41話 売却
「勇次さん、会社を売ってくれと言う話が来ています」と佐藤弁護士から話があった。
買収を仕掛けてきたのは、IT分野で大手と言われる会社だった。その経営者、田村は十数年前に、インターネットが普及すると確信し、学生でありながら会社を興し、数々のネット関連の商売をしてきた。ネット業界の風雲児とも言われ、次々とソフト会社を買収しては大きくし、その会社をまた別の会社に売っては大もうけした。
「世界一の株価価値の会社にして見せる」と豪語している。
私生活も派手で、女性タレントとのうわさ話もあって、週刊誌の話題に事欠かない人物でもある。
「梶谷さん。私はあなたの会社が欲しい。」
田村と言う男は、精力的で、背広もネクタイもしない格好で、挨拶もそこそこに、いきなり本題を話し始めてきた。
「私はネットが世界を変えると思っている。残念ながら日本はこの分野では世界から取り残されている。これを何とかして世界に追いつきたい。そのためには多くの技術者を集め、難題を克服していかないとなりません。私は梶谷さんの所の優秀な技術者が欲しいのです」背は高くなく、小太りで、赤ら顔して熱っぽく自分の目的を語り始めた。
勇次も世界企業に比べ、日本のIT会社は技術が出遅れ、規模が小さいと思っている。日本の企業が力を合わせて強くなるのは賛成だ。
「売却するのはあり得ないとは思っていません」勇次は田村のような人物が好きだ。
最も嫌いなタイプは本題を言わず、こちらの出方ばかりを伺う人物だ。こういう人物に限って、優柔不断で、何をするにも進まない。交渉の場に来て、埒もない話をして、ただ時間だけが過ぎて、何も話がまとまらないまま次回に持ち越すのが関の山。
田村はそんな心配をしなくても良いと感じ、こちらも本音を言う。
「私の会社をどのくらいに評価してくれます」
「50億。」
「今の会社のゲームソフトだけで70憶の収入があります。3年もあれば200億になる。それを踏まえれば最低でも150億の価値はある。」
「では80億。」
「いや、120」
互いに、値段を少しずつ摺り寄せ、100億円で売却が決まった。
どちらもオーナー社長で、相手の真意が掴めれば、後は値段だけで決着した。
その後交渉が終わり、雑談の場となる。
「まさか、いきなり値段交渉が始まり、その場で売却が決まるとは思いませんでしたよ」佐藤弁護士の言葉だ。
「これでは、私たちの出番がなかった」
交渉の場に立ち会った双方の弁護士もあまりの進展の速さに戸惑っていた。
「会社の売却話が外部に漏れただけで、価値は減ると思っています。それなら時間を置かない方がいいと思いましたから」
「私も梶谷さんのように、だらだらと交渉するのは好きではありません」
勇次は田村にシンパシーを感じた。
その後で、伸二と中村に来てもらい会社の売却を打ち明ける。
「100億で売れた?」二人は会社の売却と価格に驚きの声を上げた。
「どうして、売ってしまうんだ。会社は軌道になりこれからと言う時期なのに」
「高く売れる時期に売った方が良いと思っていた。今の会社は僕自身がソフト開発し、作っている。個人商店のようなものだ。これではいつか壁にぶち当たると思う」
「それはそうだが、勇次の才能は素晴らしいぞ」
伸二は勇次と一緒に仕事を始めて、勇次の天才ぶりにいつも驚かされていた。
あるゲームソフトの開発中、キャラクターが道に沿って歩く画面を作ろうとした。ところがキャラクターと道や背景のテンポがうまくマッチせず、どうにも歩いているように見えない。数人のプログラマーであれこれやったが、上手くいかなかった。
そこを勇次が見かけ、「ちょっと10分時間をくれ」と言うなり、プログラムを作り始めた。そして10分経たない前に「できた」と言って、皆に結果を見せたのだが、今までとは違って、実にスムーズにキャラクターが道を進む画面となっていた。数人が丸三日もかけても出来なかったのに、勇次ときたら一瞬だった。
「こんなこともできるぞ」と次に勇次が出してきたのは、キャラクターが遠くから近寄ってくるシーンで、小さく物から大きくしていって、いかにも近づいてくるのが自然に見えた。これも勇次は簡単にプログラムを組み上げたのだ。
勇次のこうした能力のおかげで、ゲームは臨場感のある仕上げとなり、評判を呼び、大きく売れた理由でもある。
伸二は勇次がいれば、もっとすごいゲームが作られると考えるようになっていた。
だから、今、会社を手放すのは腑に落ちない。
「僕を高く評価してくれるのは嬉しいが、世の中の流れは予想以上に速い。
例えば昔は記憶媒体としてフロッピーディスク(FD)が主流だったけど、すぐハードディスク(HD)が出て主役から外され、持ち運びツールとなった。さらにCDやMDが出て、FDはほとんど顧みられなくなった。そのCDやMDも通信速度が格段に向上した結果、ダウンロードでソフトや音楽が配信されるようになって、姿を消している。
これは最近、20年で起きたソフト業界の出来事だ。今後も世界を一変させるような新技術が開発され、古いものは淘汰されると思う。そして、今も世界どこかで、技術開発が行われえており、何が主流になるか誰も読めない。
僕はパソコンが好きで、この会社を立ち上げたけれど、このまま世界の流れが進めば、いつか乗り遅れるかもしれないと思っている。」
「勇次はそんな風に考えていたのか?」伸二は意外に思ったようだ。




