第18話 参戦
戦いの最中、リゼルとアベルは緊張感を持った表情で眼前に広がる光景を眺めていた。
「リゼル様……今のところ、戦況は有利のようですね」
「……ええ、皆さんかなり頑張って頂けているみたいです」
大挙して攻め込んでくる鬼たちを各所の冒険者たちが上手く立ち回った結果として、戦況は人間側にかなり傾いているように見える。
ここまでの展開としては最初にリゼルが思い描いていた絵図と概ね一致していた。
しかし、最終目的はあくまで『統率者』の討伐。
大ボスでもある『修羅皇・大凶丸』を倒さない限り、このスタンピードで勝利を宣言することはできないのだ。
そして、その最終目的の大凶丸の相手は、自分たち二人が務めるべきだと考えていた。
敵側で間違いなく最強の実力を誇るであろう大凶丸を自分たちが葬ることで、こちら側の犠牲を最小限にすることができる。
それがリゼルとアベルの考えだった。
……その考えを読み切った上で、それを妨害しようと意図する存在がいた。
大凶丸を倒すために、様子を伺う二人へ迫る集団がいる。
それは、様々な姿をした妖怪のようなモンスターの集団。
そして、それを束ねる者こそがその意図の主に相違ない。
全長が数十メートルもあろうという大蛇の頭上からリゼルとアベルの様子を伺う、着物姿の鬼がいる。
そう、四天王の一人、山吹だ。
彼は自らが召喚したモンスターの集団を引き連れ、リゼルとアベルを襲撃を画策していた。
もちろん、その狙いに気付かない二人ではない。
「リゼル様、お気を付けください」
「ええ、わかっていますとも」
山吹とその周辺のモンスターたちが放つ濃密な殺意を敏感に感じ取り、警戒感を露わにしていた。
大蛇の頭上に乗ったまま、二人に近付いてくる山吹。
その周囲には、様々な異形の姿をした妖怪タイプのモンスターがうようよと蠢いている。
「あれれ?どこへ行こうとしてるのかな?」
山吹は白々しい作り笑いを浮かべながら、懐から何かを取り出す。
それは、一振りの短刀だった。
「妖刀……でしょうか?」
「アベル、気を付けなさい……あの短刀からは凄まじい憎悪のようなものを感じます……」
その短刀は一目見るだけでわかってしまうほどのポテンシャルを秘めている。
恐らく、神器でいえばSランクと同等、下手をすればそれ以上の威圧感を齎している。
しかも、それだけではなく怨念めいたものを感じる。
世の中全てに対する憎悪、そんな禍々しいものが短刀から発せられているのをリゼルは感じ取っていた。
「この短刀か?これはなぁ……こんな感じで使うんだよぉ!」
山吹がその短刀を無造作に振るう。
――その瞬間、目の前のモンスターたちが真っ二つになってしまった。
屈強な体躯を誇る牛の頭を持つモンスターも、鋼の鱗を持つ大蜥蜴のようなモンスターも何もかもを両断し、その斬撃はリゼルとアベル目掛けて飛んでいく。
「…………!」
即座に紫色の光を放つ障壁がリゼルとアベルを包み込むように展開される。
山吹が放った斬撃は、凄まじい衝突音を響かせ障壁を軋ませるが、突破までには至らない。
「くっ……!やはりあの短刀、恐ろしい力を持っていますね」
攻撃を凌いだものの、あまりの威力にリゼルは顔を顰めた。
そして、自らの攻撃を防がれてしまった山吹は同様に顔を顰めながらも、驚きを隠せなかった。
「へえ……俺の『死穢流』でも殺せないなんて……やるじゃねえか」
「……!?リゼル様、あいつは今確か『死穢流』と……だとすればあの短刀は……」
「ええ、あの短刀は……『還命器』ですね、しかも、すでに夥しい量の命を吸っています」
リゼルが述べた『還命器』という言葉、それはこの世界に存在する禁断の兵器に冠される名だ。
『還命器』とはその名の通り、命を還元させる武器。
奪った相手の命を自らに取り込み、その度に性能を上げてしまうのだ。
山吹が持っているのは『還命器』の一つ、『還命刀・死穢流』。
その姿は他の『還命器』と比較すれば些か小ぶりではあるが、その刃で殺した獲物の数だけ切れ味は増し、斬撃の威力を上げる。
そんな危険な武器を持ちながら獰猛な笑みを浮かべている山吹の姿に、リゼルとアベルは改めて警戒するのだった。
◆
そして、そのリゼルとアベルが相手をするはずだった大凶丸は、その様子を不機嫌そうに眺めていた。
「くそう、山吹の野郎、美味しいとこを一人で持っていきやがって……」
この状態は山吹が考え出した作戦によるものだった。
リゼルとアベルは山吹が抑え込み、自由に動けるようになった大凶丸はどこを目指すのかといえば……
「ふん、俺が人間の町に殴り込めば勝ちだとはな……せこい作戦を考えやがるぜ」
最強の鬼である大凶丸が防衛ラインを突破し、人間の社会で大暴れをすれば、発生する被害は計り知れない。
一度そんなことが起こってしまえば、結果としてスタンピードは成功に終わり、人間側としては敗北が決定してしまう。
そして、山吹はそこを突いてきた。
大凶丸ならば、自分と互角に戦えるアベルたちとの戦闘を望むはずという考えの逆を突き、リゼルたちが最も嫌がる作戦を考え実行してきたのだ。
「まあ、この苛々は人間共を虐殺して晴らすとするか……」
そうして、大凶丸は人間たちの町を目指して進み始める。
大凶丸が本気で走ればその速さはそれこそ『神速』に匹敵する。
そんなスピードで動かれてしまえば、冒険者側に打つ手などあるはずもなく、一般人たちに甚大な被害が発生することは確定してしまう。
その事実に気付いた者は冒険者の方にも何人かは存在していたが、その誰もが大凶丸を止めるには間に合わない。
そんな絶望的な展開が開始されようとしていたその時だった……
「んん?何だぁ、この音は?」
大凶丸の耳に何やら奇妙な音が響く。
そして、その音は戦場にいる全ての冒険者もほぼ同時に確認することになる。
冒険者たちにとっては、どこかで聞いたような何かが高速で飛行するような音。
そう、それはジェット音。
その場にいる冒険者たちは、瞬時にこれから起こり得るであろう事態を察知する。
ある者は援軍の出現に喜び、またある者はその援軍の正体に苦笑いを浮かべた。
空の彼方を見上げると、高速で飛行する物体がこちらへと向かっているのが確認できる。
「あれは……何だ、人間か?」
その飛行物体はジェット機のような翼を備えた少女に見える。
普通の人間では出せるはずもないほどの速度で、こちらに近付いてくるその少女の姿を確認した大凶丸はすぐに迎撃すべく刀を構えるが……
「いっけぇえええええ!!!!」
その少女の全身から藍色の光が放出され、その身を包み込む。
まるで、藍色の隕石のような姿になった少女が、そのまま大凶丸目掛けて突っ込んでくる。
「上等だこらぁ!」
大凶丸は、その隕石を迎撃すべく刀をフルスイングするかのように振り抜き……
その二つが交差し、激しい激突音が鳴り響く。
大爆発でも起こったかのような激突音に、戦場にいる全員が音をした方へ振り向いた。
そこに立っているのは、全身から激突による白煙を出している大凶丸と……
「あいたたた……また、失敗しちゃったかなぁ……」
周囲の注目を集めていることを全く気にしていない様子の、水色の髪をした少女だった。
全身を硬質な鎧で包み込み、その鎧は藍色の光を放っている。
その鎧の名は『藍染』、ダンジョン統括省の研究部門のトップ『平賀 孝丸』によって開発された秘密兵器だ。
そして、その『藍染』を装着している少女の名は『村雲ミズキ』。
言わずと知れた『闇鍋騎士団』のクランオーナーだ。
今回は、平賀が完成させた『藍染』の最終調整のために遅れていたのだが、たった今こうして参戦したというわけだ。
冒険者たちのピンチに突如として出現した、最終兵器を纏った少女。
言うなれば、パズルの最後のピースが揃ったということになる。
こうして、それぞれの戦場でそれぞれの相手と対峙し戦い始める。
「とにかく……私が来た以上、覚悟してくださいね!」
ミズキが剣を抜き、大凶丸に突き付け勝利を宣言したのだった。
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