第42話 『星崩の大魔宮』 エピローグ②
私生活のバタバタと、単純な難産で遅くなってしまいました。
これで第一章のラストとなります!
「世界……ダンジョンへの……怒り、ですか?」
藤堂さんの口から飛び出した言葉は全く予想だにしなかったものだった。
その言葉に動揺し、鼓動が激しくなるのがわかる。
「そ、それは一体、どういう意味なんでしょうか?」
動揺と緊張によって、ラカラに乾いた口で、何とか言葉を搾り出した。
そんな様子を見て藤堂さんが、少し申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「あ……そうね。これ以上私の口から言うのは、あの子に義理が立たないわね。申し訳ないけどここから先は本人から直接聞いてもらえるかしら……でもまあ」
「でも……何ですか?」
「ええ、でもまだそこまでは絶対に教えてくれないでしょうけどね」
ぴしゃりと断言されてしまったが、それもまた事実なのだろう。
今の一言で、少しは縮まっていると感じていたアイリーンさんとの距離が一気に引き離されてしまったような気がした。
しかし、その表情を察知してか、藤堂さんは苦笑いを浮かべながら呟いた。
「あら?今私は、『まだそこまでは』って言ったのよ?あの子のことを思うのならば、決してあきらめないことね。そうすれば必ずあの子の気持ちはわかるでしょうよ。……少なくとも、あの子はあなたのことを気に入っているのは間違いないのだから」
アイリーンさんが俺のことを気に入っている……だって?
意気消沈した俺を見て投げかけられた、哀れみ混じりのフォローの言葉なのかもしれないが、投げかけられた言葉に幾分気が救われたような気がした。
……決してあきらめないことか。
その言葉を心の中で反芻する。
俺は配信者としてアイリーンさんの相棒となった……が。
彼女のことを何もわかっていなかった。
アイリーンさんが世界に、ダンジョンに、何らかの良からぬ想いを抱いているとしても、それを受け止められるだけの力を持たなければならない。
そのためには、少なくとも今より強くならなければならないだろう。
……その時、応接室の内線が鳴り響き、藤堂さんが応答する。
どうやら、迎えが来たようだった。
「お迎えの車が来たようだから、お話はここまでね。ハヤト君、あの子のこと、これからもよろしく頼むわね?」
「はい、わかりました。藤堂さんから色々とお話を聞けて良かったです」
「ええ、こちらこそ、それから今度からは藤堂さん、じゃなくて、『かすみさん』って呼んでくれて良いからね?」
「はい!……ってええ!?かすみさん……ですか!?」
「そう、何か藤堂さんって他人行儀な気がして、好きじゃないのよね。じゃあよろしくね!」
「は、はい……」
こんな偉い人をかすみさん何て呼び方をして本当に良いのだろうか?
頭の中で多少の混乱を抱えながら迎えの車まで案内される。
迎えの車には先にアイリーンさんが乗り込んでいた。
「アイリーンさん!先に乗ってたんですね」
「ええ、お先に失礼しています」
相変わらずにっこりと微笑みながら返事を返してくれるアイリーンさんからは、さっき聞いてしまった『怒り』などという単語とは対極の位置にいるように感じる。
藤堂さん……もとい、かすみさんから聞いた話の詳細を聞ければと思ったが、とてもそんなことを斬り込めるほどの勇気も持てなかった。
……いつか、そんな話も出来るようになれれば良いんだけどな。
そんなことを考えていると、宿泊先のホテルに到着してしまった。
……うん、めちゃ豪華ですやん。
そのホテルは今まで縁もゆかりも持てなかったほどの豪華さだった。
「これは……すごいホテルですね……」
「そうですか?ダンジョン統括省関連の泊まりの依頼の時は、大体こんな感じのホテルですけどね」
「そ……そうなんですね」
「ええ、それじゃあ今日はこれで、また明日よろしくお願いしますね」
「は、はい!おやすみなさい!」
「はい、おやすみなさい」
夜も遅いので、到着後にすぐに解散となった。
本当は、もう少し話したかった気がするが……
大事なことを聞ける雰囲気も勇気もなかったので、不完全燃焼でのお別れとなってしまった。
その後に案内された部屋に入ったが、これまた場違いに豪華な部屋だった。
「はあ……すごいなぁ」
高級ホテルの豪華さに圧倒されてしまうが、不思議と気分はそれほど高揚することはなかった。
原因は……まあわかっているが。
「もう、寝るしかないよな」
モヤモヤしたものを抱えながらも、ベッドにダイブする。
今まで経験したことの無いような、ベッドのフカフカさを実感しながらも、今日はもう寝ようと決意しながら目を瞑る……が。
「………………寝れるわけがねええ!!!」
頭の中のモヤモヤのせいで全く寝れる気がしなかった。
体はとてつもなく疲労しているのに、不思議と頭の中はバッチリと冴えている。
考えれば考えるほど、堂々巡りとなり頭がパンクしそうになる。
「はあ……せっかくだし散策でもするか」
眠れないなら眠れないで、せっかくの豪華ホテル内を探検しようと気持ちを切り替えてみた。
もう夜も遅いが、これだけ広いホテルだ。
ウロウロするだけでも気分転換にはなるだろうさ。
◇
そうして、ホテル内を右往左往し、最終的に足を運んだのは、とあるバルコニーだった。
辺り一帯を一望出来る程の高層階に設置されており、街の灯りがとても綺麗に見えた。
「へえ……こんな所があるんだなぁ」
手摺に肘を置きながら、夜風に身を委ねる。
そのまま、街の景色をぼんやりと眺めていると、背後から足音がした。
「あれ?ハヤトさんじゃないですか。こんなところでどうしたんですか?」
「えええ?」
その声は、現在もっとも聞きたかった声だった。
その声の方へ振り返ると、そこにはアイリーンさんが立っていた。
「いや、この場所から見える景色が好きなので、たまにここに来ちゃうんですよね」
「そ、そうなんですね。確かにここからの景色ってすごい綺麗で癒されますよね」
「ふふ、そうなんですよ。そうしたらハヤトさんがいるからびっくりしちゃいました」
「は、はい。ちょっと眠れなくてブラブラしてたら辿り着いちゃいまして……」
戸惑いを隠せない俺の様子を見てくすくすと笑いながら、隣に立つと。
「隣、良いですか?」
「は、はい!もちろんです!」
首をブンブンと縦に振りながら、全力でイエスのサインを送る。
「ありがとうございます」
そう言いながら、アイリーンさんが隣の手摺にもたれかかった。
「さっきも言いましたけど、私、ここからの景色が好きなんですよね」
そう言いながら目を輝かせているアイリーンさんの横顔を見るだけで、少しだけ鼓動が速くなるのがわかる。
あまりジロジロ見るのも悪いので、慌てて正面に視線を戻した。
「……かすみさんから、私のことを何か聞いちゃいましたか?」
「ぶふっ!!??」
アイリーンさんの唐突にぶっこんできた直球に豪快に噴き出してしまった。
ひとしきりむせ込んでから、引き攣った表情をアイリーンさんに向ける。
そんな様子を見て、くすくすと笑っていたずらっぽい笑みを浮かべているアイリーンさん。
「……どこからそれを?」
「いえいえ、かすみさんがハヤトさんを呼び出した時点で、そんな話をしてるんだろなーって、思っただけです」
……なるほど、かまを掛けられたわけだ。
……で、まんまと引っ掛かった間抜けな俺ってか。
とはいえ、こうなったからには話さないわけにはいかないよなぁ。
「え、ええと、確かに少し聞いちゃいましたかねぇ……」
「そうですか……例えばどんな?」
そう言いながらこちらを覗き込むようにして見つめてくる。
クリっとした大きな瞳に見つめられると、ドキリとしてしまう。
「いや……あの、それは……その」
「例えば……私の昔話とかですか?」
その言葉に再び鼓動が速くなる。
かすみさんとの会話を聞かれていたのだろうか?と思えるほどの直感の鋭さだ。
俺は観念して本当のことを話すべきだと腹を括った。
「ええ、まあその辺りも色々と……」
「へえ、聞かれちゃいましたか……」
「いや、でも具体的なことは何も!本当にざっくりとしか聞いてませんので、ご安心を!」
必死になってフォローする俺の表情を見て再びくすくすと笑う。
「ええ、わかってますよ。かすみさんは、人のことを無断でベラベラと話す人じゃありませんから」
「はい、僕もそう思います。何でも昔、一緒に暮らしていたとか、聞きましたけど」
「そうなんです。私が駆け出し頃に拾ってもらいまして、色々なことを教えてもらいました。言うなれば、『恩人』ですね」
「へえ、『恩人』ですか」
その後も、色々なことを話す。
かすみさんに教えてもらったことや、一緒に冒険をしたエピソードなどを事細かに教えてもらえた。
……そうしているうちに、とうとう我慢できなくなり本題を切り出すことにした。
「あの……アイリーンさんはどうして冒険者になったんですか!?」
「ああ……やっぱり、その辺りを聞いちゃいましたか」
「かすみさんからは、アイリーンさんが強くなった要因は『ダンジョンに対する怒り』だとしか聞いていません。でも、やっぱり気になっちゃって……」
俺の言葉についさっきまでにこやかに話していたアイリーンさんの表情に若干の陰りが見えた。
やはり聞かれたくはないのだろう。
暫しの沈黙の後に彼女が切り出す。
「今はまだ……詳しく話すのは勘弁してもらっても良いですか?」
やっぱりそうか……そりゃぁそうだよな。
アイリーンさんの言葉は予想通りのノーだった。
わかっているはずだったが、実際に聞くと若干ショックを受けている自分に気付く。
その表情を見てか、アイリーンさんはすぐに言葉を付け加える。
「でも、ハヤトさんには、私が『冒険者を続ける目的』は伝えるべきだと思っています」
「目的ですか!?……それは、一体!?」
「はい、その目的は……『全てのダンジョンをこの世界から消滅させること』です」
「し、消滅!?ダンジョンを!?そんなことが出来るんですか!?」
「はい、全てのグランドダンジョンを踏破した際に出現するファイナルダンジョン。ここを踏破すれば、全てのダンジョンが消滅する……私はそれを達成するために冒険者を続けているんです」
たった今、自分が聞いた言葉が信じられなかった。
全てのダンジョンが消滅するだって?
今の世の中にとって、ダンジョンは無くてはならないものだ。
ダンジョンから採取可能な資源がこの世界にどれだけの恩恵をもたらしているのか、俺でもわかってしまう。
そのダンジョンが全て消滅してしまった時に、この世の中に対する影響は計り知れないものがあるだろう。
それが、ファイナルダンジョン踏破によってダンジョンが消滅してしまうとは……
他の冒険者はこの事実を知っているのか?
そもそも、何でアイリーンさんがこの事実を知っているんだ?
疑問点ばかりが頭に浮かんでしまう。
「まあ、今話せるのはこれくらいですかね。本当にごめんなさい」
混乱の極みに達した俺の表情を見て、申し訳無さそうに頭を下げる彼女を見て、俺は咄嗟に言葉を放つ。
「い、いえ!あの……話してくれてありがとうございます!そこまででも話してくれて嬉しいです!」
「そ、そうなんですか?」
俺の言葉に意外そうな表情を浮かべるアイリーンさんだが、俺の言葉は紛れもない本心だった。
例え少しでも本心を話してくれたのが、嬉しくて仕方がなかったのだ。
「はい、厚かましいことばかりで申し訳ないんですけど、いつか……もっと色んなことを話してもらえれば……もっと嬉しいと思います!」
自分でも何を言ってるかわからないが必死で気持ちを訴える俺を見て、三度、くすくすと笑い出した。
「ええ、いつかそんな日が来ると良いですね……でも、ハヤトさんならいつか本当に……」
そこまで言った後に、いたずらっぽい笑みを浮かべながら……
「いや、これを言うのはやっぱりやめときますね」
「えええ……」
……蛇の生殺し!
……まあ、でも良いか。
今の会話で俺の心にずっしりと覆いかぶさっていた何かが、スッキリと消え去っていくのを感じる。
いつか、アイリーンさんと本当のことを語り合えれば……
そのために、もっと強くなろう。
それこそ堂々と肩を並べられるほどに。
そのために、やるべきことはいくらでもあるだろう。
俺は、そんな決意を新たに抱き、前を向くことを強く心に誓った。
◆◆◆◆
その頃、『ダンジョン統括省第三支部』では、翌日に控えたグランドダンジョン踏破に関する記者会見の準備が行われていた。
「全く、手が掛かる……さあ、もっとペースを上げないと明日の会見に間に合わんぞ!」
鏑木支部長が手を叩きながら周囲を鼓舞する。
グランドダンジョン踏破の会見となれば、国内初となる。
さすがにそれなりの規模での会見となるので、準備はしっかりと行わなければならない。
その責任者として鏑木支部長も、険しい表情のまま、準備を進めていると……
「か、鏑木支部長!本部から報告です!」
「こんな時間に本部からの報告だと!?……一体何があったのだ?」
本部からの報告は大抵ろくなものではない。
ましてや、こんな夜中に報告してくるのだから、当然それは緊急事態に他ならないだろう。
悪い出来事は重なるものだ。
頭を抱えながら、報告を聞く。
「はっ!本部からの報告によりますと……我が国に新たにSランクダンジョンが出現しました!」
「なっ!?何だと!?」
現在、日本国にはSランクダンジョンは三つしかなかった。
当然、両方とも踏破され、その後に出現するグランドダンジョンもそれぞれ踏破済みだ。
そして、ここに来て更に四つ目のSランクダンジョンの出現ときた。
「我が国だけ……多すぎるだろう」
鏑木支部長の懸念は的中している。
グランドダンジョン踏破時のアナウンスから推測するに、Sランクダンジョンとグランドダンジョンの数は全てで十二個で間違い無いだろう。
そして、その内の実に三分の一の四つが日本に出現しているのだ。
そうした場合に何が起こるのか……?
「これは、他の国が黙っていないぞ」
そう、他国の介入である。
グランドダンジョン踏破時に獲得できる『最高位神器』は、踏破時のMVPのみが獲得できる貴重な神器だ。
従って、世界に存在する数量も十二個。
しかし、十二個しか存在しない『最高位神器』が四個も日本に存在するとしたら?
紛争の元としては十分な理由となり得る。
鏑木支部長が懸念しているのはここなのだ。
「場所は……場所は一体どこなんだ!?」
「はい!場所は……沖縄……沖縄の、最南端です!」
「また、厄介な場所に!至急、アイリーンとセイラに連絡だ!すぐにでも現地に向かわせろ!」
鏑木支部長の絶叫に近い叫び声が響き渡り、支部の職員が一斉に動き出した。
新たなダンジョンの出現に、日本のみならず、世界中の冒険者を巻き込む事態が発生していく。
事態は更なる風雲急を告げていた。
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