第32話 総力戦
大凶丸の真の力が解放されてから、形勢は完全に傾いていた。
様々な属性の力を駆使しながら繰り出される攻撃の数々は、完全にこちらの動きを抑え込んでいた。
「総員散開!的を絞らせないように動きなさいな!」
セイラさんの掛け声と共に一斉に散開する。
一撃一撃が必殺の威力を秘める大凶丸の攻撃に対して、少しでも被害を減らすために苦肉の策だ。
しかし、大凶丸はそんなことはお構いなしに攻撃を放ってくる。
「おらぁ!『冥氷鬼』!」
放たれたのは、セイラさんのお株を奪うような極寒の凍気流。
大凶丸を中心に、周囲の悉くを凍て付かせながら、その範囲を拡大していく。
セイラさんの指示により、あらかじめ散開していたとはいえ、このままでは全滅は必至だ。
「『エクス・プロミネンス・ウォール』!」
そこへアイリーンさんが、獄炎の障壁を展開する。
いかに極寒の凍気流といえ、アイリーンさんの本気の障壁を突破することは敵わず、その場で霧散してしまった。
「ナイスですわ!可能な者は今の内に攻撃を、守勢に回ったら負けますわよ!」
即座にセイラさんの指示が飛ぶ。
大凶丸の攻撃の激しさに、このまま押し切られそうになっていたため、この隙を逃すわけにはいかない。
俺は待ってましたとばかりに『神速』を使用し、大凶丸へ向かう。
もちろん、俺以外にも反応している冒険者が数人いる。
清十郎さんに、輝柳斎さん、『九頭竜』のリーダーの武雷さん、そして、指示を出した張本人のセイラさんもいる。
先程との『獄岩鬼』で防がれた時と同じ構図なのが気になるが、今戦える中で最強のメンバーなのは間違いないだろう。
「これはどうだ?『檄雷鬼』!」
あいつはクールタイムとか知らないのか?とでも突っ込みたくなるほどの、短いスパンで攻撃を放つ大凶丸から容赦なく雷撃が放たれる。
刀の切っ先から放たれた極太の雷撃は、枝分かれを繰り返し、その数を数十、数百へと増やしながらこっちへ向かってくる。
くそっ!さすがにあれは回避できないぞ!
一瞬、突っ込むのを躊躇するが……
『そのまま……進みなさい!』
俺たちの耳に聞こえたのはリゼルさんの声だった。
それと同時に、俺たち全員を包み込むように紫色の光が溢れ出す。
これは、リゼルさんによる援護の『紫光』に違いない。
大凶丸の雷撃は『紫光』に接触した端から、徐々に縮小し、やがて消滅していった。
「よし!これなら……総員、突っ込みますわよぉ!」
その様子を見て、突撃可能と判断したセイラさんの檄が飛び、それに伴い全員の勢いが増す。
先頭で飛び込むのは、輝柳斎さんだ。
抜刀の構えを取ったまま、流麗な動きを見せ、大凶丸の側面へ辿り着く。
「ぬうん!『輝刃流奥義……地均玄武』!」
地を這うような体勢から斬撃を放つが、間一髪のところで刀で防御されてしまう……
しかし、そこから不思議な現象が起こる。
完璧に刀で攻撃を防いだはずの、大凶丸の体勢が大きく崩れ、地面に倒れ伏してしまったのだ。
「な、何だこりゃぁ!?」
自らの状態に驚きを隠せない大凶丸が目を白黒させている。
自分よりも遥かに小柄な老人の攻撃で……しかも完璧に防御したのにも関わらず、気付けば地面の転がされているのだから、驚くのも無理はない。
そして、その隙を付いて追撃するのは、清十郎さんと、『九頭竜』のクランオーナー『雷迅竜』武雷だ。
「さすが輝柳斎殿、御見それしました…… 唸れ『銀嶺』!」
「いや、噂には聞いてたけど凄いですねぇ、『武御雷』!」
銀色の斬撃と、雷を纏った槍の一撃、地面に無様に倒れ伏したままの大凶丸は為すすべもなく、両者の攻撃を受けざるを得なかった。
溢れんばかりの銀色を纏う斬撃と、雷を帯びた槍による刺突が大凶丸の胴体をまともに捉える。
「く、くそガァアアアア!!!!」
無様な姿のままに攻撃を受けたことに怒りを露わにする大凶丸は、すぐに飛び起きながら、二人へ襲い掛かろうとするが……
「わたくしを……忘れちゃいけませんわ!」
そこへ割り込んでくるのはセイラさんだ。
『氷結地獄』を発動した状態で、一気に接近し、凍気を纏った拳を連続で叩き込む。
大凶丸も応戦しようとするが、清十郎さんたちに気を取られていたこともあり、間に合わずまともに攻撃を受けてしまう。
『蒼氷の聖女』による出し惜しみ無しの全力の一撃に……
「ぐはぁ…………っ!」
苦悶の表情を浮かべながら後退した。
ここまで劣勢続きの状態で、初めて訪れた好機。
全員で力を合わせた攻撃が、確かに届いた瞬間だった。
「今です!ハヤトさん!」
「はいっ!目覚めろ……『セプテントリオン』!!!!」
セイラさんの呼び掛けに応えながら、『七星剣・セプテントリオン』を覚醒させる。
七色の光を煌々と解き放つセプテントリオンを構え、『神速』を発動させ、一気に駆け出した。
「なめるなぁ!『獄岩鬼』!」
一連の流れに警戒心を持った大凶丸が、盤面を全て覆そうと画策し、再び大地を揺るがす大地震を起こそうとするが。
「……ソードチェンジ『重神剣、バスタード・バベル』!」
その声は、大凶丸の背後から聞こえてきた。
いつの間にか、紫色の光を放つ転送ゲートが、大凶丸のすぐ後ろに展開されている。
リゼルさんの『紫光』により転送されてきたのは……もちろんアベルさんだった。
巨大な大剣を担ぎながら出現したアベルさんは、間髪入れずに大凶丸へ向かって思いっ切り振り下ろした。
「ぬぉおお!?これは!?」
地面に刀を突き立てようとしていた大凶丸は、強力な重力波をまともに受けて、地面にひれ伏すような姿勢で、その動きを拘束されてしまった。
その気になれば戦場全体まで拡大可能な重力波を、敢えて一点に集中させることで威力を増大させた一撃に、さすがの大凶丸も全く動けなくなってしまったようだ。
「ぐ、ぐぐぐ……これは……こんなぁ!」
通常のモンスターならば、一瞬で潰されてしまうような一撃にも、何とか踏ん張りながら耐え忍んでいるが、必死で歯を食いしばりながら苦悶の表情を浮かべている。
そして、その最大の隙をついて俺が狙うのは……
「行くぞぉ!『配信裂覇』!」
『配信王』たる俺が持つ最大の一撃、ちなみに現在の俺の配信を視聴しているのは、全世界で七百十八万人にも及ぶ。
アトランティカ戦の時の倍近い人数による強力無比な攻撃を、重力で動けない大凶丸へ向かって放つ。
もちろん、アベルさんも俺の意図を理解してくれていたみたいで、俺が突っ込む瞬間に合わせて重力波を解除してくれた。
「ぬ、ぬおおお!?」
重力を解除された瞬間に、横殴りでの一撃を受けて吹っ飛ぶ大凶丸へ向けて、俺は次の一手を放つ。
「ミザール!」
『セプテントリオン・ミザール』の能力であるワープゲートの展開。
『配信裂覇』を受けて吹きとんでいく大凶丸の行き付く先へ展開し、強制的にワープさせる。
そして、そのワープゲートの出口は……
「ようし!狙い通りだ!」
俺たちの遥か上空だった。
目を凝らさないと見えないほどの高度に排出された大凶丸が、そのまま自由落下を開始する。
「出ましたわよ!準備はよろしくて!?」
ここまでの首尾は上々、後は仕上のみ。
セイラさんの呼び掛けに対し、全員が同じ方向へ振り向くと、そこには仕上を任された人物が立っている。
その人物とは、もちろん……
「アイリーンさん!」
これは、『邪海龍、アトランティカ』の時と全く同じ構図と言える。
俺たち全員で稼いだ時間を利用して、存分に練り上げられた神域魔法の準備を完了させた『紅蓮の魔女』が……
最後の一撃を放つべく、赤黒い光を纏いながら直立していた。
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