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第28話 痛み

アリスは迷いなくその剣の切っ先を俺の肩口へと突き刺す。

「くっ……」

痛みに堪え切れず、俺の口から息が漏れる。

刺された脇腹からもゆっくりと血が湧き出る。

傷のないアリスの綺麗な指先が、強くその剣を握り込んでいる。

痛みで視界が振れる。

自然と顔が下がっていく。

この身体は座り込んだまま動かない。

逃げる事も、戦う事も許さない。

ただいたずらに、時間だけが過ぎていく。

時間は痛みへと変わっていく。

アリスは淡々と呟いた。

「王国の民は、その象徴を失った事で悲しみにくれています。敬愛されていた国王を失った気持ちが貴方には分かりますか?」

アリスの問いかけに俺は何も返さない。

痛みで感覚がぼやける。

アリスは再度問い掛ける。

「聞いてますか」

アリスが俺の言葉を聞きたがっているのは分かったが、俺は言葉を返さない。

するとアリスはやや語気を強めて、

「答えてください」

と、その突き刺した剣を引き抜いてもう一度、血の湧き出ている脇腹へと突き刺した。

「つっ……」

堪えたいのだが、さすがに痛みが口からこぼれてしまう。

俺はアリスの顔を見上げた。

…………。

アリスは、俺の言葉を待っている。

その大きな凛とした瞳に俺は勝手に言葉を紡いでいた。

「過去は……変えられない……」

俺の言葉にアリスはすぐに、

「悪いとは思わないのですか」

「その質問に何の意味がある……」

その瞬間。

アリスが俺に突き刺した剣をねじり、グリグリとえぐり出す。

俺は耐えきれず、

「っ! あぁっ!!」

視界が霞む。

喉奥から血の匂いがする。

汗が冷たい。

アリスは少し息を乱しつつ言う。

「これが痛みです、痛みなんです。貴方がこの世界に振り撒いたものなのです、分かりますか」

アリスの手は止まない。

俺の腹の中を抉っていく。

声にならない声が勝手に口から溢れていく中、アリスに言われた台詞が俺の中で反芻する。

俺の苦痛の中に、アリスの息遣いも聞こえる。

アリスは俺に謝って欲しいのだろうか。

…………。

謝ればこの世界の悲しみはなかった事になるのだろうか。

元凶になってしまった俺がこの世界の悲しみに寄り添えば、アリスは救われるのだろうか。

俺が殺した兵士達は救われるのだろうか。

あるいはアリスが今救われるのならば俺は謝罪の言葉を口にすべきだろうか。

アリスが安らぐのなら、その言葉を口にしたいとも思う。

だが、俺はもう認めてしまった。

認めてしまったんだ。

自分がこの世界の悪役だと言う事を。

俺はもう、主人公みたいにカッコつける事をやってはいけないんだ。

俺はヒーローでもなんでもない。

この場だけ取り繕って何になる。

こんな悪役がそんな事をしても、必ずこの先矛盾が生じる。

俺が今後また、この世界に悲しみをばら撒かないと断言できるのか。

言い切れる訳がない。

こんなふざけた立場なんだよ俺は。

この呪印がある限り。

俺は俺を維持できない。

またアリスの期待を裏切る事にも繋がる。

一度裏切ってしまったからにはもう、悪役の俺はアリスの期待を受け入れてはいけないんだ。

腹の底から焼けるような熱さと痛みが均され、そして全身へと響いていく。

しかし指先は冷たい。

アリスが言っていた。

これが世界の痛みなんだと。

この世界に振り撒いたものなんだと。

アリス、俺には……。

この世界の痛みや悲しみなんて、分からない。

いや違うーー

そんなもの、悪役の俺が分かっちゃいけないんだよ。

悪役の俺に理解して良い資格なんて無いんだから。

今の俺に、この世界に寄り添って良い権利なんて無いんだから。

俺がやってしまった罪は消えないのだから。

死んだ兵士は帰ってこないんだから。

この呪印は消えないのだから。

主人公のように懺悔出来る立場に無いんだから。

悪役の俺に優しい言葉は、耳通りの良い言葉は紡げない。

紡いではならない。

ただ、それでもーー

「俺は……この世界を救う……」

自然と声に出ていた。

刹那。

アリスの手が止まった。

「何を言っているのか、分かりません」

俺は懸命に息を吸い込み、

「この世界を……救う……」

「ご自分の立場と矛盾している事、理解してますか」

「矛盾はしていない……分かって……もらえなくていい……」

その言葉にアリスは持っていた剣を引き抜き俺の太腿に突き立てる。

俺は激痛をやり過ごし、アリスを見上げる。

その顔にはやや疲れが見えた。

アリスは言う。

「私は後悔しています……あの日初めて貴方にお会いした時に何故あのまま殺しておかなかったのかと」

アリスの言葉がこもって聞こえる。

痛みのせいか鼓膜に響くのは血の流ればかり。

先程とは異なり少し声が震えているように感じる。

アリスは続けて、

「あの日、貴方を殺していれば王国は今の様にはならなかった。この世界に悲しみが増える事もなかった。私の責任です。悔やんでも悔やみ切れません」

太ももに突き刺された刃から、ほんの少しだがアリスの震えが伝わる。

俺はその微かな震えに耳を澄ます。

俺は何も言葉を返さない。

身体が焼けるように熱い。

血がどれだけ滴っているのかわからない。

うなだれる事すらこの空間は許してくれない。

アリスは言う。

「だから……今日こそは貴方を殺します」

…………。

その言葉を機にアリスの顔から疲れが消える。

朦朧とする意識の中、俺は妙にその言葉が引っかかった。

俺が力なく見つめているとアリスは、

「少し趣向を変えましょうか。大切な存在を失うとはどういう事なのか、貴方に分からせてあげます」

と、そう呟き、すると突然視界にアトとニコルが現れた。

俺のこんな有り様とは裏腹に呑気に二人とも談笑している。

アリスは言う。

「昨晩、貴方と一緒になってエレメントと戦い、衣食を共にする大切な仲間、ですよね」

俺は返答しない。

「答えませんか……頑なですね本当に。ならこうするのみです」

アリスは前方の二人に手をかざした。

その瞬間。

ニコルとアトは白く光る巨大な手に身体ごと掴まる。

召喚獣アモンの手だ。

掴まれたアトとニコルは苦悶の顔を俺に向ける。

…………。

落ち着け。

冷静になれ。

これはおそらく幻だ。

本物のアトとニコルには影響はない。

アリスが俺から何かを引き出そうとしているんだ。

アモンの徐々に強まる握力に骨の折れる音が鼓膜を抜ける。

「お兄ちゃん…‥助けて……腕が……助けて……」

「主どの……どうか……お助けを……」

二人が必死な顔で俺を見ている。

その乱れた息遣いが脳裏に張り付く。

アト……ニコル……。

幻だと、頭では分かっているのに。

気が狂れそうになる。

冷静になれ。

これは幻だ。

言い聞かせろ。

アリスが俺の気を散らす様に、

「お仲間が辛そうにしていますよ」

「生憎だが……幻術の作り込みが甘くて見るに堪えない……」

「そうですか、じゃあこんな事もして良いですよね」

アモンの手が更にその握力を強める。

アトとニコルの口から叫び声が聞こえる。

骨の折れる音も合わさる。

アトの口の端から血が滴る。

くそ……。

幻だと分かっているのに顔の筋肉が萎縮する。

喉奥がすぼまる。

腹の傷も焼けるようだ。

動揺しているのが自分でも、分かる。

当たり前だ。

現実じゃないにしても、目の前にいるのはアトとニコルなんだから。

大切な仲間が苦しんでる姿は見てられない。

落ち着け……。

惑わされるな。

幻だ、幻なんだ。

アトとニコルは生きている。

なんの影響もない。

俺は自分に言い聞かせる。

しかしその叫び声は止まらない。

苦悶がこの闇の中に反響する。

そして傍観する俺を否定するような、聞きたくない言葉が二人の口から放たれる。

…………。

いや、違う。

おかしい。

アトとニコルはそんな台詞を吐かない。

思い出せ。

俺が知ってるあいつらはどちらも、呆れるほどの自己犠牲をしてしまう性格のはずだ。

目の前のは偽物だ。

断じてニコルとアトではない。

惑わされるな。

俺はアリスを見上げる。

すると、アリスのかざす手の平が微かに震えている。

ずっと感じていた違和感。

アリスは何に怯えているのだろうか。

そういえば……俺を突き刺したその刃も微かに震えていた。

それに先程言った、俺を殺すとの言葉。

まるで自分自身に言い聞かせているかの様にも思えた。

アリスの瞳は変わらずに凛としている。

…………。

そうか。

周囲につんざくような叫び声がこたまする中、俺はアリスへ向け言った。

「似たもの同士だな……俺たちは」

ここまで読んで頂き誠にありがとうございます!


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次回もお楽しみに!

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