第30話 約束
「貴方はどこか、私の最愛の人と似ています」
しばらくして、俺からそっと離れたアリスはそう言った。
…………。
アリスの最愛の人か。
ゲームではあまり深く描かれてなかったから、正直分からない。
俺が反応に困っていたからか、アリスは微笑んで、
「あまり気にしないでください。困ってるのが顔に出てますよ」
「アリスがなんかリアルな事言うからだろ」
アリスは笑いながら、
「はい、そうですね。とりあえず出ましょうか」
アリスが石壁に刻まれた魔法陣に手をかざすと、魔法陣が輝きだした。
すると、次第に壁の向こう側が見えてくる。
先にアリスが壁を通り抜け、俺も後に続く。
ここは……。
こじんまりとした木のテーブルに椅子、床の石畳には召喚獣の資料と魔法の教科書の様なものがそこかしこに散乱している。
窓もない空間を照らすのは淡い蝋燭のみだ。
この光景を俺は知っていた。
ここはアリスの研究室だ。
となると今、俺はアリスの故郷にいるのか。
手入れもされていない部屋は、埃と湿気を吸った本の独特な匂いで満ちていた。
俺は大きく体を伸ばしつつ言った。
「汚ない部屋だなぁ」
「ずっとここで研究をしてたのです。タナトスについて」
「見れば分かるよ」
「先の無限回廊の魔法も、タナトス召喚の研究から編み出されたものです」
そう言ってアリスはテーブルの上にある文献を開き、
「力に取り憑かれてた、私の情けない過去です」
そうは言いつつも、アリスの顔に迷いはなかった。
俺は聞いた。
「吹っ切れたのか?」
アリスは文献を勢いよく閉じ、その凜とした瞳をこちらに向けて、
「はい。私には希望がありますから」
希望……か。
それって絶対俺の事だよな。
希望って言われると、正直お兄さんはちょっと重いよ。
まぁ、重いやり取りばっかしだったからそう言われても仕方ないんだけどさ。
てか、こうみえて案外アリスは重い女だったりして。
さっきも最愛の人に似てるとか言って、さりげなく重い女アピールしてきたし。
おしとやかなフリをして急に抱きしめてくるし。なんか良い匂いするし。
身体とか凄い柔らかいし。
可愛いし。
って、いかん。
抑えてた男の部分が出てしまったぜ。
俺がアリスの言葉になんて返そうか迷っていたら、アリスの顔の周りをどこからか現れた光の玉が不規則に舞っている。
確か、アリスの使い魔だったか。
アリスもその使い魔に気付いて、
「どうしたのです?」
と、その使い魔に話しかけた。
使い魔は細かく震えて、アリスに何かを伝えている。
するとアリスはその瞳を見開いて、
「シオンが……教会に……捕らえられた……」
「えっ……?」
途端、言ってる意味が分からなかった。
原作にはそんな展開は存在しなかったからだ。
まじかよ……。
畜生……。
驚きが隠せない。
しかし、昨日のエレメントといい間違いない。
原作のシナリオに変化が起きている。
俺はアリスに言った。
「場所は……どこだ?」
「大陸の南端……カスピの森内部にある彼らの拠点のようです」
あそこか……。
原作では、大した支部ではなかった。
教会員による南部方面の偵察隊拠点だったはずだ。
上級司祭もあそこにはいなかったのだが……。
俺はアリスを見つめて、
「シオンを……助けに行く」
「私も一緒に行きます」
「いや……だめだ。真正面から行ったら派手な交戦になる。シオンが人質として捕らえられているんだ……ましてや相手に上級司祭がいるかも知れない」
「では……どうやって……?」
「アリス……今お前の目の前に同じ教会員がいるだろう」
俺は自分の手の甲に刻まれた呪印を見る。
「だめです……お一人でなんて……」
「大丈夫だ、絶対にシオンは死なせない。悪役の名にかけてな」
アリスは不安な顔を拭えない様子で、
「貴方が決して弱くない事は知っています。ですがお一人ではさすがに危険です」
「いや、おそらくだか連中はシオンの持つ七色の魔力を知りたがっているんだ。だからすぐには殺さないだろう。しかし、事が大きくなれば躊躇なく奴らは人質を殺すに違いない」
「それは……貴方に任せるのが、シオンの安全にも直結すると言いたいのですか……」
「あぁ……アジトに正面から何の疑いも持たれずに入れるのは教会員である俺だけだ。これが最善なんだよ、アリス」
アリスは歯痒そうな顔を浮かべているものの、俺の意見を否定しなかった。
アリスは不意に視線を外し、その黒いポニーテールがふっと揺れる。
「絶対に生きて……帰って来てください」
「あぁ」
「貴方の命が私の罪も背負ってる事を……忘れないでください」
「分かってるよ」
アリスは再度俺に視線を合わす。
「本当に分かってますか……私には何故だか……今の貴方は死ぬ覚悟を決めている様にしか思えません」
俺はアリスを見つめ返し言った。
「大丈夫だよ、アリス」
アリスは俺の言葉に、辛そうな顔を浮かべて、
「そのセリフは、死ぬ覚悟を決めた人間のそれです……。約束して下さい……死なないって」
「それは……約束できない……」
「でしたら行かせません。今ここで貴方を再び拘束し、私達でシオンを助けに行きます」
「……シオンが死ぬぞ」
アリスは俯き、言葉を返せない。
俺は諭すように、
「アリス……大丈夫だよ。俺は死んでも死なないから。必ずシオンを助けてみせる」
「言ってる意味が分かりません……」
「言葉通りの意味だよ。ただ、死なない約束は出来ない。一度アリスの期待を裏切ってしまった以上、もう裏切りたくないんだ」
大人しくアリスに、死なないと嘘をつけば良いとも思ったが、アリスにそれは通じないとも感じた。
おそらくアリスは本気で俺を行かせたくないと思っている。
俺を失いたくないのだろう。
下手な嘘は見抜かれ、一瞬で拘束される予感がしたのだ。
死なない約束は出来ない。
死返しを使うには死ななければならないから。
本当にふざけた力だと思う。
しかし情けない事に、俺にはこの力でしか世界と対峙できない。
悪役の俺だからこそ、アリスに嘘を付いてはいけない。
アリスは俺の顔をじっと見つめる。
「言われた通り、確かに似てますね……私と貴方は」
「…………」
「頑固な所なんて……特に」
「…………」
「絶対に忘れないで下さい。貴方を助けた私がいる事を……私の罪を背負った貴方がいる事を……」
「それは……忘れない。約束する」
俺の言葉を聞いたアリスは、嘆息を一つ吐いた後、その光の玉の様な使い魔を俺に飛ばした。
「私の使い魔を貴方に託します。それはシオンの魔力を探知できるのでお使い下さい」
くるくるとその光の玉は楽しそうに俺の周りを飛び回ったあと、俺の髪の毛の中へと入っていった。
「ありがとうアリス。助かるよ」
「時間がありません、外へ」
アリスは部屋の扉を開け、外へ出るように誘う。
蝋燭の灯りのみだった部屋に、夏の白い日差しが一気に差し込む。
俺はその日差しを受けつつ、外へと出た。
濃い夏の日差しの中で見たのは、荒廃した廃屋と焦げた木々、えぐられた大地だった。
そう、ここがアリスの住んでいた故郷だ。
原作のままの光景がここにあった。
壮絶な光景に反して、さわやかな夏の風が頬をさらう。
背後から、アリスの声が聞こえる。
「皮肉なものですよね。私がこの町の全てを壊したのに、私は私の研究室だけ残したのですから」
自嘲気味にアリスが笑ったのも束の間、
「さあ、行ってください。ここなら貴方の無契約召喚が使えます」
アリスの言葉に俺は詠唱する。
「金色の不死鳥よ……守り給え」
瞬間。
夏の日差しと青空の下、即座にフェニックスが現れた。
その赤い綺麗なポニーテールが太陽に映える。
「探したのだ父上〜」
予想はしていたが、フェニックスが怒った様な顔をしてる。
まぁそれはそうだよな……いきなりいなくなっちゃったもんな。
続けてフェニックスは、すぐさま抱きつこうとしてきた為、俺はやんわりとそれを避けながら、
「悪いな、ちょっと誘拐されちゃってて」
「みんな、大慌てで心配してるのだ……って父上!」
フェニックスは俺とアリスの間に割って入り、
「やばい奴が居るのだ! 父上を殺そうとしてた女なのだ! 早く逃げるのだ!」
フェニックスが魔法を放とうとした為に俺は慌てて、
「待て待て! 落ち着けフェニックス! この人はもう大丈夫だ!」
「大丈夫じゃないのだぁ! 私には分かるのだっ! この人間は力に溺れている悪い奴なのだ!」
いきなり失礼なことを言いやがった。
しかも割りと芯を食ったセリフだし。
フェニックスが止まらない為、俺は羽交締めにして、
「やめろフェニックス! 落ち着け! 頼む!」
そんな、俺とフェニックスのやりとりを見てアリスは笑いつつ、
「フェニックスは我欲にまみれた人間を嫌い、懐かない。やはりこれは本当のようですね」
アリスは背を向けて、
「では、頼みましたよ。シオンを救って下さい。私は王国で、憲兵の動きを監視してます」
そう言ってアリスは魔法陣を展開し、そっと消えていった。
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