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『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』  作者: 我王 華純
第三章 地獄の鬼たちと新たな希望
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第34話 最後の希望を背負う者

長らく更新が途絶えていたので、今日は連続投稿させて頂きます!

 アイリーンさんの最後の一撃――神域魔法でさえ耐えきってしまった大凶丸が、なおも俺たちへ迫る。


 「諦めるのは……まだ早いですわ!」


 真っ先に檄を飛ばしたのはセイラさんだった。


 「あいつももう瀕死です……このまま押し切りますわよ! 動ける者は――私と共に来なさい!」


 叫ぶや否や、セイラさんは地を蹴って駆け出した。


 「了解です……お嬢様!」


 「うむ……ここが勝機じゃ!」


 清十郎さんと輝柳斎さんがそれに続き、その後ろからは武雷さんを始めとした九頭竜の面々も、死を覚悟した形相で大凶丸に向かう。


 そうだ、ここで怖気づいている場合じゃない。


 ちらりとアイリーンさんの方へ視線を向ける。

 彼女は地に伏し、呼吸も荒く、苦痛に顔を歪めていた。


 ――彼女が命を削って作ったチャンスだ。

 逃すわけにはいかない。


  「行くぞ……!」


 俺も気力を振り絞り、足に力を込めて前に出ようとした――その瞬間。


 「お前ら全員くたばれぇええええ!!!!『極滅鬼(ごくめつき』ぃぃいいいいいい!!!!」


 大凶丸の咆哮が、大地を震わせた。

 次の瞬間、俺たちの体が一斉に強制的に硬直する。


 「な、なんだ……っ!?う、動け……ない……!」


 「これは……どうしたことですの!?」


 セイラさんの声も震えていた。

 まるで巨大な手で全身を押し潰されているかのような圧力。

 筋肉どころか魔力の流れすら凍りつき、まったく動けない。

 大凶丸の体中から黒い瘴気が噴き上がり、その姿は先ほどの瀕死とは思えないほど異様に膨れ上がっていた。


 黒い瘴気は大凶丸の内側から際限なく吹き出し、ただ事ではないことを示していた。


 「これは、まさか……!?」


 「自爆する気か?」


 視界の端でセイラさんたちが次々と膝をつき、武雷さんたち九頭竜も呻き声を上げて崩れ落ちる。


 誰も立てない。

誰も動けない。

 大凶丸だけが、ゆらりと俺たちへ歩み寄ってくる。


 「……終わり、かよ……」


 敗北の一歩手前。

 誰かが呟いた絶望の言葉が耳に届く。


 「まだだ……まだ終わっちゃいない!」


 「そうですわ! まだ何か手が……!」


 俺たちの視線の先に映るのは大凶丸の姿。


 恐らく残りHPは一割も残っていない。

 しかし、最後の手段とも言える『極滅鬼』で俺たちは完全に拘束され、大凶丸が纏う瘴気は勢いを増している。


 「これは……やばい……」


 認めたくないが、どうしようもない現実。

 動きを取り戻すより早く、大凶丸の最後の一撃が放たれる。


 「まだだ……」


 俺は現実を否定するように声を搾り出す。

 だが、事実として打開策は存在しない。


 アイリーンさんの神域魔法で倒しきれなかった時点で、勝負は決していたのだ。


 このまま『極滅鬼』が放たれれば、これまでの全てが無駄になってしまう――。





 「────え?」


 その時、頭上で鋭い音が鳴り響いた。

 キィィィインというジェット音のような轟音が近づいてくる。


 なんとか視線を上へ向けると、何かがとてつもない速度でこちらへ飛翔してくる。


 ――それは少女だった。


 あれは……


 「……ミズキ!」


 クラン『闇鍋騎士団』オーナー、村雲ミズキ。


 「ラスト一撃……もらっちゃいますよぉおおお!!!!」


 鋼の翼から勢いよく蒸気を噴射し、少女は大凶丸へ一直線に突っ込んだ。


 「行け……」


 その姿を見て誰かが呟く。

 それは『闇鍋騎士団』のメンバーの一人だった。

 彼らは、世間からはあまりよく思われていない。

 それはミズキの普段からの言動だったり、クランが行う迷惑行為のせいだったり。

 しかし、彼らとて上級クラン、その現状に満足しているわけではないのだ。


 彼らにもプライドはある。

 日本にとって未曾有の危機とも言えるこのスタンピードで、何とか役に立ちたい。

 これは彼らにとって偽るならざる想いだった。


 そして、その想いを一身に背負ってミズキは飛翔する。

 最早、戦場を見渡してもこの事態を打開できるのは彼女以外には存在しない。


 文字通り、人々の平和は彼女に掛かっていると言っても過言ではないだろう。

 世間から迷惑クランのオーナーだと忌み嫌われている自分にだ。


 そして、ミズキはそんな状態が誇らしかった。

 この状況を打開出来れば……仲間のピンチを救えれば……

 皆の評価も逆転するかもしれない。


 そんな想いを胸にミズキは最後の一撃を放つべく全力を込める。


 「行っけぇええええええええええええ!!!!!!」


 次の瞬間、衝撃が走った。

 ミズキの突撃が大凶丸の腹部にクリーンヒットし、鬼の巨体がぐらりと揺れる。


 「うおおおおおおおおっ!!まだまだぁあああ!!」


 ミズキはそのまま両腕を上にかざすように、大凶丸の体を力任せに持ち上げた。


 「は……? 持ち上げ……てる……?」


 「オーナー!それは無茶だ!」


 だが現実だ。

 彼女の背中から噴射される蒸気の量が一気に増え、輝く翼が唸りを上げる。


 「大凶丸なんて……ぶっとばせぇえええええ!!!!」


 ミズキは大凶丸を抱えたまま、垂直上昇を開始した。

 体を拘束されたまま動けない俺たちの頭上を、二人の影が一気に通り抜け、猛烈な勢いで上空へ――。


 「おいおいおいおい!?どこまで上がる気だミズキ!!」


 「自爆狙いの大凶丸を……上空で受けさせるつもりですの!?」


 セイラさんの声がかすかに震える。

 黒い瘴気は今も大凶丸から吹き出ている。

 このまま地上で爆発されれば、全滅必至だった。


 なら、空で爆発させてしまえば……


 「せめて……巻き込むなら、アタシ一人で……!!」


 ミズキの悲壮な叫びが風に乗り、遠ざかっていく。


 そして、大凶丸が腕を振り上げ、爆発寸前の黒い光が全身に満ちた。


 上空へと消えていく二つの影。

 大凶丸の黒い瘴気は最高潮に達し、まるで太陽のような黒光を放ち、膨れ上がっていく。


 「ミズキィィィィィィ!!」


 俺の叫びは虚しく空に吸われる。


 ――間に合わない。

 ――爆発する。

 この距離じゃミズキは絶対に助からない。


 誰もがそう悟った瞬間――。


 紫の閃光が、世界を切り裂いた。


 「……!?」


 俺たちすら視界を焼かれるほどの光が空へ伸びていくのが見える。


 「これは……『紫光』……!?」


 セイラさんが震える声で呟いた。

 見上げると、そこには杖を構えたリゼルさんがいた。


 いつの間に立ち上がったのか。

 彼女の足元には魔法陣が展開し、紫の雷光が稲妻のように迸っている。



 空に伸びる紫光は瞬く間に巨大な球体の結界を形成し、ミズキと大凶丸のいる上空を完全に包み込む。


 直後。


 ――ごうッ!!!!


 黒い光が爆ぜた。

 耳をつんざく衝撃音とともに、夜空のような闇の爆炎が結界の中いっぱいに広がる。


 しかし。


 その黒炎は結界の外へ一切漏れない。


 まるで宇宙空間で爆発したかのような静寂。

 世界が紫光の揺らめきに包まれた。


 「……お……おい……まさか……防いだ……のか?」


 誰かが息を呑む。


 リゼルさんの額には汗が流れている。

 それでも瞳は鋭く、ただ一点――上空を見据えていた。


 「私の力で大凶丸の爆発は最小限に抑えたわ……あとはあの子が耐えてくれれば……」


 淡々と、しかし確かにそう言った。


 結界の中で、大凶丸が断末魔をあげながら完全に塵になっていくのが見える。


 そして、爆炎が収まり、紫光が薄れたとき――。


 「……おお…………」


 ひとつの影が、ゆっくりと結界の中から落ちてきた。


 ミズキだ。


 翼は半壊。髪も煤けている。

 それでも――


 生きていた。


 リゼルさんが杖を横振りすると、優しい紫風がミズキの体を抱きとめ、ふわりと地上へ降ろす。


 「……ぁ、あ……死んだかと……思いましたぁ……」


 ミズキはぐったりと倒れ込みながらも、かすかに笑った。


 「ミズキ!!」


 俺たちは拘束が解けた途端、彼女の元へ駆け寄る。


 「あ、や……皆さん……生きてます? よかったぁ……」


 彼女はボロボロの笑顔を俺たちに向けた。


 その姿に――胸が締め付けられた。

 泣きそうになった。


 セイラさんがそっと歩み寄り、静かに言う。


 「よくやってくれましたわ……あなたがいなければ……本当に全滅していた」


 「へへ……たまには……良いとこ、見せないと……」


 ミズキは気まずそうに笑う。


 その背後で、大凶丸と呼ばれた巨悪は、完全に消滅していた。


 グランドダンジョン『鬼皇の死都』から発生した、史上最大規模のスタンピードは、こうして終焉を迎えたのだった。

これでスタンピードがやっと集結!

次回はリザルトです!


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