアイリーンさんが怒りの余り、我を失っているということだろう。
「でも……でも!私は……納得いきません!」
「そんなに彼のことを……どうして?……いえ、まさか……」
なお食い下がるアイリーンさんの姿を見ていたかすみさんは、暫し思案しやがて言葉を発し始めた。
「そうですか……わかりました。それではハヤト君の希望通りに超級職『配信王』へのランクアップを……許可します」
「なっ!?……藤堂さん!それは一体どういう了見で!?」
「鏑木支部長、お願いですからここは私に任せてもらえませんか?あなたもアイリーンに冒険者を辞められたら困るんではありませんか?」
「ぐっ……それは、そうだが……それでも!」
「全責任は私が持ちます!私にも【ダンジョン統括省】の上の方に伝手はありますので!」
「……!?……わかりました。それでは、それで結構です……」
かすみさんの言葉で何かを察したのか、鏑木支部長が渋々引き下がった。
それにより、俺の意見に反対するものは場にいなくなったわけだが……
「アイリーン、これで良いですね?あなたもSランク冒険者としての立場があるでしょう?二度と冒険者を辞めるなんて軽々しく口にするんじゃありませんよ?」
「……はい、わかりました。ごめんなさい……そして、ありがとう」
かすみさんに怒られてしまい、落ち込みながら返事をするアイリーンさん。
昔一緒に暮らしていたこともあるという関係性もあるのだろうが、こうやってアイリーンさんのことを嗜めることが出来るかすみさんのことは、本当に凄い人だと実感してしまった。
「よし!これで結論は出たわね!ハヤト君は今から超級職『配信王』へとランクアップします!さあさあ、陸奥君!後はよろしくね!」
「あ、ああ!はい!わかりました!それでは今から手続きを行います!」
パンッ!と手を叩きながら場を締め始めたかすみさんの言葉に、ハッと我に返ったかのように陸奥さんが反応する。
この人、図体は大きいが、やっぱり気が小さいのか、今の騒動ですっかり委縮してしまっていたらしい。
すぐに何やらクリスタルのような綺麗な石を取り出し、手をかざし始めた。
「………………よし!これでランクアップ完了です!ハヤト君は現時点を持って『配信王』となりました!」
体が光ったりとかするのかな?と期待していたが、そんなこともなく……上級職の時と同じく、割とあっさりと超級職になれてしまった。
端末を確認するとジョブの欄が『配信王』となっており、レベルも、蓄積分が一気に加算されたらしく18まで上がっていた。
端末から目を上げるとアイリーンさんと目が合った。
「アイリーンさん……」
「はい!これで私と同じ超級職になれましたね!おめでとうございます!」
アイリーンさんは、先程までの鬼気迫る表情とは打って変わった温和な笑顔で祝福してくれた。
「はい!ありがとうございます!これからも……改めて……よろしくお願いします!」
その笑顔を見た瞬間、色々な感情が噴出してしまったようだ。
気付けば『深淵の回廊』の入り口でコンビ結成時にしたのと同じように頭を下げ、右手を差し出していた。
「……はい、こちらこそよろしくお願いします」
俺の行動に戸惑ったのか、一瞬の間の後に……
穏やかな声と共に右手を握る感触がした。
「ありがとうございます!これからも……一緒に頑張りましょうね!」
周囲にいるのは、やれやれといった表情のかすみさんと……何故か顔を真っ赤にしている陸奥さんと……相変わらず額に青筋を浮かべている鏑木支部長だ。
その三人の前で、改めてコンビとしての未来を誓った俺たちだった……
ごめんなさい……
思ったより話が進まなかった……
だって、書いてて楽しかったんですもの……
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