第4話 最強たる所以
――この世界で最強の冒険者は誰か?
世界の人々の間で定期的に議論され、未だ結論が出ていないテーマでもある。
そして、その議論の中で取り上げられる最強候補は決まってSランク冒険者の中から選定されることが多い。
冒険者ギルドが定める条件の中でも最も厳しい条件をクリアした者のみが、就くことが出来る冒険者の中でも最高峰のランク。
世界中を見渡したとしても、10人にも満たない程しか存在しない、極めて稀少な存在と言える。
日本の冒険者ギルドに所属するSランク冒険者は、『紅蓮の魔女』アイリーン・スカーレットと『蒼氷の聖女』青羅・バーンシュタインの2名のみ。
もちろんこの2人も世界最強の冒険者の候補に何度も取り上げられる程の人気と実力を兼ね備えていることには間違いない。
しかし、それらの議論が為される時、最も名前を挙げられることが多い冒険者がいる。
――『黄雷の戦妃』 劉愛蕾
中国の冒険者ギルドに所属するSランク冒険者であり、中国のトップクラン『黄牙団』のクランオーナーだ。
彼女の比類なき戦闘力と、容赦ない暴力性を評価する者は多く、とあるアメリカ所属のSランク冒険者と並んで最強の冒険者と呼ばれる存在である。
しかし彼女がどの様なジョブに就き、どの様なスキルを所持しているのかを明確に説明できる者はそこまでいない。
やれ、強力無比な雷を操るだとか――
瞬間移動を自在に扱えるだとか――
はたまた、あらゆる攻撃を防ぐ盾を持っているだとか――
彼女の強さを語る上で、様々な説が存在しているが……
確実だと言われている事実が一つだけある。
その事実とは実に単純明快――
世界一のステータスの高さと言われている。
全ての冒険者よりも防御力が高く、誰よりも早く動き、恐ろしいまでの攻撃力を誇る。
スキル等使用しなくても、他の冒険者よりも遥かに強い。
彼女はそんな存在だった。
そこに、様々なスキルを使用してくるのだから、その強さは正に天井知らず。
それこそが、『黄雷の戦妃』が最強と言われている所以なのである。
ただ一つ言えることは……
彼女が全ての能力を全開にして戦った時に、まともに戦える者は、世界中を見渡しても数人もいないということだ。
◇
霞ヶ関にあるダンジョン統括省本部前へ舞台は戻る――
たった今、セイラが放った『氷結地獄』の『第二階層』での全力の一撃を、無防備の状態で受けきった劉愛蕾の存在に、周囲の冒険者たちは何が起きたかわからないという表情をしていた。
「まさか、今の一撃で無傷だとは……あなたちょっとおかしいんじゃないですの?」
「はっはぁ!確かにあたしはおかしいかもしれないねぇ!まあ、全く無傷ってことはないさ、多少のダメージは喰らっちまってるからさ、そう落ち込むことはないさ」
「多少のダメージ……程度で済むような攻撃じゃなかったはず……その防御力の高さはやはり異常ですわ」
「へえ、そこまでわかるんだね。やっぱりあんたも只者じゃないよ。あたしに多少のダメージを通せるだけでも凄いことなんだから、もっと誇っても良いんだけどね」
攻撃した感触では、劉愛蕾に何らかのスキルを使用した兆候は感じられなかった。
……ということは、生身の防御力で攻撃を受けきってしまったことに他ならない。
これは、彼女のステータスが異常に高いということを意味しており、セイラはそれを今の一撃で察知してしまった。
(全く、嫌になりますわ。グランドダンジョンのボスにすら通用したわたくしの必殺の一撃が通用しないなんて……さて、どうすれば……『第三階層』や『最終階層』を使えば?……いや、それはさすがに周囲への影響が大きすぎて使えませんわ)
『第二階層』での攻撃が通用しない以上、セイラに残されている手段はその上の段階の解放、すなわち『第三階層』や『最終階層』の使用だった。
しかし、両方のスキル共に、広域に強力な凍気をばら撒いてしまう。
故にこんな場所で使用すれば周囲の冒険者のみならず、最悪ダンジョン統括省の一般の職員にまで被害が及ぶ可能性もある。
冒険者として、それだけは出来ないとセイラは考えていた。
「他にあたしに通用しそうな攻撃があれば受けてあげても良いけど、無ければ終わりだね。次からはあたしが攻撃させてもらうよ」
そんなセイラの思考を遮るように、劉愛蕾が動き出す。
アイテムボックスから柄の長い棒状のものを取り出した。
それは、形状を表すならば錫杖だった。
先端に黄金に光る大型のリングのようなものが付いており、そのリングに同じく黄金色の小型のリングが2個ずつ、合計4個通されている。
そして、大型のリングの頂点には槍のような穂先が装着されている。
「さあ、あたしの方から行かせてもらうよぉ!」
その錫杖を地面に突き立てると、シャラン!と音が鳴り、劉愛蕾の体に変化が起きる。
錫杖から発生した電撃が、劉愛蕾の体中を駆け巡ったのだ。
しかし、電撃をその身に受けながらも劉愛蕾は余裕の笑みを浮かべたまま、帯電状態で立っていた。
「これが……『黄雷の戦妃』?」
その場に立ち尽くす冒険者の誰かがそう呟いた。
錫杖を持ち、夥しい雷を身に纏うその姿は正に『黄雷の戦妃』そのものだ。
「ふうん……これがあなたの能力ってわけですの?」
「まあね、あたしのジョブは『轟雷王』、雷を自在に操る魔導士系統の超級職ってわけさ」
「……!?へえ、やけにあっさりと自分の情報を話すのね」
突如として開示された劉愛蕾のジョブの情報に、セイラは驚きそして警戒する。
「まあ、あんたのジョブやスキルの情報も前の配信で知っちゃったしね。あたしだけが秘密にしててもフェアじゃない……それに、どうせ開示してもあたしの勝ちは揺るがないしね」
「…………っ!」
「ちなみにこの錫杖は『雷迅杖・凶摩』、Sランク神器だね、この神器もあたしの雷撃を強化する効果を持っている。今からこれであんたを攻撃するからね」
どこまで余裕を見せるのだろうか。
自らの能力の開示のみならず、神器の詳細、そしてこれから行う攻撃手段まで教えてくる劉愛蕾に対して、激しくプライドを傷つけられ、怒りを見せるセイラだった。
「ふん!さっさと……来なさいな!」
「良い度胸だね!それじゃあ行くよぉ!」
どん!と拳を胸の前で叩きつけながら気合を入れるセイラに対して、激しい帯電状態の劉愛蕾が錫杖を構えながら突っ込んでくる。
「お嬢様!逃げてください!」
「はん!間に合うかよぉ!劉様の攻撃から逃れられる者などいねえよ!」
その踏み込みは異常に速く、周囲の冒険者には全く見えなかった。
その場でその姿を確認出来たものは、セイラの他に清十郎、呉李静の2名のみだった。
「終わりだよぉ!死ねぇえええ!!!!」
「こんなところで……死んでたまるかぁぁああ!!!!」
錫杖を振りかぶり、目にも止まらぬスピードで雷光の尾を引きながら、セイラに迫るその姿は正に雷獣そのものだった。
やがて、セイラと雷獣の如き劉愛蕾の姿が交差した瞬間……
激しい衝突音が鳴り響き、閃光が走る。
それは、一瞬の出来事であり、清十郎や呉李静でさえも、肉眼で捉えることが出来なかった。
辛うじて認識できたことと言えば、破壊された正門の真横の壁面に向かって何かが吹き飛ばされたことだった。
「お、お嬢様ぁ!」
無論、それはセイラだった。
たった今、目の前で壁面に向かって吹き飛ばされ、激しく激突したのが自らの主人だと理解した清十郎は即座に倒れ伏すセイラの元に駆けつける。
状態を確認すると、何とか呼吸をしている。
「は、早くこれをお飲みください!」
すぐに自らが所持するエリクサーを取り出し、セイラに飲ませる。
かなりのダメージを負っていたセイラだったが、エリクサーの効能ですぐに回復する。
「やはり、あいつを倒すには『最終階層』を使うしか手段が無いですわね……」
今の一撃で更にはっきりと確信してしまった。
もはや、周囲への影響を考えている場合ではないのかもしれない、セイラと清十郎の脳裏にそんな考えが浮かぶ。
対して、たった今攻撃を放ち、セイラを吹き飛ばした劉愛蕾は、攻撃後の体勢のまま立ち尽くしていた。
「……へえ、今の攻撃の間に反撃を入れてくるのかよ……あんたやっぱりやるねぇ」
セイラはセイラで攻撃を受けて吹き飛ばされながらも、しっかりとカウンターの一撃を入れていた。
ステータス差の影響でそこまでのダメージを与えられているわけではないが、ただではやられないというSランク冒険者としてのプライドがそうさせていたのである。
……とはいえ、決定打には程遠く、何らかの手段を講じなければセイラの勝利は有り得ない。
「くっ、こうなれば……『銀嶺』!」
たまらず清十郎が『銀嶺』を発動させる。
このまま自らの主人が敗北するのを黙って見てるわけにはいかない。
御者としての想いが、セイラの言いつけを破ってでも劉愛蕾に挑むことを選択させた。
「ああん?あんたがその気なら俺も加勢させてもらうぜ?」
当然、それを呉李静が黙って見ているわけがない。
上空を飛行したまま、ライフル銃の照準を清十郎へ合わせる。
「次の相手はあんたかい?あたしは別に二人同時でも構わないけどねぇ!」
そう叫びながら、錫杖を再度地面に突き立て、帯電状態となる。
如何に清十郎とセイラの二人で戦ったとしても、今のままだと勝ち目は薄いだろう。
しかし、引くわけにはいかない。
何とか相討ちにでも持ち込めれば……二人の脳裏にはそこまでの覚悟が芽生えていたが……
『お待ちください……劉様!』
それは、若い女性の声だろうか。
セイラにも、清十郎にも聞き覚えの無い声が響き渡った。
「あん?良いところだったのに……楊の奴……やっと来やがったのかい」
その謎の声の主は、劉愛蕾の部下……即ち『黄牙団』の一員のようだった。
どこから聞こえてくるのかわからなかったが、やがて劉愛蕾の影の中から浮かび上がってくる。
最初に浮かび上がってくるのは顔だった。
黒髪の女性で口元を布で覆っている。
続いて、体や腕が浮かび上がり、最終的には全身が姿を現した。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません……想像以上に中のガードが堅かったもので……」
そう言いながら、頭を下げる女性が述べた言葉を聞いたセイラと清十郎は聞き逃さなかった。
まさか、あの女性が今までいた場所は……
「言い訳はたくさんだよ。それで……欲しいものは手に入ったかい?」
「はっ、新たなSランクダンジョンの情報は確かに入手して参りました!」
その言葉にその場にいた冒険者全員の間に戦慄が走ったのだった。
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