表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/33

第8話 意味

目を覚ますと、見知らぬ天井があった。

部屋の小窓からは、穏やかな朝の日差しが差し込んでいる。

「あー、まじ久しぶりにぐっすり寝れたわ……」

ベッド最高。

一人部屋最高。

生きてて良かったぜ、マジで。

昨晩、ニコルの城に着いた俺とアトは、ニコルの案内のもと、空いてる部屋に通されたのだ。

あまり広くはないものの、雨漏れもしてなく、ベッドもある空間に俺は感激した。

朝起きた時に、肩も腰も痛くないのだ。

これ以上、我々は何を望むと言うのだ。

俺は、ベッドから体を起こす。

すると、ベッド脇の小さな机に、アイロンの掛けられたYシャツとスラックスが置かれていた。

そして、置き手紙もある。

「主どの、ローブは洗濯しておきました。代わりに今日はこれを使って下さい」

ニコル〜……。

良い奴過ぎるよ、本当。

俺の人生、本当に良い人ばかりと巡り合うな。

俺は、昨晩着替えた寝巻きを脱ぎ、そのYシャツに袖を通した。

「…………」

あー、なんだろう。

サラリーマンみてぇだなこれ。

なんかあっちの世界を思い出すな。

何してんだろうな、みんな……。

何してんだろうな、あいつ……。

結婚指輪、買ったきり受け取りに行けなかったな……。

課長も、先輩も、俺が居なくなったから、あのプロジェクト肩代わりしてくれてるんだろうな。

小窓の向こうから、小鳥の鳴き声が聞こえた。

ひよどりの様な鳴き声ではあるが本当かは分からない。

昨晩受けた、あれだけの怪我も死返しの能力で完治しており嘘みたいに何もない。

シャツを着た後、俺はスラックス手に取る。

これまた、シワひとつ見当たらない。

ニコルの丁寧な性格が伺える

生き返ってきても、右手の甲には変わらずに信者の証である、六芒星に竜の紋章が刻まれている。

それはまるで、俺をこの世界から逃がさないとでも告げるかように。

そうだ、俺はもうこのおかしなファンタジーの世界にいる人間であり、日本のありふれた一般人ではないんだ。

一般人が、死んだ後に生き返れるか。

一般人が、魔法で体を支配されるか。

一般人が、フェニックスに乗って空を飛ぶか。

一般人が、急に体をぐちゃぐちゃにされるか。

俺の人生はもう何から何まで、変わってしまったんだ。

「なんて……ニヒル……気取り過ぎか……」

ヒヨドリのような鳴き声はもう聞こえなかった。

アトもいない為か、やっと少し独りになる時間が出来たからか、変な事を考えてしまったようだ。

着替えが終わり、自室を出る。

廊下はあまり長くはなく所々窓があり日差しが差し込んでいる。

壁には花も飾られており、ニコルの繊細さが伺える。

俺とアトは絶対こんな事しないだろうから。

廊下の突き当たりまで歩くと、階段があり階下へと向かう。

「ん……」

これは……。

珈琲の匂いだ……。

しばらく飲んでなかったなぁ。

カフェイン……やっと摂取できる……。

ニコル……本当にありがとう。

俺は、その珈琲の匂いに誘われるまま、

一階の廊下を進むと、扉が空いてる部屋があり、そこを覗いたところ、大きいテーブルを囲む二人がいた。

「あ、おはよう。お兄ちゃん」

「おはよう御座います。主どの」

「おはよう、二人とも」

テーブルには、高そうな食器に朝ごはんが盛り付けられている。

そして、カップには珈琲。

「あれ?」

「いかが致しましたか?」

俺のセリフにニコルが食いつく。

「アトが作ったのか? これ」

俺はアトの方を見る。

「うん、なんか手伝える事ないかなって思って、ニコルにお願いしてみたの」

アトはそう淡々と返し、スクランブルエッグを口に入れた。

俺は席に座りつつ、

「やっぱそうだよなー、メニューがまんまアトだもんこれ」

俺の言葉に、ニコルは穏やかに呟いた。

「本来なら、私が振る舞わねばならない立場なのですが、アト様のお言葉に甘えてしまいました」

ジャガイモ、卵、ライ麦パン、全部アトの好きな食べ物だ。

朝食を口にしつつ、俺は呟いた。

「これは俺も、なんか手伝わないといけないなー」

「いえいえ主どの、あまり無理しなくても大丈夫ですよ。お体は宜しいのですか?」

「実は、全く問題ないんだよね」

「左様でございますか」

「また今度ちゃんと話すけど、俺の能力ってさ、使うと自分が全回復しちゃうっぽいんだよね」

まぁ、発動するには一回殺されないといけないんだけどな……。

「なるほど……興味深いですね……それは……」

ニコルが思案げな顔でそう言った。

「だから、全然大丈夫! 買い物でも水汲みでもなんでも頼んでよ」

「お気遣いありがとうございます、主どの。でしたら丁度、魔物の素材を換金しようとしていた所でしたので、町の換金所まで代わりに行ってきていただけると助かります」

ニコルは穏やかに呟いた。

金髪の直毛が朝の微風になびいた。

俺は言った。

「オッケー、じゃあ朝飯食べた後、暑くなる前にでも行ってくるかなー! アトも一緒に来るか?」

俺の言葉にアトは首を横に振り、

「ううん、まだ疲れが抜けてないし、私はここで休んでる」

「おう、分かった」

俺は珈琲のカップを手に取り、久しぶりであるその香りを楽しむ。

癒される。

こっちの世界でも、珈琲は珈琲だった。

一口口に含むと、その味に昨晩の疲れが一気に吹き飛んだような気がした。

ニコル、すげぇ珈琲淹れるのうまいな。

バリスタになれるな、これ。






朝食を食べ終えた俺が、ひと息ついているとニコルが話しかけてきた。

「主どの、玄関に魔物の素材を置いておきましたそれをお持ちになって街までお願い致します」

「おうありがとうニコル、ちなみに魔物の素材ってなんなんだ」

「グリフォンの爪と羽です、今はグリフォンの相場が高い時期みたいですので」

「グリフォンって……、強いんじゃないのか?」

あれって結構、終盤になって出てくる敵モンスターじゃなかったっけ?

「まぁ、ほどほどにです。サイファーを倒してしまう主どのにとっては造作も御座いませんよ」

そう言ってニコルは穏やかに微笑んだ。

俺は少し反応に困って、はにかみつつ、

「じゃあ行ってくるよ」

ニコルは一礼した。






玄関にあった麻袋を持って俺は城の外へと出た。

あいも変わらず、快晴で青々とした空が彼方まで伸びており、朝の白い日差しが俺のシャツを光らせる。

正直なところ、ニコルの城がゲームでいう、あの古びた城だとするのなら、ここは西の大陸だろう。

大方の地理は頭に入っている。

街はここから少し東に行ったところだ。

それにこないだの大魔法イベント……、あれが起きたという事はまだゲームも最序盤だ。

と、するとアリスとシオンはまだ出会っていないのか。

俺は、街道に沿って道なりに進んでいく。

西の大陸は、平坦で草木に溢れた肥沃な土地だ。

物語でも、一番初めはこの大陸から始まる。

アリスとシオンもこの大陸で邂逅するのだ。

「ん?」

目線の先には、轍になった抜け道がある。

あー、そうか。

古びた城の近くには、確か忘らるる泉もあったな。

珍しい合成アイテムが拾える所だ。

どんな感じになってるのだろう。

特段、急いでるわけでもないし寄ってみるか。

雑草が踏みならされた轍を進む。

羽虫が立ち上がり、顔の近くを舞う。

鬱陶しいな。

やや早足で轍を抜けると、木々に囲まれた小さな泉が現れる。

忘らるる泉だ。

泉の水は透明度が高く、水面には反射した木々が写っており、しんとした空気が辺りを支配している。

夏の日射しは確かに降り注いでいるのに、何故か暑さを感じない。

原作のイメージそのままの景色がここにはあった。

俺は大きく伸びをして、青空に手を伸ばす。

大きく深呼吸をする。

夏の空気を肺一杯に取り込む。

「静かだなー」

なんて声が自然と出てしまうほど、時が止まっているような静寂に満ちている。

東京では味わえない静けさだ。

俺は泉のほとりに腰を下ろした。

こんな静かな時間を過ごしたのは、本当にいつぶりだろうか。

記憶を遡ってみても、しばらくない気がする。

仕事が嫌いではなかったからか、働き始めてからずっと喧騒の中に浸っていたのだろう。

ぼーっと虚空を眺めていたら、一枚の葉っぱが空中を舞い、それはゆっくりと円を描いて水面に浮かぶ。

水面は優しく波紋を描いていく。

「…………」

俺は何をしているのだろうか。

元の世界に帰れる様子もなければ、生き返っても、この右手の呪いが解ける訳でもない。

こんな穏やかな光景なのに、諦念と苛立ちが心の底から湧いてきてしまう。

俺にだって他でもない自分の人生があったのだ。

それが一瞬にして全てが狂った。

訳の分からないこんな状況になってしまった。

ふざけるな、そんな行き場のない怒りが込み上げてくる。

それに俺は一度死んでるんだ。

あまりにも不条理だろ。

「……っ?」

不意に背後から音が聞こえた。

俺はゆっくりと振り返る。

「今度はバレてしまいましたか」

「…………」

そこには、アリスがいた。

艶やかな黒髪のポニテ。

輪郭を囲むようにサイドの髪も降ろしており、傷のない顔と大きい瞳。

女剣士のような動きやすい革のジャケットにショートパンツ、それにブーツ。

あの日見た時と同じ姿があった。

アリスは、少し嬉しそうな顔をこちらに向けて言う。

「こんにちは、優しいお方」

「また首でも絞めに来たんですか?」

俺の返しにアリスは苦笑しつつ、近づいてくる。

「いえいえ、そんな事もう致しませんよ。街道を歩いてた所、微かに貴方の気配があったので、辿ってみたんです」

「そんなにこの気配は目立つんですか」

「いえ本当にごく僅かな気配ですから、私以外には分からないと思います。それに、もしかしたらまた貴方に会えるかもしれない、なんていう私の期待もあって試しに辿ったら正解でしたね」

「暇ですね、貴方も」

「それはお互い様ですよ」

アリスは俺の隣に座った。

風がなびき、アリスの髪の毛が揺れる。

薔薇のような香りが鼻を抜ける。

俺はアリスに問いかけた。

「なんか笑ってません?」

「はい、笑ってますよ」

「え、なんか面白い事でもありました」

俺の顔が変?

「貴方の隣にいると笑顔になれるんです」

「そうですか……」

わけわかんねぇ……。

メインキャラなんだから、ちゃんとしてくれよ。

「何に悩んでるんですか……?」

「え……?」

アリスが脈絡なくそんな事を呟いてきたので、びっくりしてしまう。

「…………」

アリスに何かを相談するつもりはなかったのに、この不思議な泉がそうさせたのか、俺は気が付いたら、言葉を紡いでいた。

「こんな所で何してんだろうなって思ってたんですよ」

「あー、私もよく思います」

アリスはあのタナトスの一件以来、辛い自責の念にずっと苛まれてるんだもんな。

こいつも、大変な人生だよな。

俺は更に続ける。

「まあ、そんなに大した話でもないんですけど、なんて言うのかな……俺は俺で、自分の人生がそれなりに上手くいってたんです」

「はい」

「だけどいきなり全てが狂わされちゃったみたいな感じで」

「はい」

「意味わかんねぇつーか、不条理だし。俺の人生返せよってな感じなんです。ざっくりしてて理解出来ないかも知れないんですけど、説明するのも面倒なんで……はは」

アリスは、穏やかな顔色を崩さずに俺の言葉を受け入れる。

そして、アリスは一呼吸置いた後、話始めた。

「私、貴方に感謝してるんです」

「……え」

「特別な存在の貴方に」

特別……? いやそれはアリス、お前だよ……。メインヒロインだし。

俺が言葉を詰まらせると、アリスは更に続ける。

「意味が分からないと仰られたので、こう言いましょう。私には意味がありました、貴方と出会えた事が」

「…………」

「純粋な慈愛をお持ちの方が存在する事を知れたんですから」

「慈愛……ですか」

俺の言葉にアリスは微笑んで、

「はい、貴方のような確かな慈愛を持つ人がこの世界に一人でも存在している、その事実が私の希望となってるんです。貴方のおかげで私は人間に絶望しないでいれる」

「買い被りすぎですよ」

「では、こう言葉を変えましょう」

アリスは俺の目を見据えて聞いてきた。

「貴方はこの世界が嫌いですか?」

「…………」

俺はつい、視線を逸らした。

「ふふ……、今ので分かりましたよ。何故だかは知りませんが、やっぱり貴方はこの世界を愛しているんですね」

「まぁ、そこそこに……」

「だとすれば、今の貴方にも意味はあります。私に意味を与えてくれた特別な貴方だからこそ、貴方にしか出来ない事がきっとある」

「俺にしか出来ない事……」

「はい、特別な貴方にしか出来ない事が絶対にあるはずです」

風が止まった。

俺がこの世界にいる意味……。

この世界が俺に投げかけてきている意味……。

…………。

そうか……。

そう言う事か……。

この世界の行く末を知ってるのも俺だけだ。

最後、シオンが犠牲になる事によって世界が救われるのを知っているのも俺だけだ。

俺がこのゲームのエンディングが大嫌いな事を知ってるのも俺だけだ。

この世界を一番愛しているのもこの俺だ。

誰よりもやり込んでいるのもこの俺だ。

つまり……。

俺の手でエンディングを変えろって事なのか?

シオンを犠牲にさせずに、世界を救えって事なのか?

この妙な力を使って、真エンドへと世界を導けって事なのか?

一気に心の中の疑念が晴れていくようだった。

まるでこの泉のように心の底が透き通っていく。

アリスは、俺の方を見ている。

俺も、アリスを見つめ返す。

「アリス……」

「はい」

「ありがとう」

「いいえ、私の方こそ、ずっと貴方に勇気付けられていますから」

「気が付いたよ、不条理な運命だろうがなんだろうが、俺はこの世界だけは嫌いになれないんだって」

「初めてお会いした際にも、似たような事を仰ってましたね」

俺は立ち上がり、座っているアリスに手を差し出す。

アリスは、俺の手を掴み立ち上がる。

俺は言った。

「意味なんてのは、誰かに与えられる物じゃなくて、自分で見出していくものだよな。なんか色々難しく考え込んじゃってたよ……はは」

「前向きになれたようですね」

「うん、ありがとうございました」

「ではひとつ、ご相談があります」

「え何」

「私と一緒に旅を致しませんか?」

…………。

いきなり?

「いえ……やめておきます。きっとこの先アリスの前に相応しい人が現れると思いますから」

アリス……その役割は俺じゃないから。

俺がはいって言ったらシオンはどうなるんだよおい。

お前らがラブラブになれずに終わっちゃうだろ。

アリスは少し悲しそうに、

「そうですか、ご一緒出来ればと思ったんですけど」

「この前アリスに言われた言葉をそのままお返ししますよ」

「なんて言いましたか私」

「貴方とはまた、どこかで会いそうな気がします」

俺の言葉にアリスは微笑む。

ポニーテールが揺れる。

「では、また会いましょう。優しいお方」

アリスはそう言って踵を返し、この場を去っていく。

先程と変わらない静寂が辺りを支配している。

なんか、勇気付けられちゃったなおい。

さすがメインヒロイン、良い奴だな。

そうだ。

この世界には、俺にしかやれない事があるんだ。

それをやらなければならない。

あのエンディングを変えるチャンスを与えられたんだ。

シオン……絶対死なせないからな。

お前を最後、アリスと共に幸せにしてやる。

俺は置いておいた麻袋を再び担ぐ。

「……ん?」

泉のほとりに、何やら黒くて小さい物が落ちている。

なんだ?

あんなのあったか?

近づいて確認すると、古びた剣の柄が落ちていた。

刀身は風化してしまったのか、柄の部分だけだ。

…………。

古びた柄って、合成アイテムの中でも一番いらねぇやつじゃん、確か。

やたら手に入るから、すげぇうざかったんだよな。このアイテム。

古びた剣だったら、一気に最強クラスの武器へと合成できるのになぁ。

俺はその古びた柄を手に取った。

「っ!!」

瞬間、電気が流れたかのような刺激が右手を走った。

「えっ!?」

見ると、柄の先に真っ黒に重く輝く禍々しい刀身が現れていた。

「ごみアイテムじゃなかったのこれ……」

試しに振るって見ると、シューシューと音が鳴る。

絶対、切れ味やばそう……。

てか、こんなの持ってたら街入れねぇじゃん。

どうすんだよこれ、置いてくか。収まってくれよ。

俺が念じたからか、すると黒く輝く刀身は消えて、元の柄のみの状態に戻った。

「…………」

わかんねぇなこれ……。

わかんない事だらけだぜ本当に……。

早く換金して、帰ってニコルに聞いてみよう。

俺はその古びた柄を麻袋に入れて、泉に背を向け、街へと急いだ。


ここまで読んで頂き誠にありがとうございます!


ブクマや評価や感想など貰えたら嬉しいです!


次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ