第5話 激動
時は少し遡る――
正門の前で謎の爆発が起こり、その直後にその正門そのものが破壊されるという事態が起こり、召集されていた冒険者たちが残らず現場へ向かってしまった後のダンジョン統括省内部では……
一人の女性が内部への侵入を試みていた。
彼女の名前は楊梓晴、『黄牙団』の一員であり、序列2位。
クランのサブオーナーである。
ということは、当然オーナーである劉愛蕾の右腕として君臨している。
ランクはAランク冒険者だが、序列3位の呉李静と比較してもその戦闘力は遥かに高い。
彼女のジョブは『諜報王』、スパイとして様々な場所へ潜入し情報を獲得することが本領の超級職だ。
劉愛蕾には高い戦闘力と諜報能力の有能さを高く評価され、自らの右腕として登用されている。
彼女の侵入の目的は……日本国内に新たに出現したSランクダンジョンの正確な位置情報。
そして、これこそが『黄牙団』の真の狙いだった。
正門での破壊活動は全て楊梓晴の潜入をアシストするために行われていたのだ。
……その狙いは的中し、まんまとダンジョン統括省内部への侵入に成功したのだった。
(侵入は成功……ステルスも問題無く作動している。後は情報を抜き取るだけね)
『諜報王』のスキルの一つである『偽装迷彩』は、自らに高度な迷彩を施し、その外見を偽装することが出来る。
今の彼女は、無人の部屋のの壁の一角に同化しており、外見からは全く存在が感知出来ない状態にあり、そして目の前には一つの端末が置かれていた。
この部屋で普段仕事をしている職員が使用しているであろう端末のディスプレイに手の平を合わせ、彼女はスキルの使用を宣言する。
「『データ・スティール』」
『諜報王』のスキルには、先程使用した『偽装迷彩』のように、諜報活動に有効活用可能なものが多い。
たった今、使用した『データ・スティール』もその一つ。
その効果は、携帯やPCなどの端末から好きなデータを抜き取ることが出来る。
自らが頭の中で思い描いた希望のデータがその端末内、もしくはその端末からアクセス可能な範囲に存在さえすれば、スキルを使用するだけで一瞬で抜き取ることが可能となる。
「…………あった、これね」
そして、その端末からアクセス可能なサーバーの中のとあるフォルダの中にそのデータは保存されていた。
抜き出したデータを確認すると、自ら所持している端末にそのデータを保存し、満足気に微笑んだ。
「後は……劉様の元へ向かわねば……」
こうして重要なデータが盗まれてしまった現在でも、彼女の侵入に気付いている者は一人もいない。
様々なスキルを使用可能な冒険者たちがこの場に残っていれば、偽装を見破ることは可能だったかもしれない。
しかし、その冒険者たちは陽動に引っ掛かり誰一人として、ここにはいない。
『黄牙団』の狙い通りに事は運び、新たなSランクダンジョンの位置情報は相手の手に渡ってしまったのだった。
◇
そしてたった今、その情報は『黄牙団』のクランオーナー、劉愛蕾の手に渡ってしまった。
Sランクダンジョンの位置情報が表示された端末を見ながら不敵に笑う劉愛蕾。
「へえ、こんなところに……なるほどねぇ」
「早速向かわれますか?」
「そうだね……」
そう言いながら再び錫杖を地面に突き立てると……
「こっちが片付き次第、すぐに向かうとしようかねぇ!」
そう呟きながら、再び帯電状態に移行する劉愛蕾の姿に、その場にいた冒険者たちが一斉に息を飲む。
セイラと清十郎が並び立ち、行く手を阻みながら構えを取る。
「心配せずとも、あなた方はそこに向かうことは出来ませんわ!」
「へえ、どうやってあたしを止めようってんだい?お手並み拝見と行こうかね!」
先程の一連の攻防の中ではっきりとわかったのは、その圧倒的なステータスの差だった。
その差を埋めるための手段である『最終階層』の行使に踏み切れないセイラには、現状を打破する手段は無い。
「全く割に合いませんわ……」
そんな状態でも逃げるわけにはいかない。
少しでも状況を改善するべく、再び目の前の強敵に挑もうとするセイラと清十郎だったが……
その二人に向けて、容赦なく帯電状態の劉愛蕾が再び攻撃を開始しようと動き出す。
「さあ、次の予定も出来たしさっさと終わらせようかぁ!」
再び強力な一撃を見舞おうと、錫杖を振り上げたその時だった……
「忍法……『影縛り・極』!」
突如として劉愛蕾の体が動かなくなった。
「……ああん?」
一瞬、何が起こったかわからなかった劉愛蕾だったが、すぐに自らに起こった出来事を理解することが出来た。
今の自分は明らかに何者かのスキルの介入により、自らの動きを制限されている。
自らにスキルを行使している者の姿を見ようにも、動きを制限されている劉愛蕾は見ることが出来なかった。
しかし、その傍らに控える楊梓晴と、上空に待機している呉李静からは、その姿をはっきりと捉えることが出来た。
そこにいたのは、三名の人物だった。
「お前たちは……何者だ!?」
「その質問に答える気は無い……さあ、さっさと片付けるぞ!」
楊梓晴の質問を即座にスルーした中央の騎士の鎧を着込んだ男性が号令を掛けると、両サイドの二人も即座に行動を開始する。
片方は、忍者のような恰好をした女性、そしてもう片方の男性は魔導士風の恰好をしている。
「あ、あいつらはまさか……」
その三人組の姿に、見覚えのある冒険者たちが俄かにざわつき始める。
待望の増援のはずなのに、何やら歓迎されていないようにも見えるのは気のせいだろうか……
「お嬢様、あの者たちは確か……」
「ええ、増援は有難いんですけど、ちょっと厄介なのが来てしまいましたわね」
「はい、まさか彼らが来るとは……」
セイラと清十郎も、彼らの正体には心当たりがあるようだった。
増援が来てくれた有難さと、多少の面倒臭ささが入り混じった複雑な表情を浮かべながらこう呟いた。
「……ここに来て闇鍋騎士団とはね」
彼らはクラン『闇鍋騎士団』、絶対絶命のピンチに駆け付けた待望の増援は……
ネット界隈でも厄介者扱いをされているある意味有名な冒険者たちだった。
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