84話 追跡劇
勇次は東北道を東京に向かって走らせていた。
「ユージ、変な車が付いてきているぞ。」コーツが言って来る。
富山で襲撃されて以来、安全を見て遠出は控えるようにしていた。ただ、それも時間が経つと次第に警戒心が薄まり、今では国内なら一人だけで出かけるようになっている。
「間違いないんだな。」
「ああ、学会の会場からずっとついているぞ。」
この頃は学会にもたびたび出席している。学会内での発言権や地位を上げたい野望はないが、ここで注目されるような研究発表をすれば、勇次の名声は高まり病院の名前が大きく広まる。そうなれば、病院経営にとって有益な事うえない。だから、都合をつけても学会や研究会には振るって顔を出していた。
此度は全国的な総会とも言える場であり、勇次は前々からスケジュールを調整して出席に臨んだのだ。
そして、大いに顔と名前を売り込むことに成功し、満足して帰途にいる。
ところが怪しげな車が付いていると聞いて、富山の事が思い出される。
バックミラー越しに見ると、日本でこのごろ普通ではお目に掛かれないような大型の黒いセダンに黒メガネの男が2人乗車していた。
「ガソリンを撒き散らして走っている。」と馬鹿にしたくなるような燃費の悪さだろう。
普段なら「なんであんな車を乗り回すのだろうね。よっぽど見え張りの奴。」と鼻で笑うだろう。
でも今はそんなことを言っていられない。確かにあの男たちから危険の匂いがする。
少し上りの坂道で、ゆっくりとブレーキをかけ、周りの車から置いて行かれ出す。
これなら、あまりの遅さに、後ろの車はしびれを切らして追い抜いていくはずだ。だが、大型の車はぴったりと後を付いてきた。
「これは明らかに付いてきているな。」
「ああ、間違いない。念のため、俺に運転させろ。」
勇次は若い頃から運動神経は優れており、中年と言われるようになった今でも、スポーツで万能ぶりを発揮している。
それでも、コーツが主導権を取った時の運動能力は半端ではない。
一瞬の判断の速さがものを言う球技スポーツでは、コーツに任せると圧倒的な強さを発揮する。
ある時、県大会の優勝歴のある卓球選手と手合わせして、互角の試合をした。この時も、ぼろ負けしている勇次に見かね、コーツが替わってやる。それまで、付いていけなかった相手の変化球にも、コーツは何なく対応した。そればかりか打ちにくいコースに返球するようになったのだ。
結局試合は負けたが、「急に別の選手になったようで驚いたよ。」相手の選手に言われたものだ。
コーツに任せると反射神経が格段に速くなるのは間違いなく、コーツ主体の運転に切り替えた。
そのまま行くと、県境の山が近くに見える地域に入り、前に大きなトレーラ、勇次の車、そして黒の大型車が列を組む形になる。
山ばかりの寂しい地帯でカーブが多くなる。
そこで大型車がスピードを上げ勇次の車を追い越してくる。
何かやって来るなと身構えていると、大型車はそのまま、前を行くトレーラも追い越した。
そして右カーブに差し掛かる手前で、突然追い越し車線からトレーラの前に、急に割り込んだのだ。
トレーラは急ブレーキとハンドルを切って躱そうとする。
「キー!ガー!」路面とタイヤの摩擦音。
目の前には大型トレーラが迫って来る。
生憎、下り坂になっていてスピードがでており急ブレーキでも止められない。
「ぶつかる。」勇次は追突を避けられないと思った。
だがコーツは左の路側帯に車を出した。路側帯を利用してトレーラをやり過ごそうとしたのだ。
しかし、トレーラも制御が効かないのか、大きく車線を外れ路側帯にまで入り込んでくる。
左は山肌を削った崖。そのコンクリートの壁と制御不能になったトレーラの間はとてもではないがすり抜けられそうもない。勇次の車よりはるかに隙間しかない。
「ダメだ。トレーラにぶつかる。」
それでもコーツはなおも左にハンドルを切り、コンクリート壁に軽く車を当てた。
すると、そのはずみで左の前のタイヤが壁を乗り上がった。
車のアクロバットでやる、左片側を持ち上げて走る格好だ。
ギリギリだが、隙間より、狭い体勢だ。
車はそのまま、左のタイヤを壁伝いにして、壁とトレーラの間をすり抜けた。
後を見るとトレーラは何とか壁にぶつからず、立ち往生している。
「ふー、やばいことをする。」
「まあ、何とか切り抜けられたからいいじゃないか。」
「あの車は?」
「いないな、行っちまったようだ。事故を起こさせて、黙って立ち去るとは、知らん顔する気なのだろう。」
「あれは絶対、私たちを狙ってのことだな。」
「うん、トレーラを強制的に止めさせ、俺たちにぶつからせる計画だったな。」
「大事故になる所だった。一歩間違えれば死んでもおかしくない事故だぞ。」
「あいつらは何だったんだ。山でカーブを利用して、事故を起こさせようとするのは、素人の考えることじゃない。」
そんな話をしていると、「車の調子がおかしい。次のパーキングで止めるぞ。」
コーツはPAの車を進める。
だが、そこにあの黒い車が駐車していた。




