第12話 奇跡を起こす光
その光が出現した場所には必ず奇跡が起こる――
モンスターや神器、アイテム、魔法、ジョブ等々、ダンジョンが出現してから数多くの謎が解明されてきたが、未だ解明されていない現象もいくつか残されている。
たった今、ダンジョン統括省本部前で起こった現象もその一つ。
その現象は、世界中で数多くの命を救ってきた。
例えば、冒険者も少ない田舎町の近くのダンジョンでスタンピードが起こり、モンスターたちが大量発生した時……
ある時は、とある魔導士が発明した禁忌の魔法が発動し、街ごと消し飛んでしまいそうになった時……
またある時は、とある国で使用された召喚魔法によって全てを滅ぼさんとする魔獣が呼び出されてしまった時……
共通しているのは、ダンジョン外において大量の人的被害が発生しそうな時……
そして、魔法やモンスターなど、ダンジョンに関連したものが原因である時などの共通点がある。
それは、その場所には必ず紫色の光が目撃されているということ。
紫色の光が発生した場所は必ず大勢の命が助けられ、その逆に犠牲者は一人も出ていない。
神々しささえ感じるこの現象に関して、詳細は全く解明されていないが……
世界の人々は、この現象に関して畏敬の念を込めてこう名付けている……
『紫光』と……
◆
ここは、とある異空間――
人間が住む世界でも、ダンジョンでもない。
その狭間に存在する空間で、一人の女性が佇んでいた。
純白の衣装を身に纏ったその姿は、正に女神といった形容がぴったりの容姿と言えるだろう。
女性の眼前には、異次元空間に開いた小窓ほどの穴が開いており、そこには先程までセイラ、劉愛蕾、ミズキが激闘を繰り広げていたダンジョン統括省本部の正門前の光景が映し出されていた。
「ふう……何とか間に合いましたね」
その女性が安堵したように呟く。
「ええ、相変わらず見事な腕前でした……リゼル様」
リゼルと呼ばれたその女性の背後には、一人の男性が跪いていた。
地面に拳をつき、畏まるその姿は、まさに女神に使える御者といった感じだ。
「こんな人間同士の争いに力を使いたくはないのですけどね……困ったものです」
「ご心中お察しします……ところで、あの者たちはどうなったのでしょうか?」
「アベルもあの三人のことが気になりますか?それぞれ別々の場所へ飛ばしました。風を操る少女のような方は人里離れた安全な場所へ……氷を操る令嬢のような方は冷静さを保っていたようですのですぐ近くに移動させただけです。そして、一番興奮していた雷を操る野獣のような女性は……少し特殊な場所へ飛ばしました、お仲間も一緒です」
そう言いながら遠い目をするリゼルに対して、アベルと呼ばれた御者の男性は、ほんの少しであるが劉愛蕾率いる『黄牙団』の一行に対して同情を感じてしまうのであった。
◆
「ここは……一体?」
ついさっきまで、全力の『氷結地獄』を放っていたはずのセイラは、気付けば全く違う光景を目にしていた。
自分の体に目を移せば発動していた『氷結地獄』は解除され、平穏そのものである。
一体何が起こったのか理解できないまま呆然としていると、遠くから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「お嬢様ぁ!大丈夫ですかぁ!?」
声が聞こえる方へ目をやると、清十郎が全力で駆け付けてくるのが見える。
「清十郎……一体何が起こったんですの?」
「はい……三人が激突する瞬間に、妙な声が響いたと思ったら突然紫色の光と共に巨大な魔法陣が発生し……」
「その魔法陣によってわたくしはここまで飛ばされてしまったというわけですね……清十郎、その光はまさか……」
「ええ、恐らく『紫光』かと……」
「やはり……そうですか」
セイラは噂に聞いた『紫光』が自らのいた場所に発生したという現実に愕然とする。
『紫光』が発生する時は、何らかの奇跡が起き、大量の人命が救われる時ということは広く知れ渡っており、当然セイラも把握している。
……ということは、あの時の三人の激突により、相当数の人の命が失われた可能性が高いこと。
自身は、その激突を止めようとした立場だが、結果的に阻止できなかった可能性が高かったのだろう。
少なくとも『紫光』が出現したという事実に対して、セイラはそう理解してしまった。
「やはり……まだまだ修行が足りませんわね」
圧倒的な劉愛蕾の力に対して、抑止力になる事ができなかった現実。
セイラは自らの力不足を再認識し、更なるパワーアップを誓うのだった。
◆
その頃、とある山脈の中腹――
そこは、人が全く存在しない地域だった。
存在しているのは、見渡す限りの自然とそこに暮らす動物たちのみ。
そんな場所に……
『闇鍋騎士団』のクランオーナー、村雲ミズキは転移させられていた。
「あれれー?……ここは……一体どこですか?」
その手には先程まで全力で振り下ろしていた剣がある。
しかし、その剣に纏わせていた暴風は消滅していた。
「サダヨシさんやメイもいないし……どうなってるんですかー!?」
セイラのように『紫光』のことを知らないミズキには自分に何が起こったのか全く理解できなかった。
「まあ良いや!……さっさと皆のところに戻ろうっと!『スチームイカロス』!」
しかし、特に深く考えずに即座に行動を開始する。
とりあえず、『闇鍋騎士団』のメンバーたちに合流する事を目指し、思いのままに飛び立ったのだった。
◆
そして、『紫光』によって飛ばされたのはもう一人……
そこは、とあるダンジョンの奥深く。
「何だこれはぁ!!!!オラァアアアアアア!!!!」
怒りのままに放電し、周囲にいた大量のモンスターを片っ端から倒している劉愛蕾の姿があった。
「あいつらは……どこ行ったぁ!!!!」
ついさっきまで、セイラやミズキと激闘を繰り広げ、せっかく楽しい思いをしていたのに……
気付けば見たこともないダンジョンの中で大量のモンスターの相手をさせられている。
同じく飛ばされた『黄牙団』の団員、楊梓晴と呉李静は、セイラと戦った際のダメージがのこっているため、傍らに倒れたままだ。
「せっかく楽しかったのによぉ!!!!糞ガァァアアア!!!!」
ダンジョンの内部には怒りのままに雷獣と化した劉愛蕾の怒号が響き渡る。
――最強の冒険者の一角を占めると言われている劉愛蕾率いる『黄牙団』。
その『黄牙団』の襲撃に端を発した騒乱は、こうして幕を閉じたのだった。
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