第26話 真なる修羅皇
「またよくわからないことになってるじゃない……ヴァイス、あいつは一体何者なの?」
「ん?ああ、大凶丸のことか?」
「ええ、今のあいつの姿はただ事じゃないわ、あなたあの海龍の時みたいに何かしでかしてるんじゃないの?」
「ククク、何でもかんでも私の仕業だと決めつけるのはやめてもらいたい。さすがにあれは私の仕事ではない」
「へえ、それじゃあ、一体誰の仕業だっていうの?ていうか、あいつは一体どうなってるの?」
「そうだな、まずは大凶丸に何が起こっているかから答えるとしようか」
「何やらもったいつけるわね……まあ良いわ、さっさと教えてちょうだい」
「ククク、相変わらずせっかちだなミスティークは……なあに、大凶丸は元の姿に戻ろうとしているだけだよ」
「元の姿?一体それはどういうことなの?」
「言葉の通りだ。昔の大凶丸はそれはそれは強力な個体でね。『統率者』の中でもその力を持て余してしまうほどだったんだ。それに加えてあの苛烈な性格だ。余りに手が掛かるから力を分割されてしまったんだ」
「分割ですって?それじゃああの大量の鬼たちは……」
「そう、御明察。あの大量の鬼や四天王と呼ばれる幹部たちは全て大凶丸の力を分割して生み出されたいわゆる分体ってやつだね」
「そういうことなの……それじゃあこれからあいつは、自分の部下たちを吸収して本来の力を取り戻すってこと?」
「ああ、そうなるな。恐らく数千年ぶりになるんじゃないだろうか?」
「ふん……また手の込んだことを……でもこんなことをするのはあなたじゃないとしたら、一体誰が……まさか!?」
「ククク、そのまさかだよ、これは全て我ら『統率者』の首魁たるあの方の所業だよ……」
「そう、あの方の……まさか、『魔王様』がこんなことをしているなんてね」
「まあ、あの方の頭の中なんて誰にも理解できないさ、とにかく大凶丸が『真なる修羅皇』となり、人間たちを捻り潰す様子を楽しもうじゃないか」
◆
……というわけで謎の大声が聞こえてきた後に、目の前に転がる黒曜の亡骸から何故か青く発光し始めてしまったわけだが。
まぁ、碌なもんじゃないだろうなぁ……
と半ばあきらめ気味に様子を伺っていると、その光が球状になり、宙に浮きあがり始めどこかへ向かって飛んで行ってしまった。
何が起きたかさっぱり理解出来なかった俺は、アイリーンさんの方へ視線を向ける。
アイリーさんも同じ気持ちだったのだろう、怪訝な表情を浮かべながらこちらを見ている。
「えーと、一体何が……って、ええ!?」
少し気まずさを覚えながらアイリーンさんに声を掛けようとしたその時、周囲に起こる異変に気付いてしまった。
何と、同じような球状の光がそこら中を飛び回っている。
その数は数百……どこらじゃなく、数千、下手すれば数万ってところか?
夥しい量の光の球が宙を舞っている様子はまるでプラネタリウムでも見ているかのようだった。
大半の光は、普通の発行体のように見えるが、よく見ると中には一際大きく光を放つ赤や黄色、緑色の発行体も見える。
さっき飛んでいった黒曜は青色の光を放ったから、これはそれぞれ四天王から発せられた光なのだろうか?
そして、一見幻想的に見えるその光の大群は、良く見ると全て一方向へ向けて飛行しているのがわかった。
これは、ひょっとして……
それに気付いた瞬間、とてつもなく嫌な予感がしてきた。
「アイリーンさん、俺……」
「ええ、ハヤトさん、行ってください!私もすぐに向かいますので!」
「はい!」
アイリーンさんも同じ予感を感じていたのだろう。
答えと同時に『神速』を発動させて、飛び出すように走り出した。
行先はもちろん、光が向かっている方向だ。
俺は一刻も早くこの嫌な予感が本当かどうかを確かめたくて、必死で走った。
『神速』を使用し、あらん限りのスピードでかっ飛ばすが、それに並走するように、無数の光が目的地へ向かって一斉に飛行している。
ほどなくして、光が目指す終着点が見えてきた。
そこにいるのは、一匹の巨大な鬼だった。
その鬼は、天を仰ぐようにしながら大きく口を開け、光たちを次々に飲み込んでいる。
恐らくこの鬼こそ、グランドダンジョンのボスである『修羅皇・大凶丸』に違いない。
大凶丸は片腕を失っており、その近くには鎧を着た少女が一人佇んでいるのが見えた。
その少女は引き攣った表情を浮かべながら、大凶丸が光を吸収している姿を呆然と見つめている。
そうしている間にも、大凶丸は光を吸収し続け、その姿にも変化が起き始めている。
まずは、切断されていたはずの片腕が、みるみるうちに復元されてしまった。
この片腕を切断したのは、傍らに佇むこの少女だろうか。
そして、とうとう大凶丸の体が禍々しく進化し始めてしまった。
体の大きさは徐々に大きくなり、その体色も、黒く黒く染められるように変化していく。
背中や肘、肩の部分など、体中の至るところにその禍々しさを象徴するかのように角のようなものが生えていく。
最後に、大凶丸が大きく開けた口へ目掛けて他のとは違う、四色の大きな球状の光が接近していくのが見える。
この光は、恐らく四天王だ。
赤、青、黄、緑、と鮮やかな四色の光を放つその球体は、あっさりと大凶丸に吸収されてしまう。
その瞬間、大凶丸の体がビクン!と激しく脈動を起こしたかと思うと、凄まじい咆哮と共に、更なる進化がその体に起き始める。
「ガァアアアア!!!!ち、力が、力が溢れてきやがるぜぇ!!!!」
全ての光を吸収した大凶丸は、自らの体の変化を見ながら、喜びの雄叫びを上げている。
それに比例するかのように、大凶丸の体がさらに膨らみ、先ほどまで比較しても倍以上の体躯へと進化を遂げている。
そして、全ての進化を終えたのか、満足気な笑みを浮かべながら佇む大凶丸の姿は……
まさに鬼の王と呼ぶのに相応しい姿だった。
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