第29話 慈愛
更新遅れてすみません泣
年度末ともあって、仕事が切羽詰まっておりまして……。
楽しみにされていた方々、
お待たせしてしまいごめんなさい泣
周囲につんざくような叫び声がこだまする中、俺はアリスへ向け言った。
「似たもの同士だな……俺たちは」
アリスがややこわばった表情をして、俺を見つめる。
「何を言ってるのです……」
体にあまり力が入らない。
俺はうなだれつつ、
「お互い……向いてない事をやろうとして……ひとりで抱え込んで……」
「何を……ご自分の立場が分かってない様ですね」
アリスの歯切れの悪い返しに俺は言った。
「お前よりは分かっているさ……アリス」
「私の何が分かってないと言うのです……」
アリスは顔色こそ変えないものの声からして俺の言葉に憤りを隠せない。
そして、指先を弾いてみせ面前のアトとニコルを消してみせる。
アリスは言う。
「まだ拷問は終わってません。貴方の罪を清算しなければなりません」
アリスは持っていた剣を再び強く握り締める。
その手に震えはなかった。
静寂が場を支配する。
そしてその剣で俺の肺を貫く。
「うっ……っ……」
痺れるような痛みが胸と背中を伝う。
目眩がする。
額は焼ける様に熱いのに、何故こんなにも指先は冷たいのだろう。
俺の中に刺さるその真っ白な刀身は所々、俺の血で汚れている。
痛みが鼓動と共に全身を巡る中、俺はアリスを見上げる。
凛とした瞳だ。
乱れた髪の毛を指先で整えている。
しかしその視線が俺から離れることは無い。
俺は懸命に息を吸い込み言う。
「やっぱり……似たもの同士だな……」
「私を惑わせようとしても無駄です」
「事実を伝えた……までだ……」
「…………」
アリスは言葉を返さない。
呼吸するたびに刃が体に食い込んで痛い。
勝手に息が荒れる中、俺は言った。
「忘れた訳ではないよな……タナトスの事を」
「…………」
言葉には表さないが、アリスはその言葉に硬直する。
静寂のせいか俺の言葉がやけに周囲に響く。
俺は咳き込みそうになる体を抑え、更に続ける。
「確かに……俺は国王を殺し……数多の一般人を殺した……」
「…………」
「俺は自分の罪を否定する事ができない……」
「やめて……」
アリスが虚な顔で俺の言葉を拒絶するが、俺は遮る。
「だがアリスーー」
「いや……」
「それはお前も同じだ……俺もお前も同じ罪を背負っている」
突き刺さった剣からアリスの手の震えが伝わってくる。
死神、タナトス。
最強の召喚獣。
アリスが過去、自分の才能に溺れていた時に起こした召喚事故。
タナトスを召喚する実験の際に、誤って精神を乗っ取られ、自分の家族と最愛の人を含んだ数多の一般人を殺害したアリスの悲しい過去。
言いたくはなかった。
アリスが傷つくのが分かりきっていたから。
ただ、それでも明確に違う事が一つだけある。
俺は悪役で、アリスはメインヒロインだという事。
アリスは虚な目を俺に向ける。
「何で……貴方がそれを……」
アリスの疑問に俺は言葉を返さない。
アリスの視線が不安げに揺れる。
その指先から伝う刀が俺の体も震わせる。
俺はアリスに問い掛ける。
「アリス……過去は変わらないんだ……」
「分かっています……だからこうして……」
「お前は……特別な存在だ……俺と違って」
「特別……?」
それは、以前俺がアリスから言われた言葉だった。
俺は言葉を続ける。
「汚れ役は俺の仕事だ……アリス……お前はシオンと共に未来を見ろ……」
「言ってる意味が分かりません……」
「俺が……お前の分の罪も背負ってやる……」
「そんな言葉遊びに……騙されません……」
「俺は悪役だけど……お前は悪役ではない……自由なんだ……」
「自由……?」
「あぁ……お前はシオンを支えろ……それはお前にしか出来ない事だ……」
メインヒロインのアリスにしか出来ない事。
悪役の俺には出来ない事。
アリスは震えつつも懸命に俺の様子を伺う。
喋り過ぎたのか、視界が振れてくるが俺は更に、
「アリス……過去に囚われるな……こんな狭い部屋で……自分と向き合う事よりもお前にはやるべき事がある……」
「やるべき事……」
「あぁ……お前の過去も罪も……俺が全て背負ってやる。お前はシオンと共に王国に尽くせ」
体に突き刺さった刃が震える。
「私は……責任を取らなければなりません……あの日……貴方を殺さなかった責任を……。同じ罪を背負っているからこそ……」
アリスが動揺しつつ俺を見下ろす。
指先の感覚がない。
吐息から血の匂いがする。
座らない首を起こして俺はアリスを見上げる。
「言ったはずだ……俺はそれでも……この世界を救う……」
アリスから震えが見てとれるが、それでも強く俺を見据えている。
この言葉さえも悪役の俺にはおこがましいのだろうか。
アリスは言う。
「聞かせてください……なぜ昨晩、貴方はエレメントと戦い、王国を守ろうとしていたのですか……? どう見てもあなた方は王国を守ろうとしていました」
アリスのその問い掛けに俺は、
「…………」
俺は、言葉を窮してしまう。
痛みで頭もあまり回らない。
鼻腔から血の匂いが抜けていく。
アリスは俺から視線を逸らした。
「……貴方だって、過去を後悔してるではないですか……悪役になりきれてないではありませんか……」
アリスはそっと俺から刃を抜く。
しかし、その瞳は逸らしたままだった。
「…………」
俺は返す言葉が見当たらない。
アリスは少し唇を噛み締めた様子で、
「本当……うんざりします……貴方はあの日お会いした時のまま何も変わってない……」
俺が何も返さないでいるとアリスは続ける。
「こんな酷い事をしても貴方は一向に私を憎まない……こんな有り様でも私の事を気遣う……初めてお会いした日と変わらない……貴方の優しい慈愛が私に流れてくる……」
「アリス……」
アリスは視線を逸らしたまま、
「もう……嫌なんです……2年前のあの一件から……優しい人を殺すのが……私が全て……家族も最愛の人も殺してしまったから……」
「…………」
アリスの指先が小刻みに揺れる。
その黒髪は艶めいて、凛とした横顔は伏し目がちにこの暗闇のどこかを見ている。
アリスは悲しそうな声で、
「何故、貴方はこんな私を信じるのです……特別だなんて言うのです……私は一介の召喚士です……貴方が私に一瞬でも憎しみを向けてくれたら、それで終わるのに……」
アリスはその握っていた刃を手放した。
瑣末な金属音が暗闇に響く。
「これじゃ……貴方を殺せない……。私は貴方を失いたくない……。貴方は悪人なのに……変わらずに私の希望のままでした……」
「アリス……」
「教えて下さい……同じ罪を背負った者同士……どうすれば私の罪は流されますか……?」
アリスが不安げに俺を見つめる。
腹から血が滴る。
体が焼けるように熱い。
けれども俺は懸命に言った。
「アリス……聞いてくれ……俺はお前に寄り添えない……一緒にも歩けない……またこの世界に悲しみをもたらすかもしれない……ただそれでも俺は、必ずお前達と同じ方向を見ている」
それが悪役だろうとも。
物語の終わりが一つの形に収束しようとする時、俺の見ている方向は必ずアリスと一緒だ。
俺が使える言葉はそこまでだろう。
アリスは立ち尽くして、
「私達は共に同じ罪を背負っています。同じ罪を背負っている以上、私は貴方を殺さなければなりません……」
そして、俺に向け手のひらをかざしつつ、
「だけど……貴方は特別な人です。貴方はこの世界を愛している。誰よりも優しく、痛みを感じている。その慈愛を私は信じます」
と、呟き何かを小さく詠唱した。
すると、体の傷が癒えていく。
いや、これは。
そう思った瞬間には視界が闇から晴れ、最初に見た石壁が現れていた。
斜向かいにはアリスも立っている。
どうやら無限回廊から出してくれたようだ。
あんなにやられた身体も嘘みたいに何もない。
痛みも何も残ってはいない。
血の匂いに満ちていた鼻腔も、湿ったコンクリートのような匂いで今は染まっている。
縛られていた身体も自由が利く。
「お身体は大丈夫ですか?」
アリスのやや疲れたような声色に俺は返事をした。
「あぁ」
「立てますか?」
俺は立ち上がる。
長い間、座っていたからか足先に血が巡っていくのが分かる。
ずっと見上げてたアリスが目線の下に来る。
とはいえアリスも割りと背が高いからあんまり変わらないのだけれども。
アリスが立ち上がった俺の顔を凛とした瞳で捕まえる。
瞬間。
強く抱きしめられた。
薔薇のような香りが鼻を抜ける。
アリスは耳元で呟く。
「私は私の意志で貴方を殺さない……同じ罪を背負った者として、私の罪を貴方に背負わせます」
アリスは続けて、
「けれども、勘違いしないでください。貴方は悪人であり、私達の敵です」
「…………」
俺は黙ってその言葉を受け入れる。
頬に触れる空気が少し冷たい。
少し間が空いた後、アリスが呟く。
「ただ……今だけは……少しだけ……このままで居させて下さい……今だけは……」
アリスのぬくもりが伝わる。
アリスの腕が強く俺の背中を引き寄せる。
強く強く、不器用に抱き締める。
俺はなんだか少しだけ罪悪感を感じつつアリスの、そのゆっくりとした息遣いに耳を寄せていた。
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次回もお楽しみに!




